36.「レンのモノローグ(前)(エピローグ(1))」
まだ幼かった頃に、両親に王都で買ったもらった本。
そこに載っていた王子様が、あたしの憧れのモンスターだった。
いつかきっと、そんな素敵な男性と出会える。
そう信じていたけど。
あたしが出会ったのは、異世界から来たヘンテコな眼鏡男だった。
眼鏡に対する情熱と愛情が異常な、変な人間。
ラルドは、全然あたしのタイプじゃなかった。
でも……いつからかな。
いつの間にか、好きになってた。
そして……あたしたちは、結婚した。
幸せだった。
こんな幸せがこの世にあるんだって思うくらい。
とっても幸せだった。
好きな男性と一緒に暮らす事。
それが、これ程までに心を満たし、日々の生活を彩り、何気無い瞬間を宝物にしてくれるだなんて。
あたしは、知らなかった。
勿論、それまでの一年間も、一緒に暮らしてた。
けど、それは、ただ同じ屋根の下で生活していただけ。
楽しかったけど……やっぱり、もどかしくて、苦しい事も多かった。
好きなのはあたしだけで、ずっと一方通行だったから。
それが、お互い同じ気持ちなんだって分かって。
結婚して。
同じ事をしていても、以前とは全然違って見えるし、感じられる。
何だか、不思議で。
魔法みたい。
って思った。
嬉しくて、温かくて。
気付いたら、ニマニマと笑みが零れてしまうのだ。
そんなあたしは、ただ一緒に過ごす事以外にも、大きな楽しみがあった。
それは――
「まだかな~♪」
――あたしとラルドの子どもだ。
あたしたちの赤ちゃんに、早く会いたいな~って。
本当に楽しみにしていた。
でも……
「まだかな~」
なかなか、子どもは出来なかった。
二人が愛を育んでから一ヶ月すると、愛の結晶である卵が生まれる。
そして、それを一ヶ月温めると、孵化して、赤ちゃんが生まれて来るのだ。
「まだ……かな……」
結婚してから、一ヶ月が経ち。
二ヶ月。三ヶ月。四ヶ月。
六ヶ月経過しても、子どもは出来なくて――
「………………」
――とうとう、一年経ってしまった。
勿論、夫婦によって、子どもが出来るタイミングは違う。
すごく早い場合もあれば、ちょっと遅い事もある。
だけど、六ヶ月以上掛かるなんて……
そんな夫婦は、ハーピーの集落にはいなかった。
「あたしがハーピーで、ラルドが人間だから……?」
異種族だと、子どもが生まれにくい、という事があるのだろうか?
もしくは――
「あたしの……せい……?」
もしかしたら、あたしの身体は、子どもが出来にくいのかもしれない。
あたしが問題を抱えているのかもしれない。
だとしたら……あたしのせいで、ラルドは子どもを抱く事が出来ない事になる。
勿論、まだ決まった訳じゃない。
でも、もし本当に、あたしのせいだとしたら……?
「………………」
ずっと不安だったけど、ラルドには言い出せなかった。
だって、結婚してからのラルドは、とっても楽しそうで、幸せそうだったから。
あの眼鏡バカが、眼鏡を触ったり眼鏡について語っている時以外に、あんなにも楽しそうで幸せそうな事なんて、無かったから。
あたしと結婚出来たからだって。
そう言ってくれたから。
そんな、毎日幸せそうなラルドに対して、不安な気持ちは吐き出せなかった。
きっと彼は、子どもが出来るって信じてるし、ずっと前向きに待ってくれているから。
この一年。
あたしはどんどん不安になってしまったけど、その気持ちに拍車を掛けたのは、両親だった。
分かってる。悪気は無いんだって。
でも――
「いやぁ、楽しみだな」
「ええ、本当ね。早く孫の顔が見たいわ」
帰省する度に、そんな風に言われて。
あたしは、益々焦った。
どうしよう……
もしも、あたしのせいで、このまま一生子どもが出来なかったら……
どんどん焦って。
どんどん不安になって。
どんどん情緒不安定になっていって。
永遠に子どもが出来ないままだったら、どうしよう……
どうしようどうしよう……
どうしようどうしようどうしよう……
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうし――
「レン!!!」
「!」
――そこで、あたしは我に返った。
「大丈夫か?」
心配そうにあたしの肩を抱き、顔を覗き込むラルド。
見ると、床があたしの羽根だらけになっている。
どうやら、掃除中に〝最悪の未来〟を想像し、それに囚われて、正気を失っていたらしい。
そして、無意識に自分の羽根を歯で噛み、翼から引っこ抜く、という事を繰り返していたようだ。
「大丈夫か?」
再びラルドが問い掛ける。
「えっと……その……」
ボーッとする頭を、必死に働かせたあたしは――
「……何でもないわ。大丈夫だから……」
無理矢理笑みを作って、そう答えた。
――が。
「大丈夫な訳ないだろうが!」
「!」
ラルドが声を荒らげた。
あたしは驚きのあまり、言葉を失う。
ラルドが怒った所なんて、初めて見た。
「……なぁ、本当にどうしたんだ? 何があったんだ?」
今度は、静かにそう問い掛ける。
ラルドの顔を見ると――
あ……
――不安な気持ちが滲み出ていた。
大きな、大きな不安が。
どこか、泣きそうな表情にも見える。
ラルドまで不安にさせちゃった……
………………
もう、こうなったら――
「実はね……」
あたしは、正直に全て話す事にした。
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