37.「レンのモノローグ(後)(エピローグ(2))」

 子どもが出来ずに焦っていた事。

 それが、もしかしたら、あたしのせいかもしれない事。


 このままずっと子どもが出来ないままだったらどうしようと、不安で堪らなくなっていた事。


 包み隠さず、全部話し終わったあたしは、


「今まで隠しててごめん」


 と、謝った。


 恐る恐る、テーブルの向かいに座るラルドを見ると――


「なんだ、そんな事か」

「!?」


 拍子抜けしたとばかりに、脱力していた。


 そんな反応が返って来るとは夢にも思わず、あたしは思わず立ち上がり翼を広げる。


「なんだって何よ! あたしがどれだけ悩んだと思ってるのよ!」


 あたしの叫び声にも、ラルドは動じない。


「いや、だってさ――」


 その代わり――



 ――そう告げた。


 熱くなっていた頭から、身体から、一気に熱が引いた。

 暗く冷たく重い何かが、あたしの心を蝕む。


「そんな……やっぱり、ハーピーと人間じゃ、子どもは出来ないのね……」


 あたしは、力なく椅子に腰を下ろし、項垂れた。


 目から溢れ出した雫が、テーブルに一つ、二つと落ちる。


 それを見たラルドが、


「違う違う!」


 ――と、慌てて否定する。


「俺が言いたいのは、そういう事じゃない!」


 彼が何を言いたいのか、良く分からず。

 顔を上げたあたしが、濡れた瞳を向けると、ラルドは――


「『〝エッチ〟してないのに、子どもなんて出来る訳ないじゃん』って言いたかったんだ、俺は!」

「………………え?」


 ――と、言った。


※―※―※


「で、でも! 毎晩一緒に同じベッドで寝てるのに?」

「それじゃあ子どもは出来ない」

「キ……キスも、な、何回もしてるのに?」

「それでも出来ない」

「あ……あんなに激しいキスまでしてるのに?」

「どれだけ激しかろうが、キスはキスだ。〝エッチ〟じゃない」

「な、何回も……は、裸で抱き合ってるのに?」

「惜しいけど、でもそれだけじゃあ、まだ〝エッチ〟した事にはならない」


 これまで積み重ねて来た〝夜〟を思い返しながら聞いてみたが、全て違った。


「じゃあ、〝エッチ〟って、どういう事を指すのよ!?」


 混乱したあたしの問いに、ラルドは、「〝エッチ〟って言うのは……」と、説明した。


 それを聞いたあたしの頬が、これ以上ない程に熱く火照る。


「そ、そんな事するの!?」

「そうだ」


 事も無げに頷くラルドに、あたしは呆然とした。


 世間の夫婦は、みんな、そんな事してるんだ……


「で、でも、ハーピーと人間の場合は、やり方が違うかもしれないわ! 身体も違うし!」

「いや、〝子作り眼鏡〟で調べた。確かに身体の構造はちょっと異なるが、基本的に方法は同じだ」

「で、でもでも! その〝エッチ〟をしても、やっぱり異種族の事だし、なかなか子どもが出来ないかもしれないわ!」

「大丈夫だ。〝子作り眼鏡〟をした状態で行えば、一回の行為で確実に子どもが出来る」

「!」


 冷静に、淡々と答えるラルドに、あたしは何だかムカムカして来た。


「何よ! 自分だけ『全部知ってました』みたいな顔して!」


 再び立ち上がったあたしは、翼を荒々しくはためかせ、感情を爆発させる。


「全然子どもが出来ないって、すっごく悩んだのよ! どうしてもっと早く子作りの方法を教えてくれなかったのよ!」


 すると、彼は静かに答えた。


「お前が幸せそうだったし、俺も幸せだったから」

「!」


 穏やかに、微笑を浮かべるラルド。


「確かに、子どもがいたら素敵だなとは思う。でも、俺がお前と結婚したのは、子どもを作るためじゃない。お前が好きだから、俺はお前と結婚したんだ」

「!」


 その言葉は、あたしの心の奥底まで、優しく響いた。


「その結果として子どもが出来たら、そりゃ言う事はないけどな」


 ラルドの真っ直ぐな、けれど温もりを感じさせる瞳を――


「もう! 何恥ずかしい事言ってんのよ! バカ!」


 ――あたしは直視出来ず、顔を背けた。


※―※―※


 その後。

 〝子どもが出来るような行為〟をした、丁度一ヶ月後。


「う、産まれたぞ! よく頑張ったな!」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ――ラルドに手を握られつつ、あたしは卵を産んだ。

 

 それからというもの。

 起きている間も寝ている間も、ずっと卵を抱き締めて、温め続けた。

 

 そして、一ヶ月後。


「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」

「わぁ! 赤ちゃん! あたしたちの赤ちゃん! 可愛い……!」

 

 ――卵が孵化して、あたしたちの子どもが生まれて来た。


 あたしたちの赤ちゃん――娘には、〝ラン〟と名付けた。


 あたしたちの名前から一文字ずつ取った、正に愛の結晶だ。


 ちなみに、卵が孵化した直後――


「生まれて来てくれてありがとう。これがランの眼鏡だ」

「だから〝早い〟って言ってんのよ!」


 ――誕生早々、娘に眼鏡を掛けようとするラルドに、あたしは突っ込んだのだった。

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