第5話 聖人認定布教活動に清き一票を!

「――ふふふ。なるほど、アンタこそ悪魔だったのね?」


 私の悲願である聖人認定を二度もおじゃんにしたこの男――ドゥマン・ヴァザールこそ、司祭という皮を被った悪魔だったのだ。


「ずっとおかしいと思っていたのよ。アンタは司教でさえ薄着でいるこのシドニア公国で、クソ暑い中、ぶっ倒れるまで法礼服を着込んだままでいるし、ここに異動してきてからというもの、宗教画の傍から離れようとしない。それから私の『奇跡』の願いを横取りした挙げ句、妻にしたいだなんて。そりゃ悪魔なら、聖人になりたいという私を邪魔して当然よね。……何が目的なの?」


「俺の、目的……?」


 ドゥマン・ヴァザールが表情を隠し、「……ふふ、ふはははは!」と肩で笑い始めた。


「ヴァザール?」


「いやぁ〜、まさかこうも簡単に見破られるとは。脳筋バーサーカーだと思っていたのに、まさか聡い部分もあったとはな……」


 ドゥマン・ヴァザールが右手で顔を覆い、人差し指と中指の間から、私を嘲笑う瞳を向けた。


 あら? このポーズ、どこかで見たような……。


「ご明察――。さすがはリリア・フラーシル。かつて私が愛した女性なだけはあるな。だが、お前が聖人を目指すように、私には私の目的があるのだよ。そう、お前を処刑したフラミンゴス教会に復讐するという野望がな……!」


 右手で顔を覆い、左手を天高く突き出す、そのクソダサいポーズ――。貴方はまさか……!


「レイジー=ジャン・ヴィンセント公爵うううう!!?」


「ふふ。百年ぶりの再会だな、リリア。こうして悪魔となって地上に戻ってきた甲斐があったぞ。さあ、一緒にこの世界を地獄の業火で焼き尽くしてやろう!」


「な、なななぜ貴方がっ!? でも、今はそんなことを話している場合ではないわ。だって――」


 視線を向けた先に、冷静にドゥマン・ヴァザールの体に聖水をかけるアレッセイの姿がある。


「あやややや!? あ、あつううう!!?」


 ジュ〜と白い煙を上げてただれる肉体が、すぐに元の綺麗な肌へと戻る。


「ふむ。なるほど。流石は『五大教典』の一つ、『ミズノ書』を著したヴィンセント卿なだけありますな」


「おいいい! この体は借り物なのだぞ! 私の魔力が高いからこうして事なきを得ているが、ドゥマンの体に傷でも残ったらどうしてくれるのだ!」


「おや、これは驚いた。悪魔風情が依り代の体を気遣うとは。こうして悪魔堕ちさえしなければ、貴方は立派な聖人となれたであろうに」


「え? ヴィンセント公爵が聖人に?」


「うるさい! 私はそのようなものに興味はないのだ! ――リリア!」


 ドゥマン・ヴァザールの手が私に伸ばされた。その顔はドゥマンだけど、中身はかつて私が身を焦がすほど愛したヴィンセント公爵。


「私と同じ悪魔になれ、リリア! 聖人になるよりも遥かに偉大で尊大な功績を残せるぞ!」


 その言葉に、私の心が踊りかける。彼の手を取ろうとした私の耳に、一つの囁く声が聞こえた。


「……なぜ教会が君を火刑に処したのか。その理由が分かれば、君は君が望む聖人になれる。これは、フラミンゴス教会が所持する『トゥクマ最終予言』にも記されていることだ」


「最終、予言……」


「ああ。こうなることは、我々は分かっていた。だからこそ、あの『教典をむ少女の祈り』は、ここに飾られていたのだよ」


 私はアレッセイの言葉を飲み込むと、しっかりとヴィンセント公爵の目を見つめて、言った。


「アンタと同じ悪魔になるなんてごめんよ! 私はね、この百年間ずっと聖人になることだけを夢見てきたの! ようやくその願いを叶えるための一歩を踏んだんだから、アンタは邪魔しないでちょうだい!」


「なっ!? くそう、さすがはリリア。百年前、私がどれだけベッドに誘おうとも、『純潔これ大事!』と断っていただけのことはあるな。……分かった。ならば、今一度生を与えられたお前が聖人になれるか、私も見届けようではないか!」


 パチン――。指を鳴らす音で、ビクンとドゥマン・ヴァザールの肩が跳ねた。


 すうっと瞼が開き、「あれ? 俺はいったい……?」と、本来のドゥマン・ヴァザールが戻ってきた。


「リリア? あれ? どうして笑っているんです?」


「え? 私が笑っている?」


 自分ではその自覚はないけれど、隣りに立つアレッセイに目を向けると、何も言わずに頷かれた。


「……うふふ。いえね、どんな姿になっても、懐かしい人と再会出来たのが嬉しかったのかも。でも、私には聖人に認定されるという夢があるから、これからも『リリア・フラーシルを聖人にしよう!』の布教活動に精を出すわよ! ねえ、貴方も手伝ってくれわよね、ドゥマン?」


 あざとく笑ってみせた私に、ドキンと胸が高鳴る、ドゥマン。紅潮した頬を手の甲で隠し、「ま、まあ、その後、俺と結婚してくれるなら」と照れたように笑った。


「ひとまず結婚は置いといて。さて、やるべきことはたくさんあるわ? ねえ、アレッセイ。まず私がすべきことは何かしら?」


「そうだな。とりあえず、の中に戻りなさい」


「えっ?」


 ドゥマンと二人して、アレッセイをパチパチと見つめる。


「君は『教典をむ少女の祈り』として、民衆の前で再び『奇跡』を起こすのだよ。そして『神』の実在を証明すること。そうすれば教会は君を聖人認定するはずだ。実に簡単だろう?」


 意地悪く笑うアレッセイ。そんな簡単なわけ……。


 いえ、面白いじゃないの。これくらいの逆境、なんでもないわ。


 さて、今日も聖人を目指すべく、『奇跡』を起こすわよ。見てなさい――。


 私、リリア・フラーシルは、主を無くした宗教画に向かって飛び込んだ。


「ああ、リリア・フラーシル。俺だけの女神よ……!」


 にゅっと顔だけから出し、「違うわよ、聖人!」と訂正した。


 再びの中に戻った私は、悲願達成に向け、ウィンクした。


 リリア・フラーシルをフラミンゴス教会の聖人に――。


 貴方もフラミンゴス教会の敬虔けいけんな信者の一人なら、これからも私の布教活動を応援してくれるわよね?


                  了



 

 


 






 




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リリア・フラーシルは、今日も聖人認定されたい! ノエルアリ @noeruari

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