第2話 サンタ狩り

 王都の街は、緑と赤のクリスマスカラーが目立つ。行き交う人々もどこか楽しげに見える。昨日、かなり降った雪は人々が総出で掻き出したようで、道の脇には大きな雪だるまもいくつかあった。


 あれはクリスマスツリーか?


 大聖堂の入口近くの大きな木は、てっぺんに大きな星、枝にはベルや天使のオーナメントがたくさん取り付けられ、前世のショッピングモールにそんなのがあったなと思い出す。そう、俺は転生者で、ここはいわゆる異世界ファンタジーの世界といったところだ。


「ねえ、シファさん。このお祭りって『異世界人』が持ち込んだっていってた?」


「そうだな、ヒロト。初期の頃の『召喚の儀』で呼び出された『ニホンジン』の勇者たちが広めたと聞いている。特に宗教的な意味合いは無いそうだ。由来は分からないのだが、『めりぃ、くりすます』と唱えると誰もが幸せになるのだと伝えられている」


 今日は外出するということもあって、彼女は普段の小汚い白衣ではなく、スリーピンシープの毛で作られた純白のロングコートを羽織っている。いつものだらしないザンネンな感じの研究者ではなく、道行く誰もが振り返る超絶美人なエルフさんとなっている。


「おうっ……」


 日本式のクリスマスなのか……。


「まあ、この祭りの中心は『サンタ狩り』だな」


「サンタ……、狩り?」


 おいおい、それは物騒な発言だぞ。


「この祭りが始まってから、数年経った頃から謎の妖精『サンタ』が王都でも確認されるようになったんだ」


「謎の妖精、サンタ!?」


「ああ、冒険者ギルドでもSクラスの魔物として登録されているな。基本的に害はないのだが……」


「だが、何?」


「奴は、いや奴らと言ったほうが正しいか。幼い子どものいる家庭に深夜忍び込んで、寝ている子どもをじっと覗き込むらしい。そして傍にある靴下に大小様々なガラクタを無理やりねじ込むという変質者、いや、妖精だ」


「もしかしてそれって、赤い衣装を着てたりするのかな?」


「なんだ知っているんじゃないか。そう、これまでサンタを討伐しようと挑んでいった冒険者たちの返り血に染まってその服は赤いのだと噂されているな」


「えっ、害はないって言わなかった?」


「放っておけばな。だが、考えても見ろ。幼い子どもが夜中目を覚ましたら目の前におっさんがいたら、それは『とらうま』であろう?」


「ああ、たしかに。でも、お爺さんでなく、おっさん?」


「そうだ。とてもだらしない感じの『めたぼ』な中年のおっさんだ」


「おぅ……」


 それでも妖精なんだよな。


「その見た目に騙されてはいけない。何でも奴は空を飛ぶソリに乗り、それを引くのは巨大な角を持った魔獣。そしてこいつも厄介らしい。奴らは複数いるようだが基本は『ぼっち』、集団で行動することがないのが救いだ。個の戦闘力は圧倒的だと言われている。ダグラスから聞いたのだが、歴代の剣聖でサンタに敗れた者もいるということだ」


 異世界人とも交流のあった彼女の『とらうま』や『めたぼ』、『ぼっち』のワードにいちいちドキッとする。彼女にはまだ俺が転生者であることは知られてはいない。でも、剣聖より強いとか反則だろ!


「なんでも『りあじゅう』の男性に対しては無類の強さを誇るらしく、意味は分からないがその剣聖は『りあじゅう』だったということだ。なんとなくだが、ダグラスには無縁な言葉のような気がしてしまうのは不思議だが」


 なんかいないところで、それも無意識でディスられている彼に同情する。


「だったら女性冒険者とか女性の騎士だったら討伐可能なのでは?」


「いや、生理的に受けつけないらしい」


 なんてこと言うんだ。酷い言われようの妖精サンタにたいしても俺は同情する。


「ん?」


 視界に入ったのは暴力の象徴にも見える巨大な大剣。その身長を超える大剣を背負っているのはヒナだ。こんなところで何してるんだ。


「カンザキか……。あいつ『サンタ狩り』に参加するつもりなのか!?」


 大聖堂の前の大きなクリスマスツリーの根元近くの屋台の前に立つ美少女。彼女は転生前の俺の同郷。送られてきた時代は違うようなのだが、同じ日本人である。


「どうしてヒナが参加するって分かるの?」


「見てみれば分かる。あの屋台で護符を売りさばいているのは、レンブラント司教だ」


「本当だ。護符って?」


「効果の程は不明だが、毎年この時期になるとアイツはあの怪しげな護符を冒険者相手に売りさばいている。護符一枚につき金貨一枚と法外な値段にも関わらず、その効用を信じて買うものが後を絶たない」


 俺達はヒナのいる屋台へと駆け寄る。


「ああ、これはヒロト殿ではありませんか。それにシファニエン・オリエネリス殿まで」


 俺達に気づき満面の笑顔でそう言う司教。


「あっ、ヒロト!」


 ヒナも俺のほうを振り返った。両手には十数枚はあるだろうか、例の護符を持っていた。彼女の俺の名を呼ぶ声と同時に胸ポケットがもぞもぞし始めた。眠っていたツムトが目を覚ましたようだった。 

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