第6話 阿波池田行きのバスへ

 気がつくと、二人は「乃地日のちひほこら」の前に立っていた。上空には光が戻り始めた満月が浮かんでいる。

「どうやら現代に帰れたみたいですね。鐘子しようこさんのお陰です」

 速登はやとが満月を見ながら鐘子に呼びかける。

「斗南さんこそ高いところは苦手やのに、うちを助けてくれて」

「そんなこと、考える間もなかったですよ」

 礼を述べた鐘子に、速登は髪の毛をかき上げながら照れくさそうに笑った。握りしめたままの「星のつるぎ」は元の黒い棒に戻っている。

「それにしても、まさか乃地日さんが宇宙人だったとは思いませんでした」

「乃地日さんとおかねさん、あれからどうなったのかな」

 鐘子が扇子を懐に入れながらつぶやいた時、祠に寄りかかって眠っているような貴星きせいの姿が目に入った。

「お父さん、起きてちょうだい」

 鐘子が揺り起こすと、貴星は懐中電灯を持ったまま立ち上がった。

「あれ、もう皆既月食は終わりましたか。20世紀最長とか言ってましたが、なんだかあっという間でしたな」

「お嬢さんの踊り、見せていただきありがとうございました」

 速登が貴星に頭を下げる。

「もう遅いし、そろそろ家に入ろっか」

 鐘子は何事もなかったかのように浴衣の懐を叩いた。


               ○


 翌朝、高校に行く鐘子と大学の寮に戻る速登は、おく祖谷いやのバス停で阿波あわ池田いけだ行きのバスが来るのを待っていた。

「ゆうべの事、なんだか今でも夢みたいやな。お父さんもずっと眠らされてたみたいで何も覚えてへんし」

 半袖シャツにプリーツスカートの制服姿の鐘子は、朝日の眩しさに目を細めながら速登に話しかける。

「実は今朝この本を読み直していたら、中身の一部が変わっていたんです」

 速登は『乃地日のちひ草子ぞうし』の最後のページを開いた。

「『乃地日の子、地星ちせいは両親を助けてくれた男女を捜すため、「星の剣」を持って旅に出た』と書かれています」

「それって、もしかして」

 鐘子は一つ前のページをめくり、かずら橋を渡った乃地日とお鐘が描かれた絵を見つめた。橋の下の岩に、着物姿の男と女が剣を持って立っている。

「ほんまや。うちら、やっぱりあそこにいたんやね」

 鐘子は感慨深げにうなずく。

「乃地日さんの子どもと『地星祠』、恐らく繋がりがあるのでしょう。大学に戻ったら改めて調べてみます」

 速登は本をリュックに入れた。

「うちらが『星の剣』を使えたのも、きっと乃地日さんの一族の子孫だったからやね。もうすぐ夏休みやし、うちも民宿のアルバイトがんばって、茨城に『地星祠』を見に行こうかな」

 鐘子は組んだ両手を天に伸ばしながら速登を見る。

「もし来てくれるなら喜んで案内します。僕も祖谷が気に入りましたし。次に来た時はゆっくり観光させてください」

「そら嬉しいわ。秋の紅葉も素敵なんよ。今度は一緒にかずら橋を渡ろ」

「ありがとう。君と一緒なら渡れそうだよ」

 鐘子の誘いに速登が笑顔で答える。奥祖谷のバス停に、阿波池田行きの路線バスが入ってきた。


終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祖谷の乃地日草子 〜月の扇子と星の剣〜 大田康湖 @ootayasuko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画