第43話 それぞれの明日へ
その小さな村には、少し変わった仕事を請け負う一団がいるという。
揉め事を解決するのが主な仕事であり、夫婦間での痴話喧嘩から、貴族間での骨肉の争いまで引き受けるという、風変わりな仲介屋だ。
世の中には争い事が多すぎる。
そしてそれは、誰もが自分の中の正義を掲げ、自分の利だけを主張し、人の意見を聞こうとしないからだろう。
「ほんのちょっと、相手のこと考えてあげたらそれで解決するのにねぇ」
フラッフィーが帳簿を前に、呟いた。
「それが出来りゃ、争いなんか起きないだろ」
ラッシェルが答え、おやつを頬張る。
「ちょっと、ラッシェル。食べすぎないでよねっ」
「いいじゃん、ケチケチすんなって」
「ロェイいの分も残しておいてよっ」
「だって旨いんだもん」
悪びれもせず、皿の上に乗ったクッキーを次々に口へと放り込む。ラッシェルは先日、足を怪我してしまい療養中なのだ。
ナハスの助言。
それは新しい商売の打診だった。
ここ最近多くなった貴族たちの領土争いや、それに付随して不穏な動きを見せる国家間での揉め事。いつか大きな対立を生む前に、小さな芽を摘み取ってほしいという話だった。
この話を持ち掛けられたのは、フラッフィー。
だが、幼いフラッフィーにそんなことが出来るわけがない。
「しかし、ナハスもすごいこと考えるよなぁ。まさか凪の力を利用して揉め事解決しようなんて」
ラッシェルが皿に残った最後のひとかけを飲み込んだ。
「元々、凪の力ってそうやって使うんだって。人の心操って殺し合いさせるんじゃなく、落ち着かせたり、安らぎを与えたり」
フラッフィーは、ナハスからの提案を喜んで、飲んだ。
ロェイの力で、世界を平和にするお仕事。
なんて素敵なんだろうと、目を輝かせた。
「確かに、ロェイには向いてるよ。暴力嫌いだし、力見せつけて儲けようとか思うタイプじゃないし。屋号はアレだけど……」
ごにょごにょするラッシェルを、フラッフィーが睨み付ける。慌ててラッシェルがコホンと咳払い。
「仕事がひっきりなしにくるのはいいけど、最近、内容が重くなってきたな」
この仕事を始めて、半年が経つ。揉め事の仲介など、仕事になるほどあるものなのかと半信半疑だったが、ナハスの紹介で次々に依頼が集まった。小さないざこざは、お互いの思い込みや固定観念を解きさえすれば、すぐに治まる。要は気持ちを落ち着かせ、感情的になるのを押さえればいい。それはロェイにとって朝飯前の仕事。
そこからの交渉には、ラッシェルが適任だった。なにしろ人の懐に入り込むのが上手い。口八丁というのか、人を丸め込む天才だった。
そうこうしながらいくつかの仲介を重ねるうちに、噂が広がり、今では大きな交渉の場に呼ばれるまでになった。
フラッフィーは、ロェイとラッシェルを自らの家に招き入れた。彼らには帰る場所もなかったし、何より、フラッフィーの家は、独りで暮らすには大きすぎる。今では良き、ビジネスパートナーだ。
それに……
「あ、帰ってきた!」
窓の外に、二つの影。
ロェイと、サントワもいる。
髪を短く整え、髭を剃ったサントワは以前よりずっと若く見える。今はオルガと二人で、近くの家に住んでいる。一緒に住もうと提案したが、オルガに「私、サントワと二人がいいの」と断られてしまったのだ。
貴族間などの、大き目のいざこざを解消するのには、サントワの交渉術がとんでもなく役に立った。伊達に長く生きていないと言えばいいのか。
それに彼は戦力としても申し分ない。交渉の場が応接間ではない場合も多く、半ば力業で解決することも多々ある。そんな時は、サントワやラッシェルも出向き、サントワの戦術で相手を再起不能にすることも少なくない。もちろん、命を奪うわけではないが、力でねじ伏せてから交渉に持ち込むことも、時には必要な方法だったのだ。
ラッシェルの怪我は、その「力技」を披露した際の、名誉の負傷である。
「ロェイ、お帰り!」
フラッフィーが笑顔で迎えると、ロェイもまた、笑顔で「ただいま」と返す。
ロェイは「ただいま」が言える幸せを、日々、噛み締めていた。ここには自分の居場所がある。凪の力を、人殺しの道具とせずいられるのが嬉しかった。
「西の領土争い、片が付きそうか?」
ラッシェルが訊ねると、サントワが難しい顔をした。
「先方も我々のことは承知してたが、すんなりとはいかなかった」
「仕方ないさ。西の大国お抱えの貴族だしな」
大きな揉め事になるということは、相手もそれなりの権力者。どこの者ともわからない人間の交渉に、すんなりと応じてはくれなくなる。だからといって無駄な争いをけしかけるわけにもいかず、話が難航することも増えてきている。
「じゃ、ダメだったの?」
フラッフィーが立ち上がると、
「いや、それが……途中で強い味方が現れてね」
ロェイが意味ありげにクスリと笑う。
「強い、味方?」
首を捻る。と、ドアをノックする音。
「来たみたいだ」
ロェイがドアを開ける。そこにいたのは、オルガ。そして、フードを深く被った一人の女性の姿……。フラッフィーの顔がほころぶ。
「……エリス! ……じゃなかった、ディアナ!」
フラッフィーが駆け寄り、飛びついた。
「エリスでいいわ」
バサリ、とフードを外すと、変わらぬ、美しい姿で微笑む。
「エリスちゃん!」
ラッシェルの顔もほころんだ。
「なんで? どうしてっ?」
フラッフィーは涙目になりながらエリスに訊ねた。来てくれないと思っていた。もう会えないのだろうと、半ば諦めていたのだ。
「あれから島に戻って、皆にスヴェラ神のことを話したのだけど、理解してもらうまで時間が掛かっちゃったのよ。それに、これから先の私たち……聖人の在り方とかをね、話し合って」
「で?」
「私たちは神にお仕えする身なのだから、神の教えに基づいて行動すべきだ、って話をしたのだけど……ずっと狭い世界しか知らないで生きてきたから、そう簡単に皆からの賛同を得られなくて。最後まで頑張るつもりだったけど、もう面倒になって、私だけ家出してきたの」
ふふ、と悪戯っ子のように、笑う。相変わらずの破壊力だ。
クラクラしながらも、フラッフィーはエリスを見つめ、訊ねた。
「ムシュカは? 結婚した?」
やっと会えた恋人。てっきり、聖人の島で幸せに暮らしていくのだと思っていた。
「ああ、ムシュカとは別れたの」
あっけらかん、と言ってのけるエリス。
「ええっ?」
「なんでっ?」
フラッフィーとラッシェルが同時に声を上げる。
「彼はあの島で聖人たちを束ねる長になる。大陸との接点も増やして、ゆくゆくはスヴェラ神の教えを説く宣教師になると思うわ」
「……エリスは、それでいいの?」
フラッフィーが不安気な顔になる。が、エリスはスッキリとした顔で、大きく頷き、
「私は、自分の道を行く。世界の広さを知り、もっと自由に生きたいのよ」
エリスは島を出て、真っ先にフラッフィーの居場所を聞くため、宿屋アルブールを訪ねた。この場所で仲介屋のような仕事を始めたのだと、ナハスに聞いた。そして、言われたのだ。
「大きな仕事が舞い込んだ時に、これ、っていう強みが欲しいみたいなのよ。ロェイの『凪』は勿論強みなんだけど、もっとこう、存在として世間から認められている、絶対的なものがあったらいいんだけどなぁ。例えば交渉の場に、伝説とも言われた聖人がいたら……すんなり話を聞いてもらうこともできるんじゃないかなぁ? あ、もちろんこれは私が考えてる理想の形、って話だけどね?」
上目遣いでお願いポーズまでされた。
要は、
そしてエリスは、その話に乗ることにした。フラッフィーと一緒にいたい、という思いもあったが、誰かの役に立つかもしれない自分に、期待もしていた。
「私にも、手伝わせてくれる?」
極上の笑みで言われ、フラッフィーは胸を押さえる。心臓の音が、煩い。
「……一緒に、いてくれるの?」
「もちろんよ」
「素敵! なんていい日なの!」
くるくると回りながら叫ぶフラッフィー。
「あ、おやつにクッキー焼いてあるのよっ。みんなで食べよう!」
「やった! 私、フラッフィーの作ったクッキー大好き!」
オルガがはしゃぐ。
「今日のも旨いぜ~!」
何故か自慢げなラッシェル。
「ラッシェルはもう食べたでしょ!」
「いいじゃん、俺も~!」
「ダメ!」
「ちぇ」
「あはは」
皆が、笑う。
「ラッシェルはフラッフィーの作る料理が大好きだもんな」
ロェイが茶化すと、
「だって最高に旨いもん!」
素直に絶賛する。隣で照れるフラッフィー。
「私も頑張ろうっと」
オルガが拳を握れば、
「俺が作るから問題ないだろ」
とサントワが素で答えた。
「えっ? そりゃ、そうだけど……」
女心のわからないサントワに、オルガが唇を尖らせる。
テーブルにクッキーを入れた皿とお茶が並ぶ。フラッフィーがカップを持ち、エリスに向かって高く掲げると、言った。
「ようこそ、シンフェリアへ!」
皆が、揃った。
それぞれの願いを胸に旅をし、それぞれの答えを見つけたのだ。
過去に縛られるのではなく、未来のために生きるのだと、強く思う。
過去を変えることは出来なくとも、未来はより良いものに変えていけるのだと。
あの花が咲くことはもう二度とないけれど、願うことなら誰にでもできる。
――そしてその願いを、叶えることも、きっと……。
~FIN~
シンフェリア ~世界を繋ぐための仮初の群像~ にわ冬莉 @niwa-touri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます