第9話:異邦人の覚悟
冒険者ギルドに併設されている酒場で酒盛りに興じる冒険者たちを眺めて待つことしばし、受付嬢は俺の予想よりもだいぶ早く戻ってきた。
わざわざギルド長と相談が必要なレベルなら、もっと議論の時間を要すると思っていたのだが…。
「こちらへ」
案内されたギルド長の部屋に一礼して踏み入ると、応接室風のソファに腰掛け、ローテーブルに置かれた二枚の羊皮紙を見下ろして腕を組んでいる精悍な老人が俺を迎え入れた。
「座ってくれ」
端的に告げられた言葉に従い、俺は老人の対面に腰を下ろす。
「お前さんたちのタレントを羊皮紙に焼き付けたものだ。タレントは、冒険者の切り札になりうる能力であり、また場合によっては急所にもなりうる。読んだら火炎魔法で羊皮紙ごと燃やせ」
そう言って老人が差し出してきた羊皮紙の片方には「ネームレス」もう片方には「ユーニ」と記されていた。
どうやら、この世界での俺はネームレス、つまり名無しらしい。
そういえば冒険者登録の時にも名前を名乗る前に他の話になってしまったな。
…今からでも登録できるものだろうか。いや、明らかにそれどころではないか。
俺は羊皮紙の内容に目を通した。
俺のタレントは「鏡写しの超越者」というものらしい。
一度でも見たことがあれば、タレントや職業の技能、果ては固有能力までをも自らのものとして使える、という能力で、1度に1つしか使えないような制限もない。
どころか、いわゆるアクティブスキルをパッシブスキルに変換するとか、その逆のような、コピーした能力の変質も可能らしい。
どこからどう見てもチート能力である。
女神の恩寵の正体はこれだと断言してまず間違いない。
俺が最初から魔術を使えたりアースドラゴンベビーを殴り殺せたりしたのは、あの場で熟練の冒険者の死体を見たりアースドラゴンベビーを見たりしたからということか。
そんなバケモノ能力があるなら、なるほど職業などどうでもいい。特殊能力がある職業を自ら極めずとも、誰かを見ればよいのだ。
ならば職業など何でもいい。盗賊技能のためにパーティに一人入れたいが、他に何の技能も習得しない盗賊でいい。
レベルアップが早いぶん、レベルを参照するような技能や能力が強くなるのだから。
一方、ユーニのタレントは「茨の道を歩む者」という。
就ける職業が最上級職に固定され、必要経験値が著しく増えるペナルティを受けるが、職業をマスター(ユーニの場合でいえば姫騎士の習得可能な全ての系統の魔術と、剣士系のスキルを残さず覚えること)した時、「鋼の魂を持つ者」というタレントに変化するようだ。
鋼の魂を持つ者はかなり強力なタレントのようだが、辿り着くまでが苦行すぎる。
最上位職の一つである姫騎士は、3系統の魔術を行使できる剣士、という万能型ではあるが、その実、レベルアップが遅すぎてどのスキルも覚えたころにはさらに上位の魔術やスキルを仲間が使える状態が続く地雷職。
最上級職全般に言えることだが、経験値を多く獲得できるようなタレントでも持ち合わせていない限り、そもそもが修羅の道なのだ。
そりゃ、盗賊の俺がレベル10上がる間に1レベルしか上がらないわけだ。
そこまで考えて、俺は一つの疑問にとらわれた。
「…なぜだ」
なぜ俺は、「茨の道を歩む者」のタレントの影響を受けていないんだ。
「鏡写しの超越者」で、コピーしているのではないのか。
俺は2つの羊皮紙を火炎魔術で焼き尽くしてから、ギルド長の老人に頼んだ。
「能力を鑑定する魔道具を貸してもらえますか」
「自分を、見るんだな」
俺の行動は予想の範囲内だったのか、ギルド長はすでにタブレットのような魔道具に俺の能力を映し出した状態で差し出してきた。
「俺の予想が正しいなら…あった」
すでに20近いタレントをコピーしている中にあった、一つのタレント。
「鋼の魂を持つ者」。
盗賊は、レベルアップが早いだけでなく、そもそも、最初から習得している盗賊技能以外のスキルがない。
盗賊技能自体はレベル依存で精度を増すらしいが、ともかく、盗賊はレベル1がマスターレベルにあたるのだ。
だから、俺がコピーした「茨の道を歩む者」は、即座に「鋼の魂を持つ者」へと変貌した。
そうでなければ、俺は能力変質によって、職業選択のタイミングで「茨の道を歩む者」を一時的に無効化している。
「……大体わかりました」
俺は少なからぬ絶望を感じながら、能力を鑑定する魔道具を返した。
あまりにも強力な神の恩寵を持つ俺と、職業とタレントの組み合わせが絶望的にデメリットを拡大しているユーニでは、これからの成長速度に絶大な差が出てしまう。
それを理解してなお、俺は、自分を鍛えて高みを目指すのではなくユーニを育てると、言い切れるのか。
間違いなく、それは愚かな選択だ。
投資として神に与えられたと想定される恩寵、それを生かさないのは、俺に恩寵を与えた神への背信だ。
それでも。
そう。それでも、だ。
「腹は、決まったようだな」
俺の表情を見てそう言ってくるギルド長に、俺は一つ、うなずきを返した。
「それでも俺は、彼女の師匠です」
俺は神の恩寵で自らの力を増し、いつしかこの世界の悪の根源にたどり着いてそれを打ち砕き、世界を救うことを期待されていると理解しても、そうする気にはなれなかった。
「それが、
ギルド長はそう言った。
きっと、俺が神の力をもってこの世界に送り込まれた存在だというのは、異常なほど強力なタレントから推測できるということだろう。
だが俺は、仮に
無責任なる異邦人の分際で、それでも賢しらにこの世界について語る舌を持つなら、俺にはたった一つのこだわりしかない。
この世界の行く末は、この世界の人々が自らの意志で選び、行動し、そして勝ち取る栄光の未来か、あるいは、力及ばずに落ちる破局の結末のどちらかであるべきだという、ともすれば青二才の理想論に過ぎないこだわり。
だから、無責任なる異邦人の俺が解決することを、俺は良しとしない。
それよりも、ユーニのような、茨の道を歩む者が自らつかみ取る未来を見守ることを、選びたい。
「俺がそうなら、俺がこれを選ぶことにも意味があることを祈ります」
俺は、覚悟を固めて席を立った。
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