第3話 これ以上のことは言えない

『オハヨー、ヒロト! オハヨー、シファ! オハヨー、ヒナ!』


 ポケットから飛び出し、俺の頭の上を八の字を描いて飛び回る黒い毛玉は、俺の大切な友だち、親友のツムトだ。本当の名前は、ツムトギアアンダビノ・アストズァラク・オリログラスソムンアミーというのだが、長すぎるのでツムトと呼んでいる。


「うん。ツムト、おはよう! ちゃんとみんなにも挨拶できて偉いな」


「オデ、チャント、アイサツ、デキル。オデ、エライ!」


 褒められたのが嬉しいのか、さらに激しく飛び回る。そのツムトが何かに気づいたのか、司教の目の前でピタリと止まり浮かんでいる。


『ジーーーーッ。ヘンナ、ニンゲン?』


「いやいや、前にもお会いしたではありませんか。毛玉さん?」


『ケダマ、チガウ。オデ、ツムト。ヒロトノトモダチ。ナマエマチガウ、ヨクナイ』


「これは、失礼いたしました。ツムトさん」


 その言葉に納得したのか、ツムトは俺のほうに戻ってきて、頭の上に着地する。シファさんがヒナの前に立ち手にある護符をじっと見つめる。


「何?」


「こんな胡散臭いものを購入するとは、召喚勇者というのは本当に……。いや? もしや!? ヒナ、一枚見せてくれるか?」


「うん。問題ない。じっくり見ればいい」


 彼女はヒナからその護符を一枚受け取ると、それをじっと睨みつけている。


『シファ、ソレ、タベル?』


「いや、食べませんよ。ツムト様」


「あの。シファニエン殿……?」


 司教が不安そうにシファさんの様子を見ている。


「レンブラント司教、これをどこで手に入れた?」


「いや、それは……。教会の機密事項にございますれば、たとえシファニエン殿といえどもお教えする訳にはまいりません」


「教会か……、するとこれは女神の。いや、この文字はどこかの文献で見た記憶が、うむぅ。思い出せん」


 真剣な顔で彼女はそう言う。その護符には何かあるのだろうか?


「ヒナ、これを一枚譲ってはくれないだろうか?」


「だめ。この護符は七枚で5割の確率でサンタを引き寄せるの。だから、渡せない」


 そういつもの淡々とした口調でヒナは言うと、シファさんの手から護符を取り上げてしまう。なんだそのリスクの大きそうな設定というか条件は。


「ぐぬぅ。金貨一枚か……、仕方ない。これも研究のため……。司教、一枚貰えるか?」


「ああ、これは申し訳ありません。今年の分は、ヒナさんにお売りしたもので最後となります」


「な、なんだと!? だったら……。頼む、ヒナ! 一枚貸してくれ! 三日ほど禁書庫に籠もればその文字のことを調べられるはずなのだ」


「嫌。この護符の効力は今日の夕方から日付けの変わる数時間限定。シファには貸せない」


 あっさりとヒナに断られ、項垂れるシファさん。


「さあ、あなたたち! 今年こそ、あのサンタを討伐するのよ!」


 聴こえてきたのは間違いなく、俺が仕えるこの国の第三王女であり、聖女でもあるアリシア様の声だった。後ろに大勢引き連れているのは冒険者たちだろうか、皆モテ無さそうな男たちばかりというのは気のせいだろうか……。


「はい。あちらの聖女様にも大量購入いただきましたので、今年は例年になく早い完売です」


 司教は、本当に有り難いという顔で両手を揉みながらアリシア様のほうを見ている。


「そうか、アリシア様も例の『としでんせつ』を信じておられるのか……」


 ほんとにシファさんの語彙は……。都市伝説って?


「どういうこと? 女性は『おっさんサンタ妖精』を生理的に受けつけないって言ってなかった?」


「いや、実は討伐によってサンタが落とすと言われているドロップアイテムは、多くの女子たちの夢の詰まったレアアイテムなんだ……。なあ、ヒナ」


「う、うん……。でも、ヒロトには教えられない。きっと、アリシアも」


「そうだな。ヒロト、私の口からはこれ以上のことは言えないな」


 なんだそれは……。めっちゃ気になるじゃないか。

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