25 〈20〉の小箱に入っていたのは空気だったのだろう
〈12月20日〉
「魔女、わたしだ!」
昼までの仕事が一区切りついたのか、王子が魔女にあてがわれた城の別館の部屋へやって来た。どんどんと、微妙に
「ハイ
魔女は、雪の色をした
「うわ!」
王子が腰を抜かさんばかりに、うしろへすっ飛んだ。
「うひひひっひひ」
してやったりと、魔女は品のない笑い方をしてしまった。
「……」
数秒で事態を飲み込んだ王子は、乱れた金髪をかき上げると、青い瞳に
「魔女」
王子は、魔女に聞こえるぐらいの小声を出した。
「それ、何だ」
「〈19〉の小箱に入っていました」
「だから、何だ」
「雪山に住むという
自立した毛むくじゃらのぬいぐるみは、パントマイムのような仕草で、腰をかがめて、そばにいる者に何かを聞くような動作をした。
「あ。王子の仕草を真似てますよ」
「え?」
王子が、ぎくっと肩をいからせると、毛むくじゃらのぬいぐるみも、ぎくっという仕草をした。
「不敬なっ」
王子は思い切り右腕をふりあげて、毛むくじゃらのぬいぐるみに殴りかかろうとした。同じく、ぬいぐるみも右腕を振り上げ、王子に襲いかかった。
しばらく、王子とぬいぐるみは、ぼこと殴れば、すこと殴り返す動作を繰り返した。
「はいはい。魔女さま、わたしたちで〈20〉の小箱を開けましょう」
いつの間にか、部屋に来た女官が、これ見よがしに王子に聞こえるように、魔女に話しかけて来た。
効果てきめん、ぴたりと王子は不毛な争いをやめ、「わたしとだ」と、魔女ににじり寄った。ぬいぐるみもだ。
「だけど、もう、ぺったんこだからねー」
一応、魔女はエコバックから〈20〉の小箱を出した。ひしゃげた
「やっぱり、おいしい空気が入ってたんだと思う」
「何か説明書きを入れておかないと、不発だと思われるぞ」
「そうだね。来年は説明書きを入れよう」
王子の助言に、魔女は素直にうなずいた。
「あらあら、仲良しさんですね。ふふっ。それでは、お邪魔虫は退散いたしますわ」
女官は
「おい。こいつを連れて行けよ」
王子が、ぬいぐるみを指さすと王子は、その毛むくじゃらのぬいぐるみに指さされた。
「魔女! やめさせろっ」
王子は本気で切れかけた。
「私の術ではないんですよ、これ」
魔女も正直、困ってしまった。
「さっき、扉を開けたとき、王子の波動と、この、ぬいさん(ぬいぐるみ)の波動が合っちゃったのかなぁ。どうにもわからないところです。理屈ではないので。
「ヌイサン、そんな目で見つめるな」
王子は魔女が、ぬいぐるみさんという意味で、『ぬいさん』と言ったのを、名前とカンちがいした。
「王子が見るから、見てるんですよ」
魔女の言葉に、「そうか」と、王子は、そっぽを向いた。ヌイサンも、同じ動作をした。
「ぶっ」
思わず、魔女は吹き出した。
「王子、お散歩に行きましょう。ヌイサンを連れて」
「いやだ。こいつは、わたしの真似をするだろう?」
「いやがっても、ヌイサンは王子についていくと思いますよ。これ、
魔女の言う通りに、王子は部屋の外へ出てみた。ヌイサンは、王子について行った。
「ほらねっ」
魔女のしたり顔に、王子は、げっそりとした。
「どうするんだ、これ……」
「王子はっ。品行方正な王子はっ、真似されても恥じるところ、あるはずはござい……ません……でひょ」
魔女は、こらえきれず笑い出した。
「爆笑してるし、
王子は、むかっ腹がたって魔女の右腕をつかんだ。
「行くぞ」
王子は魔女とヌイサンを連れて、別館の回廊を歩いた。本館の回廊につながる場所で、宰相が向こうから来るのが見えた。
宰相は回廊の脇へ
魔女は宰相の前を通り過ぎるとき、ぺこりとお辞儀した。
宰相は、ふくらんだ長袖の中から小さな薄布の袋を取り出して、ゆすって見せた。きらきらと輝いた気がしたから、あれはたぶん、アドベントカレンダーの水晶だ。
(このたびは、よき年の暮れの贈りものをありがとう)
(いえいえ、これからもご
宰相と魔女は互いの
王子は城の本館の回廊を歩いて行く。
「ヌイサンのことを誰も
魔女は、ヌイサンが王子のうしろ1メートルほどについて歩き、王子の動作を寸分
「たぶん、道化が中に入っていると思われているのだろう」
そういえば、回廊から見える中庭では、二人組が漫談を練習していたり、何人かが一輪車を、ぐるぐると練習していたりした。
「24日の降誕前夜祭の
「4日後ですか。それは楽しみ」
魔女は、ちょっと浮き浮きしてきた。にぎやかな降誕前夜になりそうだ。静かな冬休みを切望していたのに、我ながら勝手なものだ。
(いや、魔女とは本来、勝手なものだ)
そう、心で言い訳した。
「……アドベントカレンダーの小箱は、あと4つか」
ぼそりと王子がつぶやいた。
「そうですね。長いようでしたが、割と、あっと言う間でしたね」
「この降誕祭が終わったら、森へ帰るのか」
「冬休みも終わりですからね。森も雪に閉ざされますし」
「……」
王子が考え込む仕草をした。そばで、ヌイサンも同じ仕草をするので、魔女はおかしくて仕方がない。
「お前、そんなふうに笑っていると、本当に10代の女子のようだな」
「本当に、っていうところがむかつきますわ、王子。魔女は生涯、現役女子だと言ったでしょ」
「魔女――」
「あっ、王子、ここにいらしたんですね」
せかせかと兵士が近寄って来たので、王子の言葉は途切れた。元伝令役の男だ。
「余興の予選会がはじまります。どうかお席へ」
「もう、そんな時間か。魔女も来い」
各国の風習を照らし合わせて非礼がないように、余興はチェックしておく。
余興をする芸人にとっては、このSCに演者として選ばれることは名誉であった。実際、いちばん喝采をあびた芸人は、金貨一袋を王家から贈られる。次の年のSCおよび、小規模な宴会におけるシード芸人としてエントリーされる。そういう
第2王子である王子は、そのイベントの総括をまかされている。
魔女は王子とともに、上座の〈審査員席〉と書かれた長テーブルに案内された。
テーブルには、色とりどりの小さな焼き菓子の皿が並び、そばにはお茶を
(わぁ、気が利いている)
魔女は、ごきげんになった。
当然のごとく、王子のそばにはヌイサンがいた。王子が侍従が引いた椅子に座ると、ヌイサンは、王子の右側に透明な椅子があるかのように空中に座った。
魔女は笑いをこらえて、王子をはさんで左側の椅子に座った。
「では、はじめます」
元伝令役の男が司会進行役だ。
部屋の脇から、人形を抱えた役人姿の女芸人が現れた。
「昼の部、1番、ケンちゃんとおねえさん、です」
『
人形がしゃべった。
「腹話術か」
王子が腕組みをした。隣のヌイサンも腕組みした。
「ケンちゃん、道路を渡るときのお約束、三つあるの、知っているかな」
『エー、
「ひと~つ、一人で飛び出さない」
『ウンウン』
「ふた~つ、
『
ケンちゃんが手を挙げた。
「
「う~ん、
王子が眉根を寄せる。
「内輪なら笑えるネタも、
ケンちゃんとおねえさんは、がっくりと肩を落とした。
「内輪の慰労会には採用しよう。楽しい降誕祭を」
王子の
次から次に審査は続いて行く。
王子は、どの芸人にも発表の場を用意しようとした。あんまりにもの場合は、即、国外退去だ。
けっこう真面目に審査に取り組んでいる王子の横顔を見て、魔女は感心した。
こんな仕事を、ずっとやっているなら、アドベントカレンダーで癒されたくもなるかもしれない。
「明日の21日のアドベントカレンダーは王子が開けていいですよ」
審査が途切れたときに、魔女はつぶやいた。
「そうか。じゃ、この調子で22日の小箱も開けさせてもらうぞ」
「もう、どっちでもいいですよ」
魔女は本心、そう思っていた。
「
中庭では、合唱の練習がはじまったらしい。
風にのって聖歌が聞こえて来た。
――オ スァクルム コンウィウィウム!
(おお、聖なる饗宴よ!)
イン クゥォ クリストゥス スミトゥル
(我らが神を拝領する
「魔女」
崩れやすい大きめの焼き菓子に食いついた魔女の口元に、王子はナプキンを差し出した。
魔女は、口いっぱい頬張った焼き菓子が収まる間、王子の青い目を見つめた。王子も魔女の目を見つめた。
「名前を知らないと不便だ。寝グセの黒髪魔女」
「『クセっ毛』です。王子。――わたしも王子の名前を知らないのは不便だなとは思っていました」
魔女の
そして、芸人の控室では、先に審査を受けた者たちからの情報が回っていた。
「今年、初参加の、毛がふっさふさの審査員が、いちばんキビしいらしいぞ」
「黒髪のクセっ毛の女子審査員は、何言っても笑ってくれる。勇気、もらえる。あの方が第2王子の今年の恋人かい?」
そんなふうに言われていることを、魔女も王子も知らなかった。
誰も未来はわからない。
残りのアドベントカレンダーに何が入っているのかも、わからない。
わかっているのは、これからも、魔女と王子の心模様次第だということだけ。
ボッチノ森の魔女の家の暖炉では留守を守る
『
己の周波数を合わすと、天気予報が流れてきた。
『――冬型の気圧配置が強まり、今季最強の寒波が襲来するでしょう。
要するに天気が崩れる。吹雪になる。ドカ雪が降る。
『
ぱちん、ぱちんと、
〈了〉
〈参考サイト〉 スーパーサボテンタイムの中の
『ラテン語の学名の読み方をカタカナに変換するプログラム』
※言語変換については、まずグーグル翻訳を頼り、自分の耳で音声確認、
カタカナ表記にすべく、参考になるサイトを検索。
サイト主さんに参考にした了承までは取っていません。あしからず。
魔女と王子の冬休み〈アドベントカレンダー2024〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm
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