22:50 に起きたこと




2週間前。







『彼女』の部屋にいる。


2階の角部屋は、リビングの窓から白く柔らかい陽が差し込み、


年齢相応に感じるこじんまりとした部屋は整理整頓されていて、それでいて無機質では決してなく、


清潔で、それが嫌味になっておらず、訪れたものを心地よく受け入れている。


彼女の人間性がよく現れた部屋だと思う。


目を閉じた。


この部屋にいるだけで、彼女に抱きしめられている感覚になる。


窓から差し込む陽の光が、そのまま彼女の体温に感じる。


百合は手を広げ、息を吸い込んだ。


リビングで一人陶酔していると、『お腹を壊した』とお手洗いに行っていたこの部屋の主人がリビングに戻ってきた。


「ごめんなさい百合さん。せっかく来てもらったのに……」


「んーん。こちらこそごめんね突然お邪魔しちゃって。この後彼氏とデートでしょ?」


「ああ。はい。えへへ」











1週間前


武藤の背中を、百合が抱きしめている。


武藤の体躯から、太い杉の木に松の木が絡まっているよにも見える。


武藤は目に、大粒の涙を溜め、「ウ……ウ……」と嗚咽を漏らしている。


「……俺と過ごした数年は、嘘だったってことか」


「……」


百合は答えない。何を言っても、武藤を傷つけることになる。


「悔しいよ」


「……」


「何が悔しいって、お前を軽蔑できないのが、悔しくて情けなくて……」


「……ねえ、じゃあ、一緒に地獄に落ちましょうか。」


百合は、後から、武藤の耳に囁いた。


「……どういうことだ」


「殺してほしい人がいるの」


「え」


「…… ……、この住所に22:30過ぎに来る女の、幸せを壊してほしい」






○●○


22:50分



「大丈夫ですか?」


……知らない女が俺に声をかけた。

一目で分かった。『こいつ』がそうだ……


どうする、殺るか。

百合がこいつを刺す前に、

俺がその細い首を、一思いにへし折ってやろうか。


手を出しかけて、百合の『幸せになって』と言う言葉を思い出した。


思わず涙が滲む。


「触るな!!」


ボヤッと歪んだ女の顔が見えた。


俺はそいつの手を振り解いた。そして、あることを決めた。俺の幸せが、今はっきりわかった。


決意した途端、吐き気が治まった気がする。


足早にそいつの前から去る。後に女を感じながら俺はつぶやいた。


「馬鹿野郎が……。お前が良い子などと絶対認めるか。

 ……俺なんかに話しかけやがって。その偽善が、百合の気持ちを弄んで、苦しめて、俺の未来を台無しにした。

 お前みたいなのをアバズレって言うんだ。

 地獄に落ちて当然だ。

 俺は……これからも、お前が好きになった男を、一人づつ地獄に落としてやる。

 自分のアバズレ具合を死ぬほど後悔しろよ……」


 

輪郭のぼやけた街灯の明かりが、

男と女の住む世界を切り分けていた。








22:50 に起きたこと   了









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