第4話 真っ赤なパーカーを着たおっさん

 俺たちは郊外の寂れた墓地に来ている。ここはかつて行われたという『最後の決戦』で戦士した身元のわからない数多くの兵士たちを埋葬した共同墓地。いわゆる『無名戦士の墓』である。


 あの護符を売っていた司教によると、通常この『クリスマス・イブ』から翌日にかけての深夜、子どもたちの枕元に現れるというサンタ妖精を強制的に引きずり出せる可能性があるのが、この霊的にも強力な力が働いているというこの場所らしい。一応俺も異世界で魔法やら魔物といった不思議なものは目にはしてきたが、霊的というその言葉の登場で一気に胡散臭さが増した。あの司教自体が信用ならない人物だということもあるのだが。


「ヒナ、それでサンタを呼び出せる確率は5割、そしてそのサンタを倒せた場合のアイテムが落ちる可能性も5割。なんだな?」


「うん。そうあの神父に聞いた」


 えっと、確率2分の1の2分の1は、4分の1ってことでいいんだよな。もう数学なんて前世からずっと勉強してないけど、たぶんそんな感じじゃなかったっけ? ヒナの持っている護符というか召喚札は14枚。まずサンタを呼び出せるチャンスは2回だ。


 ヒナがまず1回分の抽選のために両手で7枚を持って天に掲げる。同じ格好を離れた場所でも冒険者たちに見守られながらアリシア様もしていた。


「出でよ『さたん・くろーす』!! そして願いを叶えたまえ!!」


 おい! いろいろとツッコミどころがあるのだが……。セリフのことはまあいい、だが『さたん』じゃなくて『さんた』じゃないのか?


「おっ?」


 空はもう夕暮れに近かったはずだが、雲はさっきまで無かった。それなのに一瞬で一面黒雲に覆われ、雷鳴まで轟き始めた。雷が鳴るたびに頭の上のツムトはピョンと跳ねる。俺の位置からは怖がっているのか、楽しんでいるのか分からない。


 空を複数の稲妻が駆け巡る。これは! いきなり来るのか!?


 ぷしゅー。


 何だこの気の抜けた空気音は? 空が再びオレンジに戻る。なんて分かりやすいハズレ感……。


「まだまだ。なの」


 ヒナの目はまだ死んではいなかった。奥のアリシア様もハズしたようだが、ヒナ同様護符を持った両手を天に掲げる。


「出でよ『さたん・くろーす』!! そして願いを叶えたまえ!!」


 ぷしゅー。


 ハズした。地面に膝をつくヒナ。


「もしかして詠唱を間違っていたのでは……?」


「いや、リクト。あれで合っている。『さんた』ではなく『さたん』、あれで合っているんだ」


 シファさんが首を振りながらそう言う。良く分からないが差し迫った迫力というか、説得感があった。


 離れた場所では、アリシア様が再び例の姿勢を取っていた。


 繰り返される冒険者たちのため息。そして謎の『ぷしゅー』音。


 もう次が、最後のチャンスのようであった。護符を両手に握りしめ何かに祈るアリシア様。


「さあ、みんな! 私にみんなの元気をわけて!」


「おう!」


 男たちの低い声が墓地に響き渡る。 


「出でよ『さたん・くろーす』!! そして願いを叶えたまえ!!」 


 空には黒雲、そして雷鳴。


 シャンシャンシャンシャン。


 これは!? 謎の鈴の音、まさに。


 分厚い雲から一筋の光がアリシア様に向けて注がれる。その光の線は徐々に太くなっていき墓地全体を明るく包みこんだ。天空から大きなツノを持った四足歩行の魔獣にソリが引かれてゆっくりと降りてくる。


 シャンシャンシャンシャン。


「サンタ! ……なのか?」


 たしかに聞いた通り真っ白なお髭のお爺さんではなかった。俺の目に映ったのは『真っ赤なパーカーを着たおっさん』だった。


 その姿を見たからなのかその場に崩れ落ちるアリシア様。何が起きた!? 俺がそこへ駆け寄ろうとしたとき、ヒナもそしてシファさんも倒れた。


「ヒナ! シファさん!」


「ああ。やっぱりアレは無理……なの」


「くっ、これほどか! サンタ妖精とはこれほどのものなのか……」


 力が抜けたように地面に横たわる二人。見たところ精神的なダメージによるもののようだった。


『オッ、オッ、オッ! ヒロト、トンデル。ヒトガ、イッパイ、トンデル!』


 頭の上で嬉しそうに飛び跳ねるツムト。アリシア様のほうを見ると、もう地面に降り立った『おっさんパーカーサンタ妖精』の乗るソリ、いや、それを引くトナカイもどきの魔獣に冒険者たちが吹き飛ばされているところだった。アリシア様は無事なのか!? 俺は二人にそれ以上の問題はないことを確認するとアリシア様のもとへ駆け出した。


「アリシアさまっ!」


 赤パーカーはアリシア様のまわりをぐるぐるとソリで周回していた。


「んー、んー、んーっ」


 サンタ妖精は眉間にシワを寄せて考え込んでいるようであった。まるでどうしたら良いのか分からないといった風だった。


「ん?」


 すると、おっさんパーカーサンタと目が合った。


『ナニ?』 


 正しくは俺の頭の上のツムトを見たようである。サンタは気持ち悪い笑みを浮かべた。俺の背筋がぞわっとした。何? 怖いんですけど……。


「オロロローーーーン!」


 おっさんは謎の奇声を上げたかと思うと、魔獣とソリを俺たちの方へ向けた。


 やばい! これは殺られる!


 猛スピードで、おっさんを乗せたソリが向かってきた。

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