心も体もあったまるお酒はいかが?~雪の街に転生したので、異世界酒場でホットカクテルを作ってみた~

野々宮ののの

【1杯目:ホット・ワインレモネード】

目を開けると、そこは一面の銀世界だった。


「……ん、あ?」

肌をビリビリと突き刺すような寒さ。



「えーと……」


スバルはゆっくり身を起こす。


見渡す限りの雪原。そして背後には深い森。

自分が倒れていた場所の雪だけが深くへこんでいる。周囲に足跡はない。


自分はさっきまで【バー・流氷】にいたはずだ。

なのに、この雪原に倒れていたということは……


「これ、アレだわ。異世界転生ってヤツね」



空は広く、太陽は遠くで燦々さんさんと輝いている。

よく見てみれば、少し遠くに風車や尖塔せんとうが見える。


「街かしら?」

それらの建物は、見たことのないデザインだった。

「なんていうか、スチームパンク風?カッコいいわね!」

スバルはひさしを作るように目の上に手を当て、大声を出した。


「にしても、なんだって雪の街から雪の街に転生するのかしら……どうせなら南国リゾートが良かったわ」

独りごちながら思考を整理する。

おそらく転生には違いないだろうが、何しろ状況が分からない。



「じゃ、とりあえず試してみましょうか」

転生を描いたマンガは何冊か読んだことがある。こういう場合には……


「おーい!アタシを転生させた神様ー!!こういうのって神様とかなのかしら?とにかくそういう立ち位置のヤツ、アタシのこと見てるんなら出てきなさーい!!」


空に向かって叫ぶ。


しかし、その声は寒空に虚しく溶ける。

1分ほど待ってみたが、何も起こらなかった。


「オーケーオーケー。そーいうタイプのやつね。ちょっと虚しいわ」

もしかすると誰かからヒントやチートスキルなんてヤツをもらえるかもと思ったが、アテが外れたらしい。


「ってことは、自力で衣食住を確保しなきゃならないわけ……とりあえずあのスチームパンクタウンまで行ってみましょうか」

雪原をブーツで数歩進み、

「あ、そうだ。あれも試しとかないと」


手のひらを胸の前にかざし、叫んだ。

「魔法よ、出てこい!」


イメージしたのは炎だ。

一面の銀世界だが、焚き火でもできればとりあえず暖が取れるだろう。


ところが。


ドサッ

バサッ


音を立てて落下してきたのは、2つの大きな雪玉だった。



「あら!魔法出るじゃない。アホ寒いのに雪しか出せなかったけど」

クックッと笑いながら、大きな雪玉の上に小さな雪玉を乗せる。

自分の背丈ほどの見事な雪だるまが出来上がった。


見渡すと、近くのやぶに赤い実がついていた。

スバルは赤い実を2つつまみ、雪だるまの目元にグリグリと押し込む。


「あれ?赤い実だと雪うさぎね」

小さな赤い目の雪だるまはあまり可愛くない。なんだか滑稽こっけいだ。


近くにあった葉っぱをついでに2枚むしって、雪うさぎの耳のように挿してみる。

ますます滑稽な姿になった。

スバルはケタケタと笑った。



「ねえ、なに1人で笑ってんの?」

「うひゃっ!?」

突然声が飛んできた。慌てて振り向く。


「……かすみ?」


体に電流が走ったかと思うほど驚いた。

足の震えをおさえ、一歩後ずさりながら尋ねる。


「な、なんで?かすみも転生したの?」

スバルは背筋が冷えていくのを感じた。


「カスミ?違うけど……」

ところが、その女性は頭を振る。

「私はジェマ。っていうか転生ってナニ?」



+++



人違いだったらしい。

それにしてはあまりにも似ている。


「あー、そう。そりゃ悪かったわね。人違い……そう」

ほーっと胸を撫で下ろす。

「ゴメン、あんまりにも似てたもんだからさ」


「ふぅん?」

よく見てみれば、ジェマと名乗った彼女の衣服はまるっきし異世界風だ。

確かに、かすみがこんな服を選ぶはずがない。



「ところであんた誰?こんなところでナニしてんの?その雪のかたまりナニ?」

矢継やつばやの質問だ。

「うーん……何から話そうかしら」


「尋ねてみたけどさ、こんな寒いところで立ち話なんかしたくないよ」

ジェマはそう言うと、指をパチンと鳴らした。

目の前に1m四方ほどの布地が出現する。


「おおっ、すっごーい!」

「凄い……?ナニが?」

怪訝けげんそうな顔をしたジェマは、布を指さして言う。

「早く乗んなよ。うちの店にご招待したげる」



「魔法のじゅうたんみたいなモンなの?」

ひょいと布地に飛び乗ってみた。ジェマはその隣に座ると、口の中で何か唱える。

その瞬間、布地はヒュッと音を立てて浮き上がった。



「へえ!」

空を行く布はなかなかなのスピードだ。

スバルは空中から、銀世界をキョロキョロと見回し尋ねる。

「ねえ、見ず知らずの変なヤツ保護して大丈夫?悪人かもしれないじゃない」


ノンバイナリーを標榜ひょうぼうしてはいるものの、スバルは生物学上は男だ。

おまけにガタイも結構いい。

警戒されてしかるべきなのだが……。


ジェマはこともなげに答えた。

「あんなとこで雪玉重ねて遊んでる悪人はいないよ」



+++



雪の丘から見えた街はかなり遠く見えたが、空飛ぶ布は数分で2人を街の中心部に送り届けてくれた。

良かった。雪山育ちで雪道は得意だけど、雪深い山を歩く手間が省けたのは助かる。


「入りなよ」

そう言ってジェマが扉を開けてくれる。

どういった場所なのかは分からないが、入ってみなければ始まらないだろう。



「おじゃましまーす」

スバルは陽気に言いながら扉をくぐる。

こぢんまりとした室内を見渡して、ドキッとした。


古い木製のテーブルセットやカウンター、そして瓶が所狭ところせましと並んだ棚……

「ねえジェマ。もしかしてここって、酒場?」


ジェマは天井に明かりの魔術を投げ、一隅いちぐうの暖炉に魔術の炎を放り込む。

「そうよ。【バー・アイスストーム】へようこそ」

分厚いケープを脱ぎながら、彼女は得意げに言った。


「……マジ!?」

大興奮。


「ほとんど運命ね!アタシも酒場で働いてたの!!」

飛び上がるような勢いで、スバルは大騒ぎした。

「ひゃー、異世界酒場かぁ!!素敵!!!」



+++



「何か飲む?」

ジェマの問いに、思わずオーダーを投げかけようとしてふと躊躇ためらう。

「ところが文無もんなしなわけよ。ここってオーダーおいくら?」


ジェマは顔をしかめた。

「なんだ。じゃあ連れてこなきゃよかった」

どうやら払いのいい客と思われたらしい。


「あら、そんな冷たいこと言わないでよ」

スバルは内心の焦りを悟られないように話をつなぐ。

なにしろ、ここを追い出されたら自力で衣食住を確保しなきゃならない。


「とりあえず数日間でもいいからさ、ここに置いてよ」

せっかくの運命的な出会いだ。できればこの好機を逃したくなかった。

「アタシね、酒にはメチャ詳しいの」



スバルはコートを椅子に引っ掛けてからカウンターに歩み寄り、

「じゃあ、心も体もあったまるお酒はいかが?」

棚にずらりと並べられた酒瓶を眺める。


「しまった。異世界だからどれがどんな酒だか分かんないわね。ねえ、ワインってある?」

「ワイン?」

首を傾げられたので、言い直してみた。

「ブドウ酒」


「あるけど……」

ジェマは深い赤紫色の液体が入った瓶を示す。


「これってお客にどうやって出すわけ?」

「別に、そのまま。毎日寒いから、少し火を入れてホットで出すことが多いよ」


「ホットワインか。それなら、これもらっていい?」

スバルが指さしたのは、カウンターに転がっていた黄色い果実だった。



果実をナイフで切ってから、断面を指ですくってめてみる。

っぱい。

「よし、予想通りレモンね」

2つのカップにそれぞれワインを注ぎ、レモンをギュッと絞り入れる。


「ホントはレモネードで作るんだけどね……あ、そうだ」

物珍ものめずらしそうにじっと見ているジェマに尋ねた。

「砂糖かシュガーシロップ、それかハチミツってある?……あ、これかしら?」

白い粉を見つけた。ジェマがうなずいたので、さじでひとすくい入れた。

「あとはこれを温めたいんだけど……」


ジェマは黙って見ている。

「ねえ、いつもワインどうやって温めてるの?レンジとかある?」

「は?」

怪訝な顔をされた。

「炎のかけらを入れればいいだけでしょ?あなた一体何なの?」


そう言ってから、ジェマは指先に小さな炎をともし、カップに放り込む。

カップからはすぐに湯気が立った。

それと同時に、ふわりと甘酸っぱい香りが広がる。


「あら凄い!アタシが魔法使おうとすると雪だるま出ちゃうのよ」

「意味が分かんない」

「ともあれ、ホット・ワインレモネードの完成。ま、味見してみてよ」



木製の古びた椅子を暖炉の前に置いて座る。

それから、さっそくホット・ワインレモネードを口にした。

「うーん、染み渡る……」


一方ジェマは、差し出したホットカクテルを一口飲んだまま硬直している。

「あら、口に合わなかった?」

「いや……」

目を丸くしたジェマは、少しかすれた声で言った。

「ナニこれ、めちゃめちゃ美味しい」


スバルは「んふふ」と笑う。

どうやら気に入ってもらえたらしい。

「アタシのいたところも雪山のバーだから、冬はこういうホットカクテルがよく出るのよね」

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