第6話 翼をさずける?

「ヒロト君! 聴こえる? ヒロ……」


 俺を呼ぶ声がする。これはアリシア様の声か……。なんて可愛らしいお顔。でもそんな表情より、笑っている方が……。あれ?


「はい」


 眠っていた? いや、意識を失っていたのか?


 アリシア様だけでなく、ヒナやシファさんもそこにいた。俺は体を起こす。冒険者たちは未だに眠りこけているようだった。


「何があったんですか?」


 俺はアリシア様に尋ねる。


「分からないわ。私たちも今目を覚ましたところなの。冒険者たちはシファが眠らせた、それに、さっきまで見ていたはずの記憶も消しておいたわ。何が起きたのかは分からないけど、この出来事は表には出せないわね」


 そういうと彼女は前方を指さした。


 視界に入っていたのは見間違いとか幻覚ではないようだった。巨大な黒い毛玉が離れた場所に存在している。


「ツムト!」


「ツムト様の体は少しずつだが小さくなっているようだ。おそらくだが、あの大集団をツムト様は……」


 隣からシファさんが放心した顔でそう言う。


「あれをすべて食べてしまったと?」


「この状況、そうとしか考えられないな。そしていま消化の最中なのだろう」


 俺達はただその状況を見守るしかなかった。


 どれくらい経ったのだろうか、もう空は真っ暗で夜になっていた。でも月明かりであたりも、ツムトの姿も照らし出されていた。ツムトの艶のある毛並みはそんな月光を反射して幻想的にも見えた。


 すると街のほうから大聖堂にある鐘の音が聴こえてきた。普段はお昼の時間にしか鳴らさないのに。


「クリスマスを告げる鐘ね。レンブラントが去年から始めたの」


 不思議そうな顔をする俺にアリシア様が教えてくれる。


「あっ、何か吐き出した」


 ヒナが何かに気づいたようだ。人の頭ほどの大きさまで縮んだツムトは何かを二つ吐き出したようで、そこから一気に元のサイズまで戻った。


『ヒロト! ヒロト!』


 ツムトがふわふわとゆっくり俺の前まで飛んできた。


「ツムト、大丈夫か?」


『オデ、オデ……。ガンバッタ。マズイ、ノモ、ゼンブ、タベタ。スキ、キライ、シナイノ、ダイジ。ヒロト、イッテタ。ダカラ、オデ、ガンバッタ。オデ、イイコ?』


 俺のことをおそるおそる、そのつぶらな瞳で見上げるツムトを俺は抱きしめた。


「当たり前じゃないか、ツムトはいい子に決まってる。この世界で一番いい子だ!」


『ヨカッタ。オデ、イイ、コ……』


 ツムトは安心したのか静かに呼吸していた。疲れたのか眠ってしまったようだった。


「ちょっと、ヒナ! あんた、もしかしてそれ!」


「うん。きっと、そうに違いない」


 アリシア様とヒナがなんか騒いでいる。騒ぐと言ってもヒナはあまり喋らないので、アリシア様の興奮している声がほとんどではある。二人はそれぞれ青い金属製の筒のように見えるそれを大事そうに持って何かを念じているようにも見えた。あれは魔力を込めているのか?


「ヒロト君、これ飲んで」


「ヒロト。これ、飲む」


 二人の差し出したそれは、前世でもお世話になった、翼の生えるとか、さずけるというエナジー……。なぜ、この世界に? ヒナがそれがドリンクの缶だと分かっていたからか、二人はそれを飲めと迫る。とりあえず俺はその缶を受け取った。


「飲めばいいんだね」


 俺は慣れた手つきでプルタブを手前に引いて開ける


「おおっ、そうやって開けるんだ」


 アリシア様が感心したような声を上げる。俺は一気に二本とも飲み干す。久しぶりの炭酸はキツかったが、懐かしい味に俺は内心歓喜していた。


「どう?」


「どう?」


 二人は俺をじっと見つめている。シファさんも興味深げに俺を見ている。どうって?


「うん。おいしかったよ」


「あれ?」


「ん?」


「ちょっと、ヒナ。あんたこの文字が読めるっていってたじゃないの!」


「うん。間違いない。これは飲んだ相手が飲ませた相手にたいして『惚れる』魔法薬」


「えっ!?」


 俺は驚いて再び缶を見る。レッド◯ルかと思ったそれはなんだか微妙に違った。赤い表示の裏側をみるとなぜか大きく日本語で『惚れ【  】くすり』と書いてある。真ん中に丸いシールが貼ってあったが、それは簡単に剥がすことができた。


「えっ? 『惚れられるくすり』? どういうこと?」


 俺の呟きを聞いた二人は俺からそれぞれ缶を奪い取って表示を確認する。二人は俺から離れた場所で何か言い合っている。

 


「ヒナ、これってどういうことかしら?」


「飲んだ相手が、飲ませた相手に『惚れられる』くすり……」


「ちょっと! それじゃあんた……」


「状況に、何も変化は、無いわ……」



 俺にはなぜか二人が地面にへたり込む姿が見えた。


「ああ、雪が降ってきたようだ」


 シファが夜空を見上げてそう言った。


 俺も空を見上げる。


 こっちの世界に来て、いままで雪というのは死の訪れを告げる嫌なものだったが、いまの俺には舞い落ちてくるそれは神秘的で、とても素敵なものに思えていた。


 今日は素敵なクリスマスになりそうだ。


 そう心から思えた。




 了

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ツムトのはじめてのクリスマス 卯月二一 @uduki21uduki

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