39.「ランのモノローグ(2)(エピローグ(4))」

 真っ赤なドレスを着て、綺麗な髪飾りをつけた、ムキムキ女オーガは、ランに気付くと、立ち上がったんだ。


「お前もやるガ!」

「え? ランも? えっと、ランはやらな――」

「まずは地面に手をつくガ!」

「え、あの、ランはやらないし、手もないから出来な――」

「手が無ければ、翼でやれば良いガ! うちのワイバーンも、いつもそうやってるガ!」


 主人が話題にしてくれた事が嬉しかったのか、広場の隅にいたワイバーンが、筋トレをやりつつ、「ガアアアアアアアアアアアア!」と、鳴き声を上げる。


「じゃあ、一緒にやるガ!」

「だから、ランはやるとは一言も言ってな――」

「一ガ! 二ガ! ほら、お前も声出すガ! ちゃんと腕立て伏せやるガ!」

「話を聞いて下さい! やらないって言って――」

「つべこべ言わずに、身体を動かすガ! 声出すガ! 一ガ! 二ガ!」

「ああ、もう! ……一……二……」


 勢いに呑まれ、押し切られる形で、ランは腕立て伏せ(手はなく、代わりに翼を地面につけていたけど)をやらされる事になったんだ。


※―※―※


「……ひゃ、百……! ぷはぁっ! もう、無理です……!」

「よし、よく頑張ったガ!」


 うんうんと頷くムキムキ女性。


 地面に寝っ転がるランに、女性は、ふと訊ねた。


「で、お前はここに何しに来たガ?」

「聞くの遅いですよ!」


 首を傾げる彼女に、上体を起こしたランは、勢い良く突っ込んだ。


 でも、女性は、全く気にした様子を見せない。


「で、何しに来たガ?」


 再び聞く女性。

 気のせいか、さっきよりも少しだけ優しく聞かれている気がする。


「えっと、まぁ、その……いつもの癖で、来ちゃっただけです。今日は、別に来るつもりなかったのに」

「じゃあ、いつもは何しに来てるガ?」

「う。……それは……」


 少し躊躇った後、ランは、正直に答えることにした。


「飛ぶ練習をするためです」

「飛ぶ練習ガ? 詳しく話を聞かせるガ!」


 どうしよう……

 いつも、ママに、知らないモンスターと話しちゃダメよとか、ついてっちゃダメよとか言われてるけど……


 もう話しちゃったし、筋トレまで一緒にしちゃったから、もう少し話をしても、大丈夫かな……


 それに、このモンスター、どこかで見た気がするし……

 もしかしたら、知ってる……のかも……?


「分かりました」


 そう言って、何があったかを話す事にしたんだ。


※―※―※


 お互い自己紹介をした後、ランは、リムガさんに話した。


 っていうか、リムガ……その名前も、どこかで聞いた事があるような……

 まぁ良いや。


 全て話した後。


「お前は、飛べるようになりたいガ?」


 そう質問されて、気付いたら、


「勿論です!」


 と、答えていた。


「そうか! じゃあ、筋トレするガ!」

「何でそうなるんですか!?」


 よっぽど筋トレが好きなんだろう。

 うちのパパは眼鏡バカだけど、このモンスターは筋トレバカだ。


「何でガ? だって、どれだけ練習しても飛べないんだガ? だったら、やり方を工夫する必要があるガ!」

「! やり方を工夫……」


 確かにそれは、大事な事だと思った。

 〝目から鱗が……鱗が……何とか〟ってやつだ。


 リムガさんって、もしかして、すごいモンスターなのかも?


 そんな風に思っていると、リムガさんは、更に付け加えて言った。


「やり方を工夫、つまり、筋トレだガ! 世の中、筋肉が全てだガ! 筋肉があれば、全ての問題が解決! 全ての悩みが消えるガ!」

「うーん、脳筋!」


 訂正。

 ただの筋肉狂いだった。

 

 でも……

 確かに、すごくムキムキになれたら、飛べるのかも!


「だから、ここで毎日、リムガと筋トレするガ!」


 弾けるような笑顔でそう告げるリムガさんに――


「……分かりました! よろしくお願いします!」


 ――わらにも縋る気持ちで、頭を下げた。


※―※―※


「二百十一ガ! 二百十二ガ!」

「二百十一! 二百十二!」


 その日から、毎日リムガさんと一緒に筋トレする日々が始まった。


 腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワット、などなど。


 ひたすらに筋トレして。

 限界まで筋トレして。


「っぷはぁ! はぁ! はぁ!」

「よく頑張ったガ! 今日はこれで終わりガ!」

「はぁ、はぁ……ありがとうございました!」


 地面に倒れて。

 立ち上がって。

 御辞儀して、礼を言って。


※―※―※


 一週間。

 二週間。


「あ! 硬くなってる!」


 少しずつ筋肉がついて来たのが分かって、嬉しかった。


「少し筋肉が大きくなった!」


 ちょっとした変化が、嬉しかった。


 でも――


「やあああああああ! ……ダメかぁ……」


 ――飛ぶことは出来なかった。


※―※―※


 その後。

 三週間が経ち。


 それでも、まだ飛べなかった。


 筋トレを毎日してるのに。

 どんどん、回数も種類も多くなって、辛く厳しくなっているのに。

 毎日、筋肉痛で苦しいのに。


※―※―※


 そして。

 一ヶ月が経った、その日――


「あら、今日はお出掛けしないの?」

「……いい……」


 初めて、筋トレをサボった。


 だって、こんなに苦しいのに、結果が出ないから。


 もう、良いや。

 別に飛べなくても良いって、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも言ってたし。


 別に、飛べなくても――

 飛べなく……ても……


※―※―※


 筋トレを止めてから一週間が経った、ある日。


 自分の部屋で、ベッドに寝っ転がって、ボーッとしていたら。


「あ、はーい!」

 

 ドアをノックする音が聞こえて、返事をした。


「入っても良いか?」

「!」


 パパの声だった。


「……良いよ……」


 少しして、パパが遠慮がちに入って来た。


 枕を抱き締めながら、ランがベッドに腰掛けると、パパも、


「ここ、良いか?」

「……うん……」


 と、横に座った。


「………………」

「………………」


 しばらく、二人とも無言だった。


 パパに悪口を言ったあの日以来、まともに話していなかった。

 何を話せば良いか分からなかったし、どういう態度を取れば良いのかも分からなかった。


 すると、パパが「えっと」と、口を開いた。


「これ」

「え?」


 パパが差し出した手を見ると、一瞬で眼鏡が出現した。


 パパの能力だ。

 パパは異世界転生者らしくて、世界で唯一、どんな眼鏡でも創れる力を持ってる。


 戸惑っていると、パパが説明した。


「これは、〝飛行眼鏡〟だ。ラン。もしお前が欲しいなら、これをやる。これを装着すれば、お前は、自由に空を飛ぶことが出来る」

「!」

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