第4話

 そこには、ぼくがお母さんに首飾りをあげる前に見た傷があるだけだった。


 でもお母さんが真剣な顔でまだ見てるから、ぼくももっとよく見た。


 そうすると、その傷から、ちょっと透けてる白っぽいうろこみたいなのが、ちょこっと見えた。


「何か生えてる!」 

 ぼくはびっくりして言った。


「これ、鱗か?」

 キュッキュルさんもびっくりしたみたいに言った。


「ええ・・・たぶんそう」

 お母さんはそう言うと、ぼくの顔を見て、今まで見たことないくらいうれしそうに、にっこりした。

「お母さん、真珠より先にお父さん見つけちゃった!」


 ぼくは意味が分からなくて、キュッキュルさんを見た。

 キュッキュルさんも分からないみたいで、ぼくの方を見てむなびれを左右にふった。念のため周りを見ても、やっぱり誰もいなかった。


「お母さん、どこにお父さんいるの?」


「ヒント! 熱帯人魚は――」


「あー! そう言うことか! 真珠、それだよそれ! 鱗! 熱帯人魚の特徴、覚えてるか?」


「もう、邪魔しないでよ!」

 お母さんはそう言うと、にっこりしたままぼくの左手を挙げさせた。


「正解は――ここです! そう、この鱗!」

 そしてぼくの左手を自由にすると、今度はその甲を両手で包み込むようにして優しくなでた。


 ぼくもやっとこお母さんが何を言おうとしてるのか分かってきたけど、はっきりしたことを聞きたくてだまっていた。


「真珠。この鱗はね、お父さんがくれたものなの。お父さんの一部が真珠の中に入っている『しるし』なの。

 お母さんの手を見て。ほら、お母さんには生えてないでしょ? 

 でも、お父さんにはたくさん生えていたのよ……薄く透明な鱗が、光を柔らかく反射する姿は、それはそれは綺麗だったわ……」

 お母さんはそう言うと、両手を組んでうっとりした顔になった。


「ああそうだ。真珠、お父さんはいつまでもおまえの中にいるんだ! 

 ……ってことで、今回のお父さん探しは終了でいいな! 

 じゃあ他の奴らが騒ぎ出す前に、群に帰るぞ!」

 キュッキュルさんはそう慌てて言うと、まだうっとりしてるお母さんと、ぼんやりしているぼくを背びれにつかまらせ、すっごい速さで泳ぎ始めた。


 海の水は、紺色と言うより空色に近くなっていた。

 朝が近いみたいだ。


 ぼくは明るくなってきたところで、うろこをもっとよく見た。

 これが『お父さん』なのかと思って。

 

『お父さん』が近くにいれば、お母さん、首飾りを見てももう悲しくならないかな?

 

 そうだといいな。


 ぼくにはまだ、熱帯は遠すぎるみたいだから。


 でもいつか、もっとこの『お父さん』が増えたらいつか、本物のお父さんを連れて来て、家族三人でくらせたらいいな。


 そうなれば、お母さんもぼくも、もっとうれしいから!


【 おしまい 】



. ゜ °  。  。 O   O  ○


~後日談~


「おい白玉。真珠に言わないでいいんかい?」

 キュッキュルが言った。


「何を?」


「真珠の父さんのことさ。下手に隠すとまた熱帯まで行こうとするぞ」


「隠すって何を?」


「……父さんのいる『遠い所』って、天国なんだろ?」


「え! キュッキュル、もしかしてずっとそう思ってたの?」

 白玉が「や~だ~」とキュッキュルをバシバシ叩きながら言った。


「え……それで熱帯から故郷に戻って来たんじゃないんか?」


「やだ~。あの人、ふらふらふらふらどこか行ってばっかりだから、落ち着く気があるんなら私の故郷に来いって言って、こっちに戻って来ちゃたのよ」


(俺の気苦労って、一体……)


. ゜ °  。  。 O   O  ○

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

熱帯人魚 こばやし あき @KOBAYASHI_Aki_4183

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画