第4話 ゴール一歩手前で、悪魔に出会う!?

 私達の騒ぎを聞きつけたラグナ聖道院・第一司教――アレッセイ・モンティーに呼び出され、彼の執務室のドアをノックした。


「入りなさい」


「失礼します……」


 私とドゥマン・ヴァザール……いや、ドゥマンが執務室に入ると、机上で両手を組んで項垂れているアレッセイの姿があった。


「お呼びでしょうか、モンティー司教」とドゥマンが訊ねると、あからさまにアレッセイが溜息を吐いたのが分かった。


「……ヴァザール、君が教誨きょうかい室で倒れていたのを発見した時にまさかとは思っていたが、隣りにいる少女、彼女はもしかしなくとも、『教典をむ少女の祈り』のモデル、リリア・フラーシルだな」


「その通りです、モンティー司教! よくお解りになりましたね!」


 興奮気味にドゥマンが机に手をついた。前のめりで唾を飛ばすその姿に、私もアレッセイも嫌悪感から身を引いた。


「ま、まあ、解るとも。これを見なさい」


 そう言って、アレッセイが執務室に置かれていた物を覆い隠していた布を取った。そこには、教誨室に掛けられていた大きな絵画――『教典をむ少女の祈り』のキャンパスがあった。しかし、今までとは一つ違う――。


「これはっ……まあ、そうでしょうね。このを見たら、確かに誰でもそう思いますよね」


「ああ。なにせこのの主役、教典をむ少女が、ぽっかりといなくなっているのだからな。そりゃ、このから出てきたと思うだろう」


 うんうんと頷く二人の前で、私は冷静に口を開いた。


「この状況を理解されているのでしたら良かったですわ、モンティー司教。ならば早速、私の望みをお伝えします」


 淑女らしく貞淑に。敬虔けいけんな教会の信者を演じる。


「私は百年前、フラミンゴス教会の世界信仰化オプシションを成し遂げるべく、宗教戦争を勝利に導いた女騎士です。最期は火刑に処せられた私ですが、死後も自らの名誉回復を願い、肉体は滅んでも、宗教画の中で生き続けて参りました。私の望みはただ一つ、フラミンゴス教会の聖人として認定されること。ただそれだけですわ」


 華麗に笑って見せて、首から提げる三日月に逆さ剣のシンボルを握りしめる。


「……ふむ」


 アレッセイが顎に手を寄せ、じっと私を見つめる。


「この状況だ。君があのリリア・フラーシルで間違いないだろう。君は聖人認定されたいようだが、そもそも我らフラミンゴス教会の聖人認定基準を、君は満たしているのかね?」


「え? 聖人認定基準? それはもちろんですわ。確か聖人として認定されるには、生前に『奇跡』を起こし、それを教会が認めること。そして死後に再び『奇跡』を起こし、『神』の存在を証明すること、ですわね。私の生前の『奇跡』については、言わずもがな。民衆の前で五大天使を降臨させたこと。そして死後の『奇跡』、それはこうして死者が蘇ったのです。それだけで『奇跡』ですし、何より『神』が彼の願いを叶えたのです。それが『神』の存在証明になるでしょう?」


 よし。我ながら理路整然と話すことが出来たわ。どこを取ってもおかしなところなんてないはずよ。これで聖人認定はされたも同然ね!


 思えば長い道のりだったわ。『聖人認定』というゴールを目指し、今『はい、そうです』ルートをぐんぐんと突き進んでいる。


「ふむ。『神』がヴァザールの願いを叶えたと。それは本当か、ヴァザール司祭」


「いいえ、違います」


「いいえええええ!!?」


聖人認定ゴール』一歩手前で、まさかの『いいえ、違います』ルートに変えやがった、このアホ司祭ぃぃぃ!!!


「確かにリリア・フラーシルと話したいという願いは叶いました。ですが、俺の愛が伝わらない以上、『神』はこの世に存在しません!」


「司祭が何言っとんのじゃあああ!!!」


 人の『奇跡』を利用して望みを叶えた分際で、『神』の存在を否定するとは……。なるほど、この男こそ司祭という皮を被った悪魔。そういうわけだったのか。















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