25  〈20〉の小箱に入っていたのは空気だったのだろう

〈12月20日〉


「魔女、わたしだ!」

 昼までの仕事が一区切りついたのか、王子が魔女にあてがわれた城の別館の部屋へやって来た。どんどんと、微妙に狭量きょうりょう、扉を強めに叩く。扉に鍵はついていない。どうにも、魔女に扉を開けさせたいらしい。

「ハイヨロコンデー」

 魔女は、雪の色をした未確認動物ウニデンティフィエドゥ アルカヌム アニマル=UMAのぬいぐるみを肩車して、扉を開けた。

「うわ!」

 王子が腰を抜かさんばかりに、うしろへすっ飛んだ。

「うひひひっひひ」

 してやったりと、魔女は品のない笑い方をしてしまった。


「……」

 数秒で事態を飲み込んだ王子は、乱れた金髪をかき上げると、青い瞳に憤怒ふんぬをたたえて仁王立ちになった。だが、未確認動物UMAのぬいぐるみも、すっくと自立したのを見て、目をそらした。それは、森でクマに出会ったときの対処方法だ。

「魔女」

 王子は、魔女に聞こえるぐらいの小声を出した。

「それ、何だ」


「〈19〉の小箱に入っていました」

「だから、何だ」

「雪山に住むという未確認動物UMAみたいですね。未確認動物UMAだけに、わたしも見たことないから。雪の色のような、ふさふさの毛並みで、お目めは、きらきらの金のボタンで、かわいいです」

 自立した毛むくじゃらのぬいぐるみは、パントマイムのような仕草で、腰をかがめて、そばにいる者に何かを聞くような動作をした。

「あ。王子の仕草を真似てますよ」

「え?」

 王子が、ぎくっと肩をいからせると、毛むくじゃらのぬいぐるみも、ぎくっという仕草をした。

「不敬なっ」

 王子は思い切り右腕をふりあげて、毛むくじゃらのぬいぐるみに殴りかかろうとした。同じく、ぬいぐるみも右腕を振り上げ、王子に襲いかかった。

 しばらく、王子とぬいぐるみは、と殴れば、と殴り返す動作を繰り返した。


「はいはい。魔女さま、わたしたちで〈20〉の小箱を開けましょう」

 いつの間にか、部屋に来た女官が、これ見よがしに王子に聞こえるように、魔女に話しかけて来た。

 効果てきめん、ぴたりと王子は不毛な争いをやめ、「わたしとだ」と、魔女ににじり寄った。ぬいぐるみもだ。


「だけど、もう、ぺったんこだからねー」

 一応、魔女はエコバックから〈20〉の小箱を出した。ひしゃげたふたを開けたが、やはり、中身はなかった。魔女は空の箱を、くんくんいだ。おひさまにあたたまったわらの匂いしかしない。

「やっぱり、おいしい空気が入ってたんだと思う」


「何か説明書きを入れておかないと、不発だと思われるぞ」

「そうだね。来年は説明書きを入れよう」

 王子の助言に、魔女は素直にうなずいた。


「あらあら、仲良しさんですね。ふふっ。それでは、お邪魔虫は退散いたしますわ」

 女官は悪戯いたずらっぽく、ほほえんで部屋から出て行った。

「おい。こいつを連れて行けよ」

 王子が、ぬいぐるみを指さすと王子は、その毛むくじゃらのぬいぐるみに指さされた。

「魔女! やめさせろっ」

 王子は本気で切れかけた。

「私の術ではないんですよ、これ」

 魔女も正直、困ってしまった。

「さっき、扉を開けたとき、王子の波動と、この、ぬいさん(ぬいぐるみ)の波動が合っちゃったのかなぁ。どうにもわからないところです。理屈ではないので。うまやと同じく、アドベントカレンダーの期間は存在するのかも」

「ヌイサン、そんな目で見つめるな」

 王子は魔女が、ぬいぐるみさんという意味で、『ぬいさん』と言ったのを、名前とカンちがいした。

「王子が見るから、見てるんですよ」

 魔女の言葉に、「そうか」と、王子は、そっぽを向いた。ヌイサンも、同じ動作をした。

「ぶっ」

 思わず、魔女は吹き出した。はたで見ている分には、とてもおもしろい。

「王子、お散歩に行きましょう。ヌイサンを連れて」

「いやだ。こいつは、わたしの真似をするだろう?」

「いやがっても、ヌイサンは王子についていくと思いますよ。これ、眷属けんぞくの術っぽいし。試しに部屋の外へ出てください」

 魔女の言う通りに、王子は部屋の外へ出てみた。ヌイサンは、王子について行った。

「ほらねっ」

 魔女のしたり顔に、王子は、げっそりとした。

「どうするんだ、これ……」

「王子はっ。品行方正な王子はっ、真似されても恥じるところ、あるはずはござい……ません……でひょ」

 魔女は、こらえきれず笑い出した。

「爆笑してるし、んでるし」

 王子は、むかっ腹がたって魔女の右腕をつかんだ。

「行くぞ」



 王子は魔女とヌイサンを連れて、別館の回廊を歩いた。本館の回廊につながる場所で、宰相が向こうから来るのが見えた。

 宰相は回廊の脇へ退しりぞいた。こうべをたれて、王子の通行を優先する。

 魔女は宰相の前を通り過ぎるとき、ぺこりとお辞儀した。

 宰相は、ふくらんだ長袖の中から小さな薄布の袋を取り出して、ゆすって見せた。きらきらと輝いた気がしたから、あれはたぶん、アドベントカレンダーの水晶だ。

(このたびは、よき年の暮れの贈りものをありがとう)

(いえいえ、これからもご便宜べんぎのほど、よろしく)

 宰相と魔女は互いのよどみを秘めた目で、ほほ笑み合った。


 王子は城の本館の回廊を歩いて行く。

「ヌイサンのことを誰も見咎みとがめないんですね」

 魔女は、ヌイサンが王子のうしろ1メートルほどについて歩き、王子の動作を寸分たがわず再現するのが、おかしくてしかたなかった。

「たぶん、道化が中に入っていると思われているのだろう」

 そういえば、回廊から見える中庭では、二人組が漫談を練習していたり、何人かが一輪車を、ぐるぐると練習していたりした。

「24日の降誕前夜祭の饗宴スァクルム コンウィウィウムで披露する余興に、道化師、漫才師、即興詩人、楽師、ダンサーが集まっている」

「4日後ですか。それは楽しみ」

 魔女は、ちょっと浮き浮きしてきた。にぎやかな降誕前夜になりそうだ。静かな冬休みを切望していたのに、我ながら勝手なものだ。

(いや、魔女とは本来、勝手なものだ)

 そう、心で言い訳した。


「……アドベントカレンダーの小箱は、あと4つか」

 ぼそりと王子がつぶやいた。

「そうですね。長いようでしたが、割と、あっと言う間でしたね」

「この降誕祭が終わったら、森へ帰るのか」

「冬休みも終わりですからね。森も雪に閉ざされますし」

「……」

 王子が考え込む仕草をした。そばで、ヌイサンも同じ仕草をするので、魔女はおかしくて仕方がない。

「お前、そんなふうに笑っていると、本当に10代の女子のようだな」

「本当に、っていうところがむかつきますわ、王子。魔女は生涯、現役女子だと言ったでしょ」

「魔女――」

「あっ、王子、ここにいらしたんですね」

 せかせかと兵士が近寄って来たので、王子の言葉は途切れた。元伝令役の男だ。

「余興の予選会がはじまります。どうかお席へ」

「もう、そんな時間か。魔女も来い」


 饗宴スァクルム コンウィウィウム、略してSCは交流のある異国の来賓を招いた式典でもある、と魔女は短く説明を受けた。

 各国の風習を照らし合わせて非礼がないように、余興はチェックしておく。

 余興をする芸人にとっては、このSCに演者として選ばれることは名誉であった。実際、いちばん喝采をあびた芸人は、金貨一袋を王家から贈られる。次の年のSCおよび、小規模な宴会におけるシード芸人としてエントリーされる。そういう旨味うまみのある行事であるので、国の内外から芸人が押し寄せる一大イベントとなっていた。

 第2王子である王子は、そのイベントの総括をまかされている。

 魔女は王子とともに、上座の〈審査員席〉と書かれた長テーブルに案内された。

 テーブルには、色とりどりの小さな焼き菓子の皿が並び、そばにはお茶をれる係の者も控えていた。

(わぁ、気が利いている)

 魔女は、ごきげんになった。

 当然のごとく、王子のそばにはヌイサンがいた。王子が侍従が引いた椅子に座ると、ヌイサンは、王子の右側に透明な椅子があるかのように空中に座った。

 魔女は笑いをこらえて、王子をはさんで左側の椅子に座った。

「では、はじめます」

 元伝令役の男が司会進行役だ。


 部屋の脇から、人形を抱えた役人姿の女芸人が現れた。

「昼の部、1番、ケンちゃんとおねえさん、です」

ミナサン皆さんコンニチハー、ケンチャンダヨ』

 人形がしゃべった。


「腹話術か」

 王子が腕組みをした。隣のヌイサンも腕組みした。


「ケンちゃん、道路を渡るときのお約束、三つあるの、知っているかな」

『エー、シラナイ知らない

「ひと~つ、一人で飛び出さない」

『ウンウン』

「ふた~つ、不埒ふらちな馬車が来ないか、たしかめる」

ミッツみっつミンナワタレバ渡ればコワク怖くナイー』

 ケンちゃんが手を挙げた。

Nan Dear Nenなんでやねん! ありがとうございましたー」

 

「う~ん、黒冗句くろじょうくだな」

 王子が眉根を寄せる。

「内輪なら笑えるネタも、国賓こくひんを招いた席ではな。却下」

 ケンちゃんとおねえさんは、がっくりと肩を落とした。

「内輪の慰労会には採用しよう。楽しい降誕祭を」

 王子のねぎらいの言葉に女芸人は、うれしそうに退出していった。


 次から次に審査は続いて行く。

 王子は、どの芸人にも発表の場を用意しようとした。あんまりにもの場合は、即、国外退去だ。


 けっこう真面目に審査に取り組んでいる王子の横顔を見て、魔女は感心した。

こんな仕事を、ずっとやっているなら、アドベントカレンダーで癒されたくもなるかもしれない。

「明日の21日のアドベントカレンダーは王子が開けていいですよ」

 審査が途切れたときに、魔女はつぶやいた。

「そうか。じゃ、この調子で22日の小箱も開けさせてもらうぞ」

「もう、どっちでもいいですよ」

 魔女は本心、そう思っていた。

饗宴SC、楽しみですね」


 中庭では、合唱の練習がはじまったらしい。

 風にのって聖歌が聞こえて来た。


  ――オ スァクルム コンウィウィウム!

    (おお、聖なる饗宴よ!)

    イン クゥォ クリストゥス スミトゥル

    (我らが神を拝領する聖餐せいさんよ)


「魔女」

 崩れやすい大きめの焼き菓子に食いついた魔女の口元に、王子はナプキンを差し出した。

 魔女は、口いっぱい頬張った焼き菓子が収まる間、王子の青い目を見つめた。王子も魔女の目を見つめた。

「名前を知らないと不便だ。寝グセの黒髪魔女」


「『クセっ毛』です。王子。――わたしも王子の名前を知らないのは不便だなとは思っていました」

 魔女の星灰色せいはいしょくの瞳から、いつものよどみが一瞬、消えた。



 そして、芸人の控室では、先に審査を受けた者たちからの情報が回っていた。

「今年、初参加の、毛がふっさふさの審査員が、いちばんキビしいらしいぞ」

「黒髪のクセっ毛の女子審査員は、何言っても笑ってくれる。勇気、もらえる。あの方が第2王子の今年の恋人かい?」


 そんなふうに言われていることを、魔女も王子も知らなかった。


 誰も未来はわからない。

 残りのアドベントカレンダーに何が入っているのかも、わからない。

 わかっているのは、これからも、魔女と王子の心模様次第だということだけ。



 ボッチノ森の魔女の家の暖炉では留守を守る火の精霊サラマンデルが、うたた寝から目覚めた。

テンキヨホウ天気予報キイトク聞いとくベ』

 己の周波数を合わすと、天気予報が流れてきた。

『――冬型の気圧配置が強まり、今季最強の寒波が襲来するでしょう。極低気圧きょくていきあつが南下する恐れがあります』

 要するに天気が崩れる。吹雪になる。ドカ雪が降る。



マジョサマ魔女さまフユヤスミ冬休みノビル延びるカモナ』

 ぱちん、ぱちんと、火の精霊サラマンデルは予想した。彼の予想は、だいたい当たる。そういう精霊だ。





          〈了〉




 


〈参考サイト〉 スーパーサボテンタイムの中の

        『ラテン語の学名の読み方をカタカナに変換するプログラム』


※言語変換については、まずグーグル翻訳を頼り、自分の耳で音声確認、

 カタカナ表記にすべく、参考になるサイトを検索。

 サイト主さんに参考にした了承までは取っていません。あしからず。

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魔女と王子の冬休み〈アドベントカレンダー2024〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm

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