第2話 わたしの祖母から脈々と

 母の母、すなわち私の祖母は筋金入りのロマンチストだ。

 老人ホームに入ったとき、読む本が欲しいと言うので好きな作家をたずねたら

「渡辺淳一!」

 即答だった。

 濃厚濡れ場のある話が好物だというのだが、わたしの読書の趣味はどっちかというと枯れているので、渡辺淳一のどの作品に濡れ場がたくさん書いてあるのかが分からない。いちいち読んで濡れ場の濃淡を確認するのも面倒だ。

 仕方がないので長編なら濡れ場がたぶんたくさん書いてあるだろうと、長編小説を何冊か買って行った。

 文句は言われなかったので、たぶん及第点のチョイスだったのだろうと思う。


 祖母は働き者だった。

 田舎のこと、働き者で可愛い顔立ちの祖母は評判で近隣の土地持ちの農家がこぞって「うちの息子の嫁に」と結婚を打診したそうだ。

 祖母は、そのすべてを蹴った。

 そして、ある日映画館で見かけたパン屋の次男坊に一目惚れ。

 突然のフォール・イン・ラブ。

 猛烈なアタックをかけ、その次男坊と結婚した。

 理由は「色白で役者みたいにめちゃくちゃ男前だったから」(本人証言による)だそうである。

 長男の経営するパン屋の配達をしたあとは、散歩をしたり麻雀をしたり、遊んでいた夫に文句も言わず、家計を支えるために自分も働いた。

 そう、働き者なのだ。

 すぐに母が生まれた。そして母が三歳の時、祖母の夫は亡くなった。

 もともとすこし病弱だったそうだ。

 しかし祖母はくじけなかった。

 祖母は娘を……つまりわたしの母を妹の家に置いて、次の恋に生きた。

 彫りの深い、めちゃくちゃ男前の資産家を捕まえたのだ。もちろんここのポイントは資産家の部分ではなく、「めちゃくちゃ男前」の部分である。

 後添いで、働かない夫の代わりに帳簿をつけ農業をして、先妻の遺した子を育て、人手が足りないときには彼の持つ工場で加工の仕事も手伝った。


 わたしの祖母は、ロマンチストなのだ。


 わたしの母にも、その血は少なからず流れていると思う。

 ただし男前好きの部分は、控えめだと思う。男前は好きだが、グラナダTVの『シャーロック・ホームズの事件簿』のジェレミー・ブレッドの本を抱いて寝るくらいのことである。

 わたしの父、つまり母の夫の顔は、娘のわたしが評価するのもなんだが、ふつうだ。団子鼻で丸顔。猪首。その特徴はわたしに受け継がれていて、あまり容姿には構わないわたしでも、「二択なら母親に似たほうがお得だったよな」と、ちょっとは思っている。

(母は父親に似て色白で、わりと美人なのだ)

 つまりはまあ、母は恋には生きなかった。(たぶん。父と結婚したのもお見合いである)

 すくなくとも人生の伴侶を選ぶのに、『イケメン』の条件はつけなかった。

 だが、働き者なところは祖母にそっくりだ。

 そして旅好きで、仕事をしていたときは海外旅行にもよく行った。違う風景を見るのが大好きなところなどは、ロマンチストの血筋だと思う。

 ひとりで、あるいは友人と。

 家族で海外に行ったことは一度もない。

 外の世界を見に行くのに、家庭を引きずりたくなかったのだろうと、思う。

 面と向かってたずねたことはないが。


 そんなロマンチストの血は、たぶんわたしにも多少は受け継がれていて、わたしは本を読むのが好きなのだ。本の中に描かれる世界を、愛している。

 働き者かどうかは……他人の判断に委ねたい。

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