百合の花

5日前。





「私も、あなたと同じこと思ってた。(微笑を浮かべ)正直ね、大嫌いなの」


百合は裸のまま、ベッドの上でタバコを取り出した。


悟が気を利かせて、換気扇を回し、ライターで百合のタバコに火をつけた。


「あー。でも、なんかわかるっす」


悟が火をつける姿を見て百合は、子犬のような生き物を想像してしまった。


少年っけの残る、悪人。


「お酒飲む?奢るわよ」


「え、いいんすか?ここのホテル代もお世話になっちゃったのに」


「いいのよ。満足させてもらっちゃったし。

 冷蔵庫に入ってるものでいい?」


「いいすよ」


百合はベッドの脇の、ミニバーからグラスとウイスキー、炭酸水を取り出した。


「ねえ、美里ちゃんから聞いたんだけど」


「なんすか?」


「あなた、変わった趣味を持ってるんですってね」


「?」


「女の子を、彼氏が見てる前で大勢の男がいじめるってやつ」


悟は思わず、大きくむせ返った。


百合は気にせず、グラスに氷とウイスキーを入れて、少し指でかき混ぜて口に含んだ。


「(咳き込んで)……それ、本当に美里が?」


「ええ。もしかして隠してたの?甘いわね。脇が」


「参ったねこれは……」


百合は、ウイスキーで口をゆすいだ。そして、そのままゴミ箱に吐いた。


「……ねえ、悟くん? いい話があるんだけど」


「今度はなんすか」


「ふふ。今日のこれなんかよりも興奮するかもよ?」





…… ……






5分前。


「……なんでここにきた」


「最初からこうするつもりだったの。その刃物ちょうだい。私の指紋をつけるから」


「約束が違うじゃねえか! 俺が殺すのは……」


「違わないわ! 貴方は私の望みを叶えてくれた。 

 ……あなたは今日ここには来なかった。

 全部私が済ませておくから。貴方は幸せになって。これが私からのせめてもの……今までのお礼よ」


「お前はどうするんだ!?」


「どうもこうも、ここで彼女を待つわよ。

 そこから先はそうね……私にもわからないわ。さ、行ってそろそろ彼女くる頃だわ。行って! さあ!!」


…… …… ……




「…… ……ケダモノを始末しました。

 自分が殺しました。場所は世田谷区大原です」








………………



30秒前、



頭の中がこれ以上ないほど散らかっていた。


今になって、自分は何か、とんでもないことをしたのではないか後悔した。


俺は何をした……?


これが本当に正しいことだったのだろうか?


今朝までは、これが俺のためで、彼女のためだと信じて疑わなかった。


なのに今になって、全身が臭う。臭さにむせかえる。全身が凍るほど寒い。数分前の光景が、悪い夢のように思えてならない。


「あああ!!」


コンクリートの壁を蹴った。唾を吐いた。

電信柱に頭をぶつけてみた。悪夢は覚めない。現実は変わらない。


あいつは…… 百合はなんでこんなにも……


俺と結ばれるより、『あんな奴』のために罪を背負って人生を台無しにすることを選んだ。

それがどうしても納得が行かない。どうして、どうしてなんだ。



電信柱に体重を預けた……


「大丈夫ですか?」


……誰かが俺に声をかけた。

一目で分かった。『こいつ』がそうだ……


「触るな!!」


俺はソイツの手を振り解いた。

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