1986年4月、アイドル歌手岡村まり子が自殺する。そんなショッキングな内容から始まる物語。
だが、しかし、ちょっと調べていただければ分かることだが、この同年同月に自殺したアイドルが実在する。そして、この短編小説の前半部分、あまりにリアル過ぎる描写は、おそらくかの実在したアイドルのファンであった作者の実体験であると思われる。
この事件はぼくもリアルタイムでニュースを見ていて、写真週刊誌に掲載された記事も読んだ。現場には行かなかったけれど、地面に横たわる遺体と周囲に流れる何かの液体が撮影されたその写真はショッキングだった記憶がある。
この短編の前半は、おそらく作者が実体験した事実だと思います。あまりにも描写がリアル過ぎる。そして、作者がその場で出会った男……山口。彼は実在するのだろうか?
ここから物語は徐々に狂気を孕むような展開を見せる。もう創作されたフィクションなのか、隠された事件の真相を小説という形で暴露しているのか、見分けがつかなくなるのだ。空恐ろしいほどである。こんな恐ろしさは、『影武者徳川家康』を読んで以来だ。史実なのか? はたまた虚構なのか。
そして、物語は悲しくも美しい結末を迎える。
青春時代の幻影。失われた時間軸への憧憬と悲哀。
読了したときには、これがフィクションであろうがノンフィクションであろうが関係なくなっていた。現実はそうであったのかも知れない。できれば、そうであってもらいたい。そんな願いを、いつのまにかぼくは抱いていた。