アイ監禁愛
とびらの@アニメ化決定!
第1話
もう、限界だった。
一体、何年目になるのだろうか。
物心ついたときから、私は真っ暗な部屋に閉じ込められていた。
何もない、闇の世界。手を伸ばせばいろいろなものに当たる。だけど私の世界には何もない。
「ここから出して」
そう、言ったことは数えきれない。だけど母は言う。
「駄目よ。外は危ないものがいっぱいで、マナちゃんはすぐに死んでしまうわ」
そして、母はいつもこう続けるのだ。
「……今日も、楽しい物語(おはなし)を聞かせてあげるから。……さあ、イイコね。ちゃんとお座りして聞いて……」
「ここから出して」
「……昨日はどこまで話したかしら? ああそうだ。――はらぺこ紳士は言いました。やあ、良い天気だねお嬢さん。公園のベンチでサンドイッチでもいっしょにいかが?――」
「ここから出して!」
手を伸ばすと、そこにはいつも母が居る。母は大体そうして私と手をつないでいた。
部屋の中を移動するにも、必ず私の手を引いている。私はそれを、酷く疎んでいた。
心の底から鬱陶しい。母が邪魔だった。だけど、仕方が無い。母がいないと生きていけないのだ。
この部屋は闇に包まれていて、母の導きがなければどこに何があるのか分からない。タンスも、洋服のボタンも、包丁も、お箸も、私には何も見えないのだから。
「何も心配しないで。マナちゃんのそばには、お母さんがいるんだから」
母は言う。いつもそう言う。
私は言う。いつもこう言う。
「ここから出して! わたし、公園に行ってみたい。外に出たいよぉ――」
母は答える。
「駄目よ」
「だったらせめて、明かりをつけて。カーテンを開けて! これじゃ何にも視えないじゃない!!」
私の言葉に、母は息を呑んだ。そしてすぐに、怖い声が怒鳴り返してくる。
「視なくていい! なんにも視えなくたって、この部屋にいればマナちゃんは一生幸せでしょう!?」
私は母の手を振り払い、出鱈目に手足をばたつかせた。この部屋は決して広くはない。体を動かせば何かに当たる。足がなにか堅いものに当たった。ガチャンと鋭い、割れる音。私は知っている。ご飯を食べるときはこのへんに座っているのだから、さっき蹴ったのがテーブルで、割れたのは食器。視えないけども知っている。母が読んでくれる物語に、いつも出てきたものたち。
一度も視たことがなくたって、それがどれだけ、危険な物か知っている!
「駄目、マナちゃん! 危ない!!」
私はそれを掴んだ。指先に激痛が走ったが、それこそが期待通りのもの。私は大きな笑い声を上げて、手にあるものを、母に向かって――
「マナちゃん、駄目! マ――あぁっ――!」
母の悲鳴。げぶっ、と奇妙な音がした。そこから生暖かい飛沫(しぶき)が吹き上がり、私の手と顔にバシャバシャかかった。
そして、母はゲボゲボと可笑しな音を立て、それきり静かになった。
――やった。
――ついにやった。やってやった。
「私は自由だ!!」
私は歓喜の声を上げ、闇に向かって駆け出した。たしかこの辺に――あった! これがドアノブというやつだ。母はときどき、これを「がちゃっ」といわせて、外に出るのだ。
私はそれを握って、「がちゃがちゃ」させてみた。やがて、「がちゃっ」という音。体重をかけて押してみると、空気が変わった。知ってる、これは扉というものだ。
扉を開いても、まだ闇だった。足下はひんやりしていた。進むと、突然おでこにガツンと痛みが走った。どうやら壁らしい。撫で回してみると、さっきとよく似た、でも違う形のドアノブがあった。「がちゃっ」で押して、外に出た。
まだ闇だった。でも、それは今が夜だからだろう。ここは外だって、私には分かった。
なぜなら空気が違っていたから。風があったから。色んな音が聞こえる。人間の声――初めて聞く、母以外のヒトの声。
「……ねえ、おばちゃん。だいじょうぶ?」
足下から声がした。まだ小さな子供だろう。私は首を傾げた。
「何が? 私は大丈夫よ」
「そう。じゃあ、良かった。おばちゃん、血まみれみたいにマッカッカだったから」
……マッカ……真っ赤? 赤。赤色。
不思議な子だな。こんな闇の中で、色が見えたというの?
色って、光が当たって初めて見えるものだよね。闇の中に色は無い。
こんな真夜中に一人でいるのもおかしい気がする。たしか母の読んでくれる物語では、子供は夜に出歩けないはず。
子供はまだ言う。
「でも、それってケガじゃないの?」
「……ああ、手ね。そうね、ちょっと痛いかな」
「手じゃなくて、目。……おばちゃん、めんたま無いのどうして?」
めんたま?
めんたまってなんだろう。そんなもの私は手に入れたことがない。それって何かと聞いてみると、子供の声は答えてくれた。
「ほら、ココにあるやつ。これが無いと何も見えないよ。それがあるから視えるんだよ」
そうだったのか。私は驚いて、同時に、その子供に感心した。めんたま――その魔法のアイテムを、どこでどうやって手に入れたかは知らないけど、だからこの子はこんな闇でも私のことが視えたのね。
私は言った。
「――ねえ、それちょっと、私に貸して」
子供が頷いたのか、首を振ったのかは分からない。私には視えないから。
まあ、あとでしっかりお礼を言えばいいだろう。
私は子供に向かって手を伸ばした。
アイ監禁愛 とびらの@アニメ化決定! @tobira
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