第3話

 『何か』はサメだった。


 サメはぼくが動けないのを知っているみたいに、やけにゆっくりと、口を開けて近付いて来た。


 動かなきゃと思ったけど、思った時にはもう遅くて、サメの鼻がもう目の前まで迫っていた。 


『お母さん!』そう思って目をぎゅっと閉じた。


 すると急に体が引っ張られ、すぐ後に、すごい勢いで物と物がぶつかるような音と水圧が来た。


 そろそろと目を開けると、そこにはサメとキュッキュルさんがいた。キュッキュルさんがサメに体当たりして助けてくれたみたいだ。


 手を引っ張られてそっちを見上げると、お母さんが手をつかんでいた。お母さんはぼくの顔をちょっと見て、何も言わずにぼくを岩まで引っ張り、サメが入って来れないせまいうろにぼくを押し込んだ。


「お母さんがいいって言うまでここから出ちゃ駄目よ!」

 そう言うとお母さんは一度だけぼくの頭をなで、とがった石を持ってキュッキュルさんの所向かって泳いで行った。ぼくはお母さんの背中にうなずいて、がまんしきれなくて泣き出してしまった。


 キュッキュルさんとサメはにらみ合ったまま、動かないでいた。


 だけど、お母さんがそこへ向かって行くのを見たサメは、急にキュッキュルさん向かって体当たりをしかけた。


 キュッキュルさんはぎりぎりの所でそれを交わすと、逆にサメの背中に体当たりを決めた。

 サメは突き飛ばされた所でしばらく止まっていたけど、急にキュッキュルさんに背中を向けて、逃げて行った。


 お母さんとキュッキュルさんはサメが戻ってこないのを確認すると、ぼくのいるうろに来た。


「真珠! こんな所まで来たら危ないでしょ!」

「一人でこんな所まで来ちゃ、危ないじゃないか!」

 二人は一緒にそう言うと、ぼくをうろから引っ張り出した。


 ぼくは『ごめんなさい』って言いたかったけど、しゃっくりがじゃまして、ちゃんと言えなかった。


「お母さん、本当に、本っ当に、心配したんだから!」

 お母さんは涙声でそう言うと、後ろからぼくの両脇に左手をくぐらせ、顔をのぞきこんで、右手でぼくのはなをぬぐった。


「お母さん、キュッキュルさん……ごめんなさい」

 ぼくはお母さんに抱えられた格好のまま、お母さんとキュッキュルさんを見上げて言った。


「まったく、もう無茶するなよ!」

 キュッキュルさんそう言うと、鼻先でぼくのほっぺたをつついた。


 そう言えばぼくは誰にも熱帯に行くって言ってなかったのに……ぼくは不思議に思ってお母さんとキュッキュルさんに聞いた。

「何でぼくがここにいるって分かったの?」


 お母さんとキュッキュルさんは同時に話そうとしたけど、キュッキュルさんは黙って、お母さんに『先に話していいよ』と言うようにかたっぽのむなびれを動かした。


「お母さん、夜中に目が覚めて、隣に真珠がいない事に気が付いたの。それで蟹岩とか真珠の行きそうな所を何度も探したんだけどいなくて、心配になって、真珠のお友達何人かを起こしてどこにいるか聞いたの。そしたらサワラちゃんがキュッキュルの所で昼間話ししてたって教えてくれて、キュッキュルに聞いてみることにしたの」

 そこまで言うと、お母さんはキュッキュルさんの方を向いた。


「そう、白玉が青い顔して、いきなり真珠がどこにいるのか聞いてくるから慌てたよ。俺、本当に叩き起こされたんだぜ!

 で、俺もどこに行ったか知らなかったけど、他にどこにもいないなら大体の目星はついた。

 俺んとこでプレゼントがどうのって話ししてったろ。で、その時真珠の父さんの話しが出たから、もしかして・・・と思って真珠の宝穴見たら、海図が無いじゃないか!

 で、真珠に話した通りに南に来て、やっと見つけたと思ったらいきなりサメに狙われているところだった。後は知っての通りさ」

 キュッキュルさんがそう話し終わると、ぼくのかみをとかしながらお母さんは静かに言った。


「真珠、どうして熱帯に行きたかったの?」


「……お父さんをお母さんの所に連れて行きたかったの……それに……ぼくも会ってみたかったの」


 お母さんはそう言うとぼくと向かい合わせになって、ぼくの顔をじっと見つめた。

「そうだったの……ごめんね、お父さん、本当はね……」


 そしてすっと指を伸ばすと、ぼくの目の下を親指でこすった。

「ここどうしたの?」


 ぼくはお父さんのことがとっても気になったけど、お母さんの質問にちゃんと応えた。

「ぼく、どうなってるか分からないけど、ひりひりする」


「あらっ! 真珠、傷だらけじゃない!」

 そう言ってお母さんはぼくを海面に連れて行き、体に目を近づけて全身を点検し始めた。

 ぼくの体は傷だらけになっていた。

 でも大体がお母さんにうろに入れられた時にできたすり傷で、大したことない。でもそう言っても、お母さんはぼくの傷探しを止めようとしなかった。


 体のほとんどを点検して最後に左手の甲を見た時、お母さんの頭が急にびくんとした。


「お母さん、どうかしたの?」


 でもお母さんは何も応えてくれず、まだ左手を見続けていた。


「ねえ、おかーさん!」

 そう言ってもまだ見続けていた。


 ぼくはどうしていいか分からなくなって、キュッキュルさんに目だけで助けを求めた。


「おい白玉。どうしたんだよ。真珠が困ってるぞ」


「ここ……ここ見て、ここっ!」


 ぼくとキュッキュルさんは、不思議に思いながらもぼくの左手を見た。


 

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