第4話
ニコラスと一緒にサロンに入ってきたのは、魔術師っぽい服装の偉そうな男の人だった。
「皆、待たせたね」
さっきのぴりついた空気はどこへやら。マリアたちはみんな揃って猫を被ったようにおとなしくなってしまった。
「さて、マリア諸君」
ニコラスに変わって話を切り出したのは魔術師風の男性だ。六十代くらいだろうか。年季の入った皺と白髭がいかにも感を出している。
「数日前、我々はひとつの予言を授かった。力に目覚めた聖女の生まれ変わりが、呪いを受けたニコラス王子を目覚めさせると。そしてその予言通り城に現れたのが、君たち二十人の聖女マリアだ」
魔術師おじさんが語ったことは、私の知るゲームのシナリオとは若干食い違っている。ゲーム内で聖女はもちろんひとりだし、予言なんていうものもなかった。力に目覚めた聖女の噂が街に広まり、それを聞きつけた王様が修道院に使いを寄越すというはじまりだったはずだ。
他の聖女たちも微妙なズレを感じたらしく、少しだけ場の空気が不安げに揺れている。踊り子風美女だけは、空気だけでなく体もリズミカルに動いていた。あれはきっと何かのリズムを無意識に取っているに違いない。
「二十人の聖女は我々も予想外だったが、君たちは見事ニコラス王子の呪いを解いてくれた。よって我々は、皆を聖女マリアの生まれ変わりだと認めることにした。おそらくは、魂が別れて転生したのだろうと推測する」
それはちょっと無理がありませんか、魔術師様。……と思わず突っ込みそうになったが、私たちマリア軍団の存在が異質でないと認められたことは幸運だろう。下手をしたら偽物扱いされて牢獄に入れられたかもしれないのだから。
「メルウェロー王国は君たちの活躍によって救われたが、他の国ではまだ魔王の軍勢が世界を脅かしている。そこで……ここからが本題だ。聖女マリアたちよ。君たちはそれぞれ世界を回って、未だ眠りについている王子たちを復活させてほしい。このローマンス大陸にいる王子たちは皆、いにしえの聖女から授かったとされる聖石を体のどこかに必ず宿している。それは王子の秘めた力を覚醒させる希望の力だ」
魔術師おじさんの言葉と共に、隣に立っていたニコラスが自身の右手を私たちに見えるようにかざした。ニコラスの手の甲側の右手首には、彼の瞳と同じサファイアブルーの小さな石が埋め込まれていた。
聖石だ。石王子それぞれに色の違う聖石を宿していて、それが彼らの魔力の源になるのだ。クロードの聖石は漆黒で、その色は魔王を連想させるため、他の王子よりも秘された場所に埋め込まれている。どこに埋め込まれているかを思い出してしまい、私の頬がだらしなく緩んでしまった。
そんな私に活を入れるかの如く、魔術師おじさんの固い声が強く響く。
「聖女たちよ! 王子たちを封印から解放し、世界に蔓延る闇を打ち払ってくれ」
「うぉぉ!」とは叫ばないまでも、聖女たちの意気込みは十分のようだった。推し王子とのラブラブハッピーエンドを手に入れるために、魔物蔓延る外の世界へ恐れず突き進む勇気が垣間見える。
もちろんそこには私も含まれる。当然だろう。せっかく聖なる力を持つ美女に転生し、推し王子とリアルでガチ恋ができるかもしれないのだ。そんなおいしい展開をみすみす逃すようなマリアは、ここには誰ひとりとしていない。
善は急げと言わんばかりに、ひとりのマリアが脱兎の如く部屋から飛び出して行った。それを合図に、他のマリアも推し王子を目指してわらわらと動き出す。我先にとサロンから出て行く聖女たちを見て、魔術師おじさんが目をかすかに細めながら「ほぅ……」と感嘆の溜息をこぼした。
「おぉ……さすがは救国の聖女。世界の嘆きに心を痛めておいでか」
ごめん、魔術師おじさん。私たち、みんな私欲で動いてます。
サロンに残ったのは三人だった。そのうちの一人、あの大和撫子風マリアに、私はそっと耳打ちした。
「あなたは行かないの? もしかしてニコラス推し?」
「せっかくの状況なのに、ひとりで満足するのはもったいないと思いませんこと? わたくしは逆ハー狙いでいきますわ!」
大和撫子風マリアは見た目によらずワイルドだった。
「あなたも早く推し王子のもとへ行った方がいいですわよ。運良く出会えたとしても、イベントを起こして親密度を上げていかなくてはいけませんし……なかなかにハードな転生先ですわね」
「それには同意するわ」
「次に会う時はライバル同士ですわね。どうぞお手柔らかに」
そうだ。この世界のマリア全員がライバルなのだ。うかうかしてると本当にぼっちで二度目の生を終えてしまいそうだ。
クロードに出会うためにはまず全王子を解放し、彼らとの親密度をそこそこあげなくてはならないのだ。なぜならクロードは謂わば隠しキャラ。特定の条件を満たさないと攻略できない高難易度王子なのである。
手始めに私はメルウェローの城下町に行くことにした。そこには正体を隠してパン屋を営んでいるパン王子がいるはずである。彼はだいたい無料報酬で手に入るキャラなので、ひどいことを言うようだが、他マリアたちの推しである可能性は低い。
ただ、クロード推しのマリアがいれば話は別である。彼女、もしくは彼女たちよりも早く全王子を解放し、私は暗黒王子クロードに辿り付かなければならない。
とても長く険しい道のりだ。
でも、私は諦めない。諦めてなるものか。
黒髪の隙間からのぞく物憂げな金色の瞳。他者を寄せ付けない冷淡さ。触れるものすべてを傷付けてしまいそうなほど尖りに尖っているけれど、思いが通じたあとの彼が見せる不器用な優しさと溺愛をこの身に受けることができるのなら――。この先が険しい茨の道だとしても、躊躇いなく突き進んでやろうじゃないか。
どんなマリアが来ても、負けるわけにはいかない。
クロードは私が幸せにする。そして私も幸せになる。
待ってて! クロード。
私、必ずあなたに辿り着いてみせる!!
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