第13話 電話でのアイラブユー
7
僕は積極的に食事を採った。その姿を目を丸くして見守る両親。
「いったいどうしたの?」
「栄養を取っているんだ。ネットによれば亜鉛を摂取すればもしかすると味覚障害が治るってよ」
「本当に言っているの?」
「ああ」
両親は顔を見合わせ驚嘆を漏らす。
「……」
「えっと……多分」
だんだんと自信が無くなってきた。そんな様子を見ていた両親が嘆息を吐いた。
「気付いたんだね」
「気付いたってどういうこと?」
「もう言ってもいいんじゃないか」
言ってから父は席から立ち上がり、戸棚から封筒を取り出す。封筒を開いて一枚の診断書を取り出す。そこには『脳震盪 リハビリ 味覚障害における判例』とある。
「脳震盪における味覚障害は三カ月間のリハビリを行えば、治るケースもあるみたいだ。お前が言う『亜鉛』を摂取する治療法だ」
そうか……いや待てよ。ならなぜ母や父は悲嘆していたんだ。そのことを訊ねる。
「お前は……知らないのかもしれないが。これから脳梗塞の症状がお前を襲うだろう。失明したり、意識障害や半身麻痺」
「でもっ、僕はこの通りなんてことないんだ」
「脳梗塞を患った患者が再び脳内が出血する、再発するリスクは十年で五十パーセントだ。つまりお前は二十三歳で半分の確率でさっき言った症状が襲ってしまう可能性があるんだ」
言葉を失った。一気に食欲が失せる。席から立ち上がり「ご馳走様」と言って自室へと向かう。
部屋の電気を点けると天井の証明に蠅がとんでいた。
蠅の姿に、山村暮鳥の雨の詩に出てきた燕の面影を重ねる。
あの詩に出てきた男はまさしく、僕だ。皆(男のことを社会から煙たがられるような存在だと認知している)は、男を見るなり嗤い侮辱する。けれど男の行動が正しくて(男はただただ雨から逃げているだけだった)雨が降ってきたら皆は一斉に帰りだす。この詩は出る杭は打たれる、ということをもっとも平易的に風刺している詩なのだ。
自分も、詩の男のように予知する力があれば、事故になんて遭わなかったのに。
すると電話が掛かってきた。相手を見ると雨からだった。
「はい、もしもし」
「あっ、都君。起きてましたか」
時計を見ると午後七時を指している。
「僕は早寝しないよ」
「そうですよね。さすがに早すぎましたね」
「ああ。そうだよ」
「……ねえ、都君。好きな人っていますか?」
「どうした突然だな」
「ラブストーリは突然ですよ」
「なんかそんなドラマ、昔あったな」
「そんなのどうでもいいです」
苦笑してしまう。「君が言い出したことだろう」
「それより、どうなんですか?」
「好きな人……か」
どうしてか雨の顔がフラッシュバックした。それに戸惑いつつも僕は、
「とんかつ作りの下手な、どっかの誰かさんだな」
「……そうですか」
ほんの少しだけ彼女の口調が弾んだように思えた。
「私、都君のことずっと支えるつもりでいますので。覚悟しておいてください」
「全く、仰々しいよ」
「えっ、ひどい」
「冗談だよ」僕も言葉が自然と弾んでしまう。彼女とする会話が楽しいんだ。
「明日は休日なので、またお家に伺います」
「ああ、待ってる」
「では」
「おう」
通話が切れる。僕はじっとスマホの画面を凝視していた。もう泣きそうだった自分はいない。ベッドに寝転がって天井を再び、今度は自然に見上げる。
もう蠅はいなかった。
都に雨は降り続ける。晴れたら彼女はいなくなった。 柊准(ひいらぎ じゅん) @ootaki0615
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