40.「ランのモノローグ(3)(エピローグ(5))(最終話)」

 〝飛行眼鏡〟。

 そう聞いて、ランは、思わず目を見開いたんだ。


「どうする?」


 欲しい。

 今すぐ欲しい。


 自然と、翼が動き、眼鏡を受け取っていた。


「………………」


 これがあれば、空を飛べる。

 空を飛べるんだ。


 ずっと、喉から手が出る程欲しかったもの。


 眼鏡を持つ翼が震える。

 ゆっくりと、自分の顔に近付けていく。


 でも、これを掛けたら、飛べるようになるんだと思うと……

 震えが大きくなって……翼が、そして眼鏡がブレて……


「……パパ、かけて」

「分かった」


 眼鏡を受け取ったパパが、正面に立って、屈んだ。


 手に持った眼鏡を、近付けて来て――


 ――そーっと、そーっと――


 ――ゆっくりと、近付けて――


 ――パパが、ランに、眼鏡を掛ける――


 ――寸前に――


「やっぱりダメ!」


 ――気付くと、ランは、顔を背けていたんだ。


 パパは、何も言わずに、じっと待ってる。


 ランは、何で止めたか、その理由を話した。


「えっとね……一度眼鏡の力に頼っちゃったら、多分、もう二度と自力では飛べない気がするから」


 パパは、「そうか……」と言うと、


「頑張れ。応援してる。お前なら飛べるって、心から信じている」


 と、静かに言葉を継ぎ、部屋から出ていった。


※―※―※


 次の日。

 森の広場に行くと――


「三千五百八十八ガ! 三千五百八十九ガ! ……おお、来たガ!」


 リムガさんは、一人で筋トレをしていた。

 ランに気付いた彼女は、筋トレを中断して立ち上がる。

 

 きっと、ランが来ない間も、一人で続けていたんだろう。

 

「サボってごめんなさい! ずっと待っていてくれたのに……」


 頭を下げて謝る。

 すると、リムガさんは、再び地面に親指をつけながら、


「別にリムガは、筋トレがしたかったから、していただけガ!」


 と言うと、更に言葉を継いだ。


「でも、もしも悪いと思っているなら、行動で示すガ!」

「はい!」


 その日から、改めてランは、筋トレを再開したんだ。


※―※―※


 筋トレを続けて、二ヶ月が経ち。

 三ヶ月、四ヶ月経って。


 それでも――


「くっ!」


 ――飛ぶことは出来ず――


 でも――


「まだまだ!」


 ――ランは、諦めなかった。


 もう、止めるという選択肢は無かった。


※―※―※


 そして、六ヶ月が経過した、ある日――


「やあああああああああああああああああああ!」


 ――必死に翼を羽ばたかせると――


「あっ」


 ――ふわりと身体が、浮き上がり――


「と、飛べた! 飛べた!! 飛べたあああああああああああああああ!!!」


 ――ランは、生まれて初めて、空を飛ぶことが出来たんだ。


※―※―※


 ランが飛ぶ所を見たリムガさんは、満面の笑みを浮かべて、親指を立てた。


「ラン! やったガ!」

「はい! 本当にありがとうございました!」


 頭を下げると、リムガさんは、


「これからもずっとここで筋トレをしていたかったガ! でも、そろそろ、自分の〝仕事〟に集中するガ!」

「え? 〝仕事〟って――」


 と言った。


 すると、そこに、


「御忙しい中、本当にありがとうございました!」

「ママ!」


 ママが舞い降りて来て、深々と頭を下げた。


「良いって事ガ! リムガも楽しかったガ!」


 笑みを浮かべるリムガさんに、ママは、


「主人も、くれぐれも宜しく伝えて欲しいと、言っていました。また、改めてお礼を伝えに伺う、とも」

「律儀な奴だガ! 楽しみにしてるガ!」


 リムガさんは、「さらばだガ!」と、ワイバーンの背に乗り、飛び去っていた。


※―※―※


 帰り道。


 ママと一緒に空を飛びながら、


「やった! 夢が叶った!」

 

 と、はしゃいでいると、ママは、


「良かったわね」


 と、目を細めた。


 家の前に舞い降りた後。

 

 ランが、


「ママがリムガさんに、一緒に筋トレするように頼んでくれたんだよね! ありがとう!」


 と礼を言うと、ママは首を横に振った。


「リムガさんに頼んだのは、パパよ」

「え!?」


 驚くランに、ママは更に続けて言った。


「ランなら絶対に飛べるようになるって。パパは、ずっと信じてたから。何か、力になりたかったんだって」


※―※―※


 夕食を食べた後。


 ランは、自分の部屋にパパを呼んだんだ。


 ベッドに腰掛けながら、隣のパパに、ランは言った。


「パパ」

「うん」

「えっとね……そのね……」


 伝えなきゃいけない事がたくさんある。

 あるのに、なかなか上手く言葉に出来ない。


「その……ひどい事言って、ごめんなさい……」


 頭を下げると――


「空、飛べて良かったな。おめでとう!」

「!」


 そう言って、パパは優しく頭を撫でてくれた。


「うん……ありがとう……」


 ぎゅっと抱き着くと、パパは翼の上から、優しく、優しく抱き締め返してくれた。


※―※―※


 ランのパパは、眼鏡バカだけど、すっごくランの事を大切に思ってくれてて。

 ランのママは、怒ると怖いけど、普段はとっても優しくて。

 

 ランは、二人が大好き!


 あ。

 あと、ふと気になって、パパに聞いたんだ。


「パパも〝飛行眼鏡〟があれば、空を飛べるんだよね?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ、何でいつも、ママに運んでもらうの? 今までずっとそうして来たんだよね?」


 そしたら、パパは――


「俺が自分一人で飛べるってなったら、ママに運んでもらうことがなくなっちゃうだろ? 俺は出来るだけママと一緒にいたいと思ってたし、触れ合いたいと思ってた。そして、これからもそう思ってるから」


 ――って、答えたんだ。


「もちろん今は、お前との時間も大切にしたいって思ってるからな、ラン」


 パパは、


「恥ずかしいから、ママには内緒だぞ」


 って、言ってた。


 けど――


「だって、ママ!」


 ――バラしちゃった!


「飛べるなら飛べるって、最初から言いなさいよね!」


 ――ほっぺたを赤くしながら、ママは怒ってたけど。


 でも、本当に怒ってる訳じゃないのは、分かる。

 だって、ママはパパが大好きだから!


 あ、あと、もう一つ。

 ランは、目が良いし、自力で飛べるようになった。

 

 だから、眼鏡を掛ける必要は無いんだけど。


「これ、ダテメガネっていうんだ。度は入っていない。でな、お願いがあるんだが……」


 パパが、ランに掛けて欲しいって、何度もお願いして来るんだ。


 ランが掛けてるところが、見たいんだって。


 まぁ、たまには掛けてあげても良いかなって、思ってる。

 

 もう、しょうがないなぁ、パパは。

 本当、眼鏡バカなんだから。





―完―


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モンスター専門のメガネ屋さん~チート眼鏡でお悩み解決しながら異世界スローライフ~ お餅ミトコンドリア @monukesokonukeyuyake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画