第5話 世界の終わり

 どうする? どうすればいい?


 俺は腰の『カタナ』に手を掛ける。いけるか『一の太刀』。剣聖すら倒すというあのバケモノに俺の剣技は通用するのか?


『オッ、オッ、オッ! ヒロト、アレト、アソンデ、イイカ?』


 ツムトが興奮している。ツムトなら……、いや、友だちを危険な目に遭わせるわけには。


『オーッ』


 俺の判断より早くツムトが俺の頭を離れた。


「ツムト! おっ?」


 それは黒い弾丸のようだった。


 ソリを引いていた恐ろしい大角の魔獣が、一瞬で爆散した。飛び散る肉片。俺の足元までそのトナカイモドキのツノの破片が飛んできた。


 赤パーカーは目と口を大きく開き、驚愕の表情をしていた。


 すぐに我に返ったサンタは、華麗にソリから飛び降り着地する。


「オロロローーーーン!」


 奇声を上げたおっさんサンタは、何か武道のような構えをとる。何かくる! 俺がそう思った瞬間、パンッという音を置き去りにしておっさんの姿が消えた。


「オッ?」


 距離がかなり離れた位置にいたはずのおっさんサンタが、宙に浮かぶツムトのさらに上に出現する。それは手刀を振り下ろさんとする姿だった。


「ツムト、逃げろ!」


 俺の叫びと同時に、サンタの手刀が空を切る。ツムトが消えた?


『オマエ、ノロイ。ツムト、ツマラナイ……。ダカラ、【我の血肉となるが良い】』


 一瞬、世界が闇に呑まれた気がした。これは以前、ゴブリンギングと相対したときに感じた恐怖と同じ……。それを思い出したときにはもうすでに赤パーカーの姿は無かった。


『マズマズゥ……、サンタ、ウマイ、ナイ。ツムト、サンタ、キライ』


 喰ったのか? 今の一瞬であのバケモノを喰らったのか?


 俺は驚きながらも、強敵を倒してくれたツムトに労いの言葉をかけようと一歩踏み出そうとした。


 だが、その時、押しつぶされるようなプレッシャーを感じた。


 ツムトはじっと空を見つめている。


「オロロローーーーン!」「オロロローーーーン!」「オロロローーーーン!」


 サンタ!?


 俺も上空を見上げる。


 そこには無数赤い点。それは数え切れないほどの魔獣とソリに乗った赤パーカーの大集団であった。


 それはまるでこの世界に終わりを告げるために現れた「ヨハネの黙示録」の神の使徒のような、いや、それは後の救いなど一切無い、赤い悪魔の群れのように俺には見えた。


「ああ……」


 これを人は絶望という言葉で表すのであろう。そのときなぜか俺は、今日の夜みんなに渡そうと思って何日も前から準備していたクリスマスプレゼントのことを思っていた。


「あのリボン、ツムトに似合うと思ったのに……」




 アリシア様も、ヒナも、シファさんも、意識を取り戻した冒険者たちも、空を、圧倒的な暴力の到来を、ただ見上げているしかなかった。


 この世界に来て、辛いこともあったけど、それ以上に楽しいこと嬉しいこともたくさんあった。みんなとの出会い、ツムトとの出会い。そんな日々のことを思い出していたら自然と涙が流れた。


『ヒロト、ナイテ、ル?』


「そんなことないよ。ほら笑ってるだろ?」


 俺の傍に飛んできたツムトに笑顔を作ってみせた。


『ヒロト、カナシイ? オデ、オデ……』


 黒い毛玉は激しく震えていた。


『ヒロト、キラキラ、スキカ? オデ、イッパイモッテル。ヒロトニヤル。ユルス? ユル、シテ……』


 どうしたツムト? ツムトのつぶらな瞳は焦点が合っていないようだった。まるでここではない、俺ではない誰かを見ているような気がした。


「落ち着いてよ、ツムト。俺は大丈夫だから……」


『オデ、オデ……』


 さらにツムトの振動が激しくなっていく。


『ナク、イヤ……。ナカス、ヤツ……、キライ。ユルス……、ナイ!』


 強く吹き付けた風に俺はよろめいた。ツムト? ツムトは?


「ツムトちゃん!」


 アリシア様の叫ぶ声が遠くで聴こえた。


 見上げると体を大きく膨らませ、巨大になった黒い存在。あれは、ツムト、なのか……? そこには深い闇。そうとしか形容できないナニカがあった。その漆黒の闇は次第に拡大していく。俺の中に流れ込んでくるのはまさに深く、暗い、負の感情。俺の心はそれに耐えきれず、そこで意識を失った。

 

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