第4話 俗物根性

 高度成長時からバブルにかけて、日本の社会において『中産階級』という所得層が、厚みを持ちました。

 で、そういう時代に「百科事典」「世界名作全集」「日本文学全集」「三段くらいの雛人形」「アップライトピアノ」「学習教材」……そいうのがたくさん売れたわけです。電化製品のつぎに家に揃えたくなるやつね。

 人々が、より豊かな明日を思い描けた時代の、文化アイテム。

 あったあった、うちにもあったって思われた方、いらっしゃいます?

 わたしの実家にもありましたよ。「世界名作全集」。

 トム・ソーヤの冒険とか、ロビンソン・クルーソーとか、アンクル・トムの小屋とか。

 でも、わたしは結局『じごくのそうべえ』だったし『アルセーヌ・ルパン』『吸血鬼ドラキュラ』だったんです。

 それでも、意味が無かったとは思いません。

 そういうものにアクセスできる環境があるっていうのが、社会の豊かさっていうことだと思ってます。本なら図書館を含めてね。

 わたしも二十代、三十代のときはこういうの、俗物的だと思ってましたけど、それが良かったんですよって、あとで気づきました。


 と、いう話はさておき、俗物根性と言えば、わたしの母とわたしは俗も俗、お金が大好きです。


 まあ、そういう人種なので、小銭が手に入ると、どこに貯め込むか考えちゃうわけです。そして二十年ほど前のこと。

「ねえちゃん、金やで、金」

 と、母はのたまいました。

 金。つまりゴールド。

「金の積立して、そのうち、金の延べ棒にして家に置いとくねん」

 それはそれは、美しい夢でした。山吹色です。

 頑張って積立を貯めて、いつか金の延べ棒に触る! 枕の下に置いて寝る!

 乙女なら一度は夢みるでしょう?

 わたしもまた、母の山吹色の夢にいたく共感したのです。


 さて、その当時の金の価格は、1g=2000円程度でした。5000円ずつ積み立てて、1ヶ月2.5g。1㎏の金の延べ板なら400ヶ月、33年ちょっとで目標が達成できそうです。定年退職までにはなんとか行けるか?!

 当時の金というのは、バブルの一時期を除けば、そんなに上がる印象はないものでした。金の需要増は囁かれていましたが、有望な投資先として最初に上がるようなものではなかったのです。

 しかし、ですよ?

 それからの金価格は上がっていきます。

 積立をはじめて5年後には、5000円では1gほどしか買えないようになってきました。

 なんてこったい。

 延べ棒を枕にして眠る乙女の夢がどんどん遠ざかって行く……


 そうこうしているうちに、母は金の積立口座を解約することになりました。まあ、いろいろありましてね。

「あとはまかせた」

 とは母のげん

 いや、ちょっとまかされても困るくらい値上がってる……もう、延べ棒は無理で、薄い板かな……


 そして、さらにこの数年で、金はバカみたいに値上がりしたわけです。

 金の価格は、基本的には安定しています。利潤目当ての投機資産ではなくて、守りの資産なんですよ。本来はね。

 バブルなどの実需とは関係のない需要増による値上がりを除けば、バカみたいに上がる原因は、たいがい、戦争です。

 ロシアのウクライナ侵攻と、イスラエルのガザ空爆。

 金価格は、2024年12月16日で14300円台。


 わたしはロシアのウクライナ侵攻が始まったときと、今年の中旬、金の積立口座から、一部を売却し、売却益を寄付したり、母親と一緒に岩手の温泉に行く旅行資金に使いました。

 それでなにが変わるわけでもないんですけど、いたたまれなかったのです。


 金の延べ棒を枕の下に置いて寝るのは、見果てぬ夢に終わりそうですが、車窓の好きな母と一緒に新幹線乗って、温泉旅館で、湖の一望できる昔ながらの畳の部屋を取って、東北の美味しいもの食べて……

 我ながら醜悪で俗物だなと思いつつ、贅沢な旅でした。


 百科事典や文学全集、アップライトピアノなんていう文化アイテムにおカネを使った若き日の両親の「俗物さ」。そのときもしかしたら信じていたかも知れない「未来」の明るさについて、母に聴いてみたいような、聴きたくないような。

 たぶん、今となってはもう、母にしてみたって遠い記憶に成り果ててるんだろうけれど。

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母との交流 宮田秩早 @takoyakiitigo

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