38.「ランのモノローグ(1)(エピローグ(3))」

「ママといっしょに、ランも、はやくそらをとびたい!」

「くすっ。大丈夫よ。きっとすぐに飛べるようになるから」

「ほんと!? たのしみ!」

「うふふ。あたしも楽しみにしているわ」


 声を弾ませ、翼をバサバサとはためかせ、家中を走り回って、飛ぶ振りをしたあの日。


 ランは、信じてたんだ。

 すぐに飛べるようになるって。


 でも……

 八歳の誕生日を迎えても、ランはまだ飛べなかった。 


「なんで? なんで飛べないの!? 同い年の友達は、みんな飛べるのに!」


 お祖父ちゃんお祖母ちゃんに会うために、時々ハーピーの集落に行くたびに、ランと年齢が同じ子たちが楽しそうに空を飛んでいるのを見掛ける。


 その度に、羨ましそうにあの子たちを見上げたランは、自分の翼と彼女たちの翼を見比べる。

 そう。明らかに他の子たちよりも〝小さい〟自分の翼を。


 ランのパパは、人間だ。

 ママが言うには、きっと人間とのハーフだから、ランの翼は小さいんだろうって。


 ハーフだから、他のハーピーに比べると、翼の部分で物を持つのは上手かった。

 でも、そんな力よりも、ちゃんと飛べる力が欲しかったなぁ。


 以前は、パパもママも大好きだったけど……

 翼が小さい理由を聞いてから、ランは、パパの事が嫌いになった。


「なんでまだ飛べないの!? 早く飛べるようになりたいのに!」


 頬を膨らませながら、ランがプンプンと怒ると、ママが困った顔で優しく語り掛けてくる。


「焦らなくても大丈夫よ、ラン。ちゃんと、その内飛べるようになるから」


 そこに、パパも加わった。


「そうだ。きっと、まだその時じゃないってだけだ。だから大丈夫だ」

「パパが――」

「ん? 俺が?」

「……なんでもない」


 良くない事を言いそうになって、慌てて誤魔化した。


 さっき、何を言いそうになったんだっけ?

 そうだ。こう言いそうになったんだ。


 〝パパが人間だからじゃん〟〝そのせいじゃん〟って。


※―※―※


 それから、何度も飛ぶ練習をした。

 家の近くにある、森の中の広場で。


 でも――


「もう! なんで!? なんでなの!?」


 ――どれだけ頑張っても、小さな翼じゃ、舞い上がる事が出来なかった。


※―※―※


 この頃になると、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、


「別に飛べなくても、俺たちの大事な孫である事には変わりないからな。無理しなくて良いんだぞ?」

「そうよ~。飛べようが飛べまいが~、ランはランだもの~。私たちの大切な~、可愛い可愛い孫よ~」


 と言うようになっていた。


 それを、ランは複雑な気持ちで聞いていたんだ。


 どれだけなだめられても、飛びたいって気持ちは、止められなかった。


 ランの気持ちが痛いほど分かるって言って、ママは、一生懸命慰めようとしてくれる。


「大丈夫よ。大丈夫だからね。ちゃんと飛べるようになるから、ね?」

「……うん……」


 そして、パパも、同じように励ましてくれたんだけど……


「きっと大丈夫だ。ランが頑張ってるのを、俺たちは知ってる。きっと、その努力は報われる」


 それを聞いた瞬間――


 ランは、今まで我慢して来たイライラを、パパにぶつけちゃった。


「パパには、ランの気持ちは分かんないもん! だって、パパは人間だから! 翼が無いから!」

「!」

「パパが人間だから、ランの翼は小さいんだ! ランが飛べないのは、パパのせいだ!」

「!!」


 「コラ! ラン! 言い過ぎよ!」と、ママが怒ったけど、一度言ってしまったら、もう止められなかった。


「パパなんて大キライ!」

「!!!」


 プイッとそっぽ向いて、ランは走って、自分の部屋に逃げた。


「ふんだ! 思ってたことを、やっと言えてすっきり!」


 そう言いながら、ベッドに倒れ込む。


 確かに、すっきりした気持ちはあった。


 けど……


「……あれ……? ……なんで……? ……すっきりしたはずなのに……」


 何か、胸がモヤモヤしていた。


※―※―※


 翌朝。

 ランは、パパとママに挨拶もせず、無言で朝食を食べて、何も言わずに家を出た。


 おはようの挨拶をしないのも、頂きますとご馳走さまを言わないのも、行ってきますを言わないのも、全部、悪いことだ。


 分かってる。ランは、悪い子になっちゃったんだ。


 でも、自分では、どうしようもなかった。


 だって、こんなに飛びたいのに、飛べないんだから。

 翼が小さいのは、ランのせいじゃないんだから。


 何も考えずにフラフラと歩いていたら、森の中の広場に辿り着いた。

 いつもの癖で、無意識に練習場所に来てしまったのだ。


「あれ? 誰かいる……?」


 いつもは、ラン以外には誰もいないのに。


 広場の中心に近付いて行くと――


「二千九百九十九ガ! 三千ガ!」


 筋トレをしている、ムキムキのオーガの女性がいた。

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