【2杯目:ホット・バタード・ラム】

「アタシ、前の世界で友達に殺されちゃったっぽいのよねー」

「次から次へとワケの分からないことばかり言うわね……」


暖炉の前でホット・ワインレモネードを飲みながら、スバルは境遇を軽く説明することにした。


「ジェマによく似たかすみって子とさ、店の権利関係でモメたのよ。それで、かすみに刺されたところまでは覚えてる。で、次に目を開けたらさっきの雪山にいた」

「デタラメすぎる」

「転生。つまり、死んだ瞬間に別の世界からこの世界に飛んできたってワケ。信じがたいでしょうから、信じなくてもいいわ」

「だから、デタラメすぎるって」

「そうかもねえ」

スバルは、ほうっと息を吐く。



「とにかく、文無しで、ここ追い出されたら衣食住にも困る身なのよねー……」

そう言いながら、ちらりとジェマを見た。

こういうときは情にうったえるに限る。しかし……

「私、お人好しじゃないの」

ジェマはすげなく答える。


「……うーん、そこをなんとか」

「でもね」

スバルがもう一粘ひとねばりしようとした声を、ジェマはさえぎり、

「面白いコトって結構好きだから、あんたにはちょっとお店にいてもらおうかなー、とは思ってる」

そんなふうに言って、意地悪そうにニッと笑った。



+++



【バー・アイスストーム】は格式ばらない感じの、隠れ家的なお店らしい。

夜になると、フランクな態度で訪れるお客さんたちでテーブル席やカウンター席はいっぱいになった。


雪深い街では、食事はほとんど保存食でまかなわれているそう。

ジェマは保存庫から食料を出してさっと炎を通す。


「妙な店員が入ったね」

常連風の男性客がジェマに声を掛けた。


「ええ。妙な人だから雇ったの」

ジェマがそんな風に言うから、すかさず話に乗っかることにする。

「こんばんは、妙な人です」

よく分からない肉料理を提供しながら、スバルは営業スマイルを浮かべた。



夜も更けてきた。

「アタシ、【流氷】って名前のバーを人に取られちゃってね」

どうせ暇だからと、酩酊めいていした客に向かって身の上話を始めてみた。

「リューヒョー?」

「そう、【流氷】。結構シブいでしょ?まあ、この店の【アイスストーム】って名前も、【流氷】と同じくらいシブいわね」

バーテンダー歴はかなり長い。酔客すいきゃくの相手ならお手の物だ。


「アタシもともと天涯孤独だしさ。しかも友達にも裏切られたし。だから日本にはもうそんなに未練もないわ」

「ニホン?」

ジェマは調理をしながら、そんな話を聞くともなく聞いていた。



その夜、ジェマから提供されたのは酒場の屋根裏だった。

「酩酊して帰れない客とかがたまに休んでくんだよね」

狭いながら、寝具も暖房も揃っている。ありがたい限りだ。


「助かるわ。この恩は、働いて必ず返すから」



+++



翌日。


【バー・アイスストーム】の前の往来にはちょっとした広場がある。

夜中にまた雪が降ったのか、並木にもレンガ道にも雪がうっすら積もっていた。


夜の開店までまだ時間がある。

この隙に試してみたいことがあった。


「魔法よ、出てこい!」

そんな雪の広場でスバルは呟いた。

無論、脳内に思い描いたのは炎の魔法である。


ところが。


ドサッ

バサッ


「ほらね。また雪だるまよ」

スバルは首をすくめた。


「仕方ないわね……」

出現した雪玉を縦に重ねてから、バーの木扉を開ける。

「ねえジェマー、暖炉の消し炭ちょっともらってもいいー?」

そう。雪だるまの目に埋め込むべきは赤い実ではない、黒い炭なのだ。



その後も魔法を試してみたが、なかなかうまくいかない。

往来に雪だるまが3体出来上がったところで、スバルはついに諦めた。

「アタシはきっと炎属性じゃないのね……」


「おい」

雪だるまと見つめ合ってがっかりしていたら、ふと声を掛けられた。

「……何?」

知らない男だ。やたら背が高い。そして謎に着飾っている。

「お前がジェマのところに来た妙なヤツか?」


「まあ、そうだけど……」

間違ってはいない。

しかしスバルが答えた瞬間、男は大きく腕を振りかぶった。


(殴られる!?)

ギクリ、と体が跳ねた。


反射神経はいい方だと自負している。

スバルは避ける代わりに、先程まで練習していた魔法を使った。


刹那せつな、男の腕の軌道きどうに大きな雪玉が出現する。


ボヅッ!!!


男のこぶしは、大きな雪玉にクリーンヒットした。

衝撃で雪玉は粉々に崩れ、地面にバサバサと落ちた。



「何しやがんだ!!」

「何しやがんだはアンタでしょ!!!」

大声にはさらなる大声で応戦。ケンカの基本だ。


「スバル、何騒いで……」

物音に驚いて木扉を開けたジェマは、そのまま硬直する。

見ればその顔面は蒼白だ。


「ジェマ!おかしなヤツにたぶらかされたって聞いたぞ!何なんだコイツは!!」

「たぶらか……はぁ!?」

「怖かったろ?こんなヤツ、オレが追い出してやるから」


ジェマは一切の反論をしない。

(もしかして、怖がってる?)


揉め事の気配を察し、店の前を行き交う人達がチラチラと2人の様子を見ている。

大事おおごとにするのは得策ではなさそうに思えた。



「うーん、なんだか知らないけど……」

状況が分からないから対処に困る。

「自分はここに入ったバイトだよ。下働き」

スバルは言葉を選びながら言った。

「アンタにも、ジェマにも、迷惑はかけないつもりだよ」

「知るか!どうせジェマ狙いなんだろ!!」


「あー、いや……」

どうしたものか、と迷う。

(あの手しか無いか……)


「それは無いわよぉ。アタシね、恋愛対象はオトコなの。あ、オニイサン、よく見たら結構素敵な顔してるじゃない?好みだわぁ」

シナを作りながら言ってみた。


「……は?」

男は顔を引きつらせながら、一歩、二歩と後ずさる。それから……

「冗談じゃねえや!!全く!!」

大声を出し、全速力で逃げていった。



+++



バーカウンターで頭を抱える。

「不本意だわ……」


転生前にも、酔客の揉め事に対してこの手法を使ったことがある。

男女の揉め事を収めたいときに、意外と効果的なのだ。


「ええと……」

ジェマは明らかに困り果てている。


「誤解しないで……アタシ、恋愛対象は男に限らないのよ……」

ジェマは少し考えてから言った。

「なんか、あんたの嗜好しこうはよく分かんないけど……とにかく助かった。お客なんだけど、言い寄られて少し困ってた」


どうにも不本意だけど。

「役に立てたのなら、良しとしましょうかね……」

スバルは少し落ち込みながらも、そう言って笑った。



+++



「あ、そうそう。サトウキビから作られたお酒があるんじゃない?」

気を取り直し、カウンター越しに尋ねてみた。


ホットワインレモネードを作ったときに白砂糖が出てきたはずだ。

それがあるということは、砂糖の原料になる植物が存在している可能性が高い。


「サトウキビ?」

ジェマは首をかしげる。

「うーん、砂糖の原料なんだけど」

廃糖蜜はいとうみつの酒ならあるよ」

「それよ!!!」

スバルは大興奮で叫んだ。


サトウキビの廃糖蜜から作る酒は日本のバーではメジャーだ。

そう、ラム酒である。



「ラムがあるならアレンジが広がるわ。でも、この世界には炭酸が無さそうだし」

昨日の営業を見学していた限り、この世界のお酒は果実酒ばかりのようだ。

「ゆくゆくはラムコークやモヒートも作りたいところだけど。と、なると……あれがいいわね」


まずは、さじ2杯ほどの砂糖を少量のお湯で溶かす。

ここにラム酒を注ぎ、ジェマが出してくれた炎の種でしっかり温める。

「で、ここにバターをひとかけら」

「バターですって!?」


昨日ジェマが料理をするのをしっかり見ていた。

バターがあるのは把握済みだ。


いぶかりながらジェマが取り出してきたバターを、お酒にそっと浮かべる。

「はい、できあがり。ホット・バタード・ラム」

「こんなお酒のアイディアがあるなんて……味は確かなの?」



疑心暗鬼、といった表情で、ジェマはカップに口をつける。

「あ、熱っ。でも、こっくりしてて美味しいね。あと、香りがいい」

「シナモンとか入れると、さらに香りが立つのよね」

「シナモン?」

首を傾げるジェマ。


スバルはキッチンカウンターに置いてある調味料や香辛料をあれこれと手に取る。

鼻に近づけて香りを確かめ……

「あ、コレ合うかも」

「ああ、昨日の山から採ってきた香木こうぼくだよ」


聞けば、ジェマはたびたび雪山へ赴いて食材を採ってくるらしい。

昨日2人が出会う直前にも、ジェマは森であれこれと採取していたそうだ。


何のスパイスかは分からないけれど、その香木からはシナモンのような複雑な香りがした。

早速ひとかけらをホット・バタード・ラムに浮かべてみる。


「へえ。お酒に入れるんだ」

ジェマは感心している。

この異世界には、お酒に手を加えてカクテルを作る文化は本当に皆無らしい。


「味わいが変わった。好みは分かれるかもしれないけど、私はこれ好きだな」

味変あじへん”を加えたお酒を飲みながら、ジェマがニッコリ笑ってくれた。



その笑顔を見ながら思う。

「ホント、かすみに似てるわね」


つい呟いてしまった。


それを聞いたジェマは、あまりいい顔をしなかった。

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