武藤



1週間前。






「…… ……違う理由があるんじゃないか……?」


武藤は、前々から封印していた感情を、ついに百合に向かって解いた。


「え?」


「俺と一緒に行けないんじゃなくて…… ……違う理由があるからだろう!? そうだろう!?」


「……何を言ってるの?」


百合の目の中の、黒い面積が広くなっていく。図星なのである。


武藤は、その目を見届けると、机に突っ伏した。武藤の内面の空を覆い尽くす、絶望の形であった。


「武藤さん?」


「気付きたくなかった。こんなことは。俺が本気でお前と向き合ったら、お前の気持ちが変わってくれるって、どこかで信じてたんだ。

 でも、駄目だったんだな。」


「ねえ、何? 私がなんだっていうの?」


「薄々、気がついてて、それを認めたくなくて俺は、見ないふりをしてたんだ……お前が……

 お前が……男を愛せないってことを」


「……」






…… ……


2時間前。


武藤だ。俺は武藤。好きに呼べよ。


自己紹介を求められた時、どう答えたらいいかわからず


「武藤です」と答えた。


「武藤さん! いいカラダしてっすね! 格闘技か何かやってんすか!?」


「特には……」


狭い部屋で、三人の男に囲まれている。皆、ひとまわりは若い。

言われていた人数より、一人多いが、他と変わらない。ただのガキだ。


……こうしてみても、全員、ただの子供にしか見えない。これから、ロクでもないことを企ててる集団には見えない。


「これは……武藤さん期待大ですねー。タッパあるしチンコでかいでしょ。田井中よりでかいかもよ?」


「マジすか。見せてもらっていいすか?」


「はあ……まあ、後で」


ちんこの話題如きで、ピーチクパーチク騒いでいる。やはりただのガキどもだ。


危うく、目的を見失うところだった。


「あ、そうだ。酒とか、クスリとか用意してるんで。よかったら武藤さんもどうぞ。

 時間までどうしようか? 気分高めとく?」


……思わず顔が見れなくなった。

俺は今から、この鬼畜どもを殺す。自動的に俺の人生も終わる。


でもそれが何だというのか。

百合と添い遂げられない人生など、このガキどもの人生と一緒だ。価値などない。


これはけじめだ。想いを断ち切るためのけじめ。

人としての本道を外れてしまった、そんな女を想ってしまったことに対するけじめ。

彼女と過ごした数年間を、何でもないものだったと自分に刻み込むためのけじめ。


本気で百合を愛してた。この気持ちの前では、お前らの命など、秤にかけることすらおこがましい。

……悪いな。





…… ……







22:50





「中央25から警視庁」


「中央25どうぞ」


「犯人確保。なお、……被害者は3名。脈、呼吸共になし。22:50分全員死亡を確認。どうぞ」


「犯人確保。被害者全員死亡確認了解。どうぞ」






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