第5話

 江田は自殺だったらしい。自殺の理由は三原も知らないそうだ。もともと、江田は「ぶんコミュ」のことを家族にも話していなかったそうで、家族は俺達のことを知らなかった。それに、江田の家族も、江田の自殺についてはあまり公にしたくなかったらしく、俺達の中で一番最初に江田の死を知った三原も、知ったのは葬式から数ヶ月経った後だった。 




 明かりが消えた後の実家に帰り、コートもマフラーもつけたまま、荷物の中からパソコンを取り出して座り込んだ。明かりもつけずに起動したせいで、画面は眩しく、俺達だけを青白く照らし出した。 


 小説>大学>ぶんコミュ以外、とフォルダをたどり、目当てのファイルを見つけ出す。ファイル名「尾道」、最終更新日は十年近く前の5月、卒業した2年後だった。 


 江田から「小説書いてる?」とメールが来て、仕事が忙しすぎて全く書いていなかったのだが、「書いてない」と返事をするのがなんだか――悔しい気がして、江田の小説を読まされた後の1年半の間に書いたこの話を送った。タイトルはつけていなかったのだが、無題というのもメッセージ性がありすぎるように思い、とりあえず自分の名前に変更して送った……。 


「……ヒッデェ話だな」 


 いま読むと、内容といい文章力といい、最初の3行で読む気が失せた。親に3歳の発表会のビデオ映像でも見せられたような、そんな恥ずかしさを感じ、思わずパソコンを閉じる。パタンとソフトな音と共に、部屋はまた暗くなった。 


 小説を送ったことに対して、江田から返事はなかった。仕事が忙しい時期だったせいで、俺はあまり気にせず、半年くらい経った頃に急に返信がきた。 


『面白かった』


 それが何の話か分からないくらい、時間が経っていた。 


 なにを返すか悩んで「どうも」と一言返した。江田から返事がきたらなんて返そうか、そんなことを考えていたのだが、結局返事はなかった。 

 それきりだった。それきり、俺と江田は、顔を見たことも話したことも、連絡を取ったこともなかった。 




 江田が自殺したことに、おかしなことに違和感はなかった。佐伯達は「就職がうまくいかなかったとか」「いや普通に働いてたって」「恋人とトラブった」「江田ちゃんからフッてその後はいなかったって」「じゃ、なんでだ?」と不可解そうだったが、俺はそうではなかった。

 「江田が自殺した」という事実は、俺の腹にだけは、するっと落ちてきた。 

 江田の書いた小説の存在を、佐伯たちは知らなかった。





 もう一度パソコンを開く。一瞬、暗い画面に、外出姿の自分の顔が映り、ややあって青白い光が、もう一度、辺りを照らし出す。 


『面白かった』


 閉じていなかった「尾道」を閉じようとして……逡巡し、閉じて、F2キーを押した。 


――「創作たるもの」 

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創作たるもの 篠月黎 / 神楽圭 @Anecdote810

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