勇王と内花姫

おいなり新九郎

旅をする理由

遠い昔、


 アサミヨという国に、兄妹の神様が住んでいらっしゃいました。


 兄は大地の力の化身で、力強く岩の様に強い心をもつ、美しい青年の姿をしておられ名を勇王イサノオと申された。


 妹はこの世の全ての花の女王であり、この世の全ての命を慈しむ優しい心のそれはそれは美しい内花姫ダイナひめでございます。


 ある時、はるか彼方の国から炎を吹く船に乗った、ひとりの若者がやってきました。


 若者は、兄妹の父であられる主神ヌシ様にこう言いました。


「私はこの国のことを知りたい。私の国とも仲良くして欲しいのです。」


 主神ヌシ様は特に断ることもなかったので、若者を歓迎することにしました。


 兄妹に命じて、いろんな所を案内し、楽しい時間を過ごすうち、三人はとても仲良くなりました。



 いくつもの時が過ぎ、若者と内花姫ダイナひめは愛しあい、夫婦めおととなられました。


 そして、姫はひとりの男の子をお産みになった。


 するとしばらくして、若者は主神ヌシ様の前に出てこう言ったのです。


「一度、私は自分の国へ帰って、私の国の人々にこのような美しい国があることを伝えましょう。父にも子を成したことを伝えたいのです。」


 命を司る花の女王として、国から離れることのできない内花姫ダイナひめ様は、旅路を心配して


「どうしても、お国に帰られるなら、これを私だと思って持って行ってください。でも誰にも見せないでくださいましね。」

 と大事な大事な護り石を若者に渡してしまいました。


 その石は、父から人に決して見せてはならないと言われていたものでした。


 若者はその石を大事にしまって、また船を漕ぎ出し、長い時をかけて自分の国にかえりついたそうです。


 若者は王である父親に会い、これまでのことを許しを乞い、結婚したことを伝え、男の子が産まれたことを話しました。。


「お前がそう決めたことなら良い。」


 王はそれを許しましたが、女王とその子をここに連れてくるように命じました。


 若者は迷い、そして、ある覚悟を決めます。


 花の女王は国から離れては生きていけないので、若者が内花姫ダイナひめの元に帰ることを告げると


「それではその国に行くことは許さない。お前はこの国の跡取りなのだ。」

 と王はお怒りになりました。


 しかし、姫のもとへ帰ると決めた若者が、別れをつげ、その場を離れようとすると兵士に行く手を阻まれてしまいました。


 そうこうしているうちに、若者の袂から、内花姫の護り石が床に落ちてしまったのです。


 それを手にとった王は目を見張り


ワレの国へおもむく。」と


 船団を率いて兄妹の国へ出発しました。


「この石を手に入れれば長く生き長らえることができる。」と、

 こう、王は口走っていたのです。


 そして船団が兄妹の国にたどりつくと

「全ての石を差し出せ!」

 こう、迫ったのです。


 石の神である兄神は怒りました。


 そうして、若者の国と兄妹の国との戦が始まってしまいました。

 

 兄神は勇ましく戦い、女王は皆を癒します。


 しかしながら、異国の王の光と炎の矢や大砲の前に剣は少しづつ押されていきした。


 ああ、大地が燃える。


 そこに割って入る者がいました。


 花の女王の夫たる若者の船です。


 若者は本当は兄妹の国を乗っ取るために近づいたのです。


 しかし、若者は父親たる王に弓を引きました。


 家族への愛が生まれ、己の罪を恥じ、贖罪しょくざいの言の葉とともに炎の矢を放ちます。


 若者の船は王の船団とたった一隻で戦い、ついに王の船に迫ります。


 若者の船は国の敵をほふる為の船であり、若者は国一番の船乗りだったのです。


 しかし、最後の最後に若者は父王の御身には矢が放てなかったのです。


「息子よ、道をけぇい。」


 父から放たれた炎の矢が若者の船を炎に包みました。


 そして、その炎の矢は再会を喜び、若者に駆け寄った女王の体をも貫き火をつけてしまったのです。


 悲しみのあまり、女王を抱いて、一線を退く若者の船。


 花の女王は討たれた。


 国中のありとあらゆる花と木々が燃えていきます。


 石の神である兄神は怒り狂います。手勢を率いて最後の突撃を始めました。

 

 

 すべてが焼け焦げたあと、若者の亡骸なきがらが大きな焼けた大木の下に横たわっておりました。


 父たる王は船を降り、若者にむかって

「息子よ、お前が共にいないこの世に意味はない。我はここより去ろう。」

 そういって、奪った護り石をその手に握らせて去りました。


 石の神様は生きておられました。


 ただひとり、残った妹の忘れ形見の男の子を抱いてこう言われました。

「我がおいよ、お前の母親は生命の源たる花の女王。不滅の存在であるが身が崩れておる。この国の命の復活のため、お前は、父親の罪を背負い、母親を元に戻さねばならぬ。」


 そして、こうも言われました。

「我が妹が戻るまで、我が石となり、その身を覆って崩れるの防ごう。そして、それが成るまで、お前はその父のように人間として生き、死ぬことは許さぬ。繰り返せ。いや、往復せよ。」


 兄はその身を石と替え、崩れそうになる妹の花を覆って支えました。


 

 そして、男の子はすくすくと成長し大人になり、そして死にました。


 ただ、おかしなことが起こったのです。


 男の子が年をとり亡くなって、葬られた土の上に木が生えました。


 みるみると大きくなる木は半年もすると大木となっておりました。


 その木の幹には、人の形をしたこぶがあるのです。


 しばらくすると、そのこぶは千切れ、そこに立っていたのは亡くなった老人でした。


 そして、もっとおかしいことに老人は少しづつ若くなるのです。


 そして、老人はだんだんと若くなり、赤ん坊に戻り、そして宝石になりました。


 ですが、話は続くのです。


 しばらくすると、宝石はまた赤ん坊になり、また成長するのです。


 男の子の記憶をすべて持ったまま。


 そう、繰り返すのです。人生を往復している者。命の重来者リターナー



 男の子は最初、少し嬉しかったのです。


 これで死ななくても済む。自分という存在が世界から消えることはない。


 ただ、これは浅はか・・・と言われるものでした。


 老いたり、赤ん坊になる時の苦しみ、無力さを何度も味わいました。


 しかし、それよりも辛いのは愛した者、友との無数の別れを経験しなければならなかったのです。


 心を閉ざしたこともありました。わざと殺されてみたことも。


 でも、ダメなのです。


 また木の根元で気がつくのです。延々とそこからやり直し。


 これは、地獄だ。永遠に解き放たれることがない。


 この星が無くなるまで繰り返すのだろうか?人々がいなくなった後もずっとひとりで?



 男の子は思いました。人生は一度でいい。一度きりがいい。



 彼は長く長く繰り返し生きる間に、とてもたくさんの知恵と魔法を身に着けました。永久の時を生きる彼にとって、もう過去と未来というものは関係なくなっていたのです。 

 

 ただ、現在というか、今、というものしか彼にはなかった。


 心が冷たくなっていた彼は、ある日あることに気がつきます。


 あれ、この人には前にあったことがあるぞ。まったく違う所で。


 彼は全てをのぞき込むことができる虫眼鏡を取り出しました。魂を洗う魔法の言葉をふりかけ、覗きこみます。


 そこには、懐かしい顔が映っていたのです。

「ああ、君はここにいたのか!」

 しかし、その人は不思議そうな顔をします。覚えていないのです。

 今の魂は別人、別の人生を歩んでいるのです。

 魂のほんのひとつの記憶なのです。他にもいろいろな顔が浮かびます。


 彼はこのことを調べるのに夢中になります。

 どうやら、この世界においては、肉体というものは使える年数に限りある乗り物のようなもので、いろいろな性能がある。ただ古くなって動かなくなると、魂はそこから降りて新しい乗り物に乗り換えて違う道を進むこともあるらしい。


 長年調べて、分かったことがありました。

 この世界においては、魂が肉体を乗り継いでいるけれど、それぞれの魂には目的地もしくは動く理由や達成すべき目標があり、それを求めて延々と生きる経験を繰り返しているようです。


 じゃあなぜ、前の人生の記憶はないのでしょう。

 この世界においては、記憶とは主に肉体に残るものであるし、あまりにたくさんの情報はもっていると混乱します。だから新しく乗り換えた時には、そこは置いてけぼりなのです。ただ、乗り方や目的など魂の求めるところはそう変わらない。新しくまた始めるのが良いみたい。


 男の子は更に研究を進めます。

 この世界においては、魂と魂には結びつきの深いものがあるようです。だから、会った瞬間に恋焦がれたり、逆に大嫌いな人がいたりするのです。時には親子であったり、夫婦であったり、友であったり、戦場で殺し合うということもあります。長い長い時間のうちに繰り返すのです。長い時間一緒にいることもあれば、その時の命を一瞬で奪う間柄であったりもします。出会いも別れも等しく魂の縁である場合が多いようです。


 男の子はフト思いました。

 この世界の主神ヌシ様はなぜこのような理不尽がまかり通る仕組みを作ったのだろう。若いうちは、自分がいますぐ死ぬわけないとその怖さを先送りしました。でも、年を取って先送りができなくなってきて、思うのです。怖いと。

 病気や戦争で身近にそれを感じる恐怖はいかばかりでしょうか?


 男の子はじっと考え続けました。

 この世界において、人間には考えられないくらい長い時間がかかりますが、星も死にます。お化けになって土地にしがみついても、皇帝や魔王、勇者になって栄華を極める国を動かしても、大金持ちになって大きな家に住み、人にもてはやされてもです。もちろん、小さな良いことをして徳を積んでも、この社会が星ごと消滅するのです。違う星ににげればいい?できるかもしれません。しかし、結果は同じだと少年は言います。この世界においては、宇宙も死ぬから。変わらないもの、無くならないものなどないのです。


 男の子は自分の考えに行き着きました。

 男の子の世界において、宇宙に比べたら、男の子の星の寿命など、人の何十年と生きる人生のたった一日のお風呂に飛び込んだ時にできたたったひとつの気泡が弾けるくらいの一瞬。その一瞬のさらに一瞬で生まれて老いて苦しんで死ぬ。しかしその宇宙ですら冷たく縮んでしまうのです。

 男の子はこう思います。宇宙って大きな震えではないのか?振動というやつ。生の反対は死ぬこと、動くことの反対は動かなくなること鎮まること。鎮まりかえった宇宙という水面にまた命煌めく波紋を再び揺らすにはきっかけがいる。たらいに落ちる水滴のように。


 僕らの魂の経験がその引き金ではないのか?


 宇宙からみて、泡の一瞬。だけどその中にはとんでもない想いが詰まっているんだ。高く深く濃い、ありとあらゆる感情の、魂の集めた力。人間だけじゃない、ありとあらゆる生命が星がその一生に魂に経験させたことを気が遠くなるほど集めて、静まり返る宇宙を再び揺らす水滴にするのではないか。


 宇宙を再び生み出すためにありとあらゆる経験を魂を使って集める。

 人の想いには宇宙を揺らすほどの力があるから。


 主神ヌシ様はこれを目的とされているのではないか?

 だから、信じられない理不尽や悲劇もあるんだ。苦しみ、怒り、哀しみ、喜び、繰り返す人生の中でたくさん経験する。


 ありとあらゆる感情や欲にこだわらなければ、魂のシステムからは解放されるだろう。


 少年は思う。

 でも、こだわりを捨てることは、とても難しそうだ。生きている以上なくすことはできない。


 少年は思う。

 新しい宇宙の糧になるなら、一度くらい人生を真剣に生きてみていいかな。


 少年は思う。

 石の花お母さんを探しに行こう。


 だって、僕は愛を捨てきれそうにないから。

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