第3話 膝が痛い同盟

 2022年の晩秋、わたしは『変形性膝関節症』の診断を受けた。

 右膝。

 軟骨がすり減って関節に負荷がかかり、変形し、痛む。

 医師いわく

「年齢的に早すぎますよ。ただ軽度ですし、すぐにどうこうする必要はありません」

「健康食品では治りません。わたしは変形性関節症の方、みなさんに必ず言うんですが、そんなのに大金かけるのは無駄です。それよりも足の筋肉をつけてください。無料で、病気の進行が抑えられます」

 以上。

 あ、そうそう、あとひとつ。

「無理かも知れませんが、痩せてください。それだけでも膝がぐっと楽になりますよ」

 とも言われた。

 そう、この歳で変形性膝関節症になったのは、おそらく小学生からの大幅な標準体重超過が原因のひとつである。

 名医である。まあ、名医は言い過ぎかもしれないが、いい医者である。


 わたしは医師の診断を受け入れた。

 いま積極的な治療はしない。将来、ほんとうにどうしようもなくなったら膝関節の手術をする。それまでは(可能ならば体重をおとし)足の筋肉を鍛える。

 健康補助食品にはこころを動かされない。

 この診断を受け入れたのは、過去に『タンパク質の一生: 生命活動の舞台裏』永田和宏著(岩波新書)を読んでいたのもおおきい。

 経口摂取された食品はタンパク質も炭水化物も脂質も、すべて一度分解され、再構築されるのである。つまり、食べたタンパク質が、タンパク質の原料になるわけではない。

 その科学的事実の前に「良質なコラーゲンで、ぷるぷるのお肌に!」「膝関節の構成成分配合 関節の不安にはこれ!」などという謳い文句のなんと虚しく響くことか。


 なにがしか身体を壊すと、両親には「それ見たことか」と怒られ、怒られるだけでべつに何の特典もないのでたいがい言わないことにしているのだが。

 膝が痛むのは歩いているのを見れば早晩、バレることになる。寒くなるとかなり痛む日があり、そんなときは普通に歩けない。

 仮にバレなくて、なにか用事を申しつけられ、あちこち歩き回らされるのもつらい。

 膝の件は、両親には早々に申告した。

 母もまた、その医師の診断に同意した。

 母は整形外科の有名だった中規模病院で働いていたこともあるのだ。

 このあたり、長く医療機関に勤めていたおかげか、合理的に話が出来るので安心である。

 父のように、腰の手術をしたくないばかりに、親戚友人知人あらゆる伝手を辿って腰の痛みによく効くという手術をしない治療をする先生を紹介して貰い、毎週、電車に乗って通うようなマネはしない。

(結局、父の腰は悪化して、手術はした。痛みが取れた現在「だれも手術をしろと言ってくれなかった」とぼやいているのが始末に負えないところである)


 まあ、案の定、体重の件で怒られたのはご愛敬だ。

 大丈夫、想定の範囲内なのでノーダメージ。

 と、いうことでわたしは毎日……といいたいところだが、サボる日もあるのでほぼ毎日、母が老人ホームに勤めていたとき、教えて貰ったという「いつまでも自分の足で歩きたい! 健康体操」というのをやっている。

 椅子に座ったまま、膝を上げ下ろししたり内腿の筋肉を鍛えたりする体操である。


 そんな母は数年前、交通事故で足を骨折し、手術したことで足がすこし痛み出した。言うまでもないが母の場合は年齢的にも年相応である。


 母もまた、健康食品などには目もくれない。

 医療行為に関しては、母とわたし、ふたりの意見が対立することは、ほとんどない。

 我々は『標準医療』という名の日本の医療機関のご本尊を信仰しているのだ。


 そんなこんなで膝を痛めた母娘、ふたりはたまに電車で旅をする。

 遠くの駅まで行って、駅のそばの農協で買いものしたり、ちょっと神社にお参りしたりするだけである。

 極力、歩かない。

 外の景色を眺めるのが好きな母のために、なるべく長時間、電車に乗る旅だ。

 到着した駅で、エレベーターかエスカレーターをきょろきょろふたりで探し、

「あ、あったあった、ねえちゃんこっちこっち」

「母、エレベーターあそこやで」

 と教えあう、膝痛ふたりぐみの探検気分の旅である。

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