第3話 ヤケクソな姫姉さま

 皆様、ごきげんよう。

 私は宗教画『教典をむ少女の祈り』のモデル、リリア・フラーシルですわ。百年前にフラミンゴス教会に火あぶりの刑で処刑された、悲劇の女騎士。死後百年もの間、宗教画の中で意識を保ってきた私ですが、とあるアホ司祭のせいで、こうして再び日の下で動ける体となったのです。


「――はあ。平和な世界。言語も文化も統一された世界では、によるいざこざはなくなり、まさにフラミンゴス教会が思い描いた理想郷となりましたのね」


 聖道院の広場を歩きながら、淑女らしく振る舞う。宗教戦争で女騎士バーサーカーをやっていた過去はもう忘れましたわ。今の私には、聖人になるという夢があるのです。その悲願を叶えるために、私はこの体で『リリア・フラーシルを聖人にしよう!』という名目で、自ら布教活動をすることに決めましたの。それなのに――。


「聖人なんて絶対反対です! 死んだ後に聖人になったからって、一体それが何になるというんですか! 名声ですか? 栄誉ですか? バカなんですか!?」


「お前にバカだと言われる筋合いなんてないんだよ――って、いけませんわね。そのような汚い言葉を使っては。今日から私は聖人に認定されるため、聖人それらしく振る舞うと決めたのです」


「ということは、つまりリリア・フラーシルは、俺の嫁にはならないということですか?」


「ええ、そうです、ドゥマン・ヴァザール司祭。貴方の妻になることは、貴方がお母様の産道に戻り、再びしゅらんに別れるくらい、あり得ないことなのです」


たとえが卑猥だ……でも、なんか興奮します……!」


 そう言って抱きついてきたドゥマン・ヴァザールに、女騎士バーサーカー時代の剣先を突き立てる。


「えええ? な、なして剣をっ……?」


 急になまりながらも、降参の意を示すドゥマン・ヴァザールに、私はニヤリと笑った。


「あの宗教画にはね、実は私の愛剣も描かれているのよ。『教典をむ少女の祈り』というタイトルからして、教典を訓む私がクローズアップされているから、みんな気づいていないでしょうけど」


 ふふ、と剣を掲げ、上から笑った私に、ドゥマン・ヴァザールがバッと土下座した。


「ははー! お見逸れしましただぁ、姫姉さまぁ! なんと神々しいお姿だぁ……! ぜひともオラの嫁さ来てほしいですだぁ……!」


「ちょ、え、やめてよ、ドゥマン・ヴァ――」


「お願いですじゃあ、お願いですじゃあ!」


「だから、やめッ……」


 わらわらと周囲に人が集まってきた。聖道院の司教やら司祭やら聖道女やら一般人まで。傍目からみれば、私達は今、土下座している男と、されている女の構図。コソコソと「修羅場」やら「痴話喧嘩」やらが聞こえてくる。


「……や、ヤメテってば! 分かったから土下座しないでよっ!」


 半泣き状態で言い放った私を見上げて、ドゥマン・ヴァザールが計算高く笑う。


「ならば、俺のことは『ドゥマン♡』もしくは『ダーリン♡』と可愛く呼んでくださいますね、リリア?」


「わ、わかったわよ! ……ダ、ダーリン♡」 


 もうヤケクソだった。

 






 

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