第10話:修行、本格始動

「師匠、おかえりなさい」


ずっと素振りをしていたらしいユーニは、戻ってきた俺に一言声をかけてまた、素振りを再開した。


愚直なまでの努力家だ。

彼女ならきっと、茨の道を駆け抜けて、鋼の魂を持つ者のタレントにたどり着けるだろう。


だが、そのためには、こんな訓練では、足りない。


「ユーニ、話がある」


「どんなお話ですか?」


素振りをやめて俺のもとに駆け寄ってきたユーニに、どう声をかけたものか、俺はしばらく悩んだ。


結局、どんなごまかしも無意味だという諦めの境地に至るまで、俺は優に20秒は考えこんでいただろう。


「師匠?」


「ああ、すまない」


不安そうにこちらをのぞき込んでくるユーニに軽く手を振り、そして、俺は全てを正直に話すことにした。


「ユーニのタレントのことなんだが、茨の道を歩む者という、経験値に制約がかかるものだった」


俺が説明すると、ユーニは悲しげに目を伏せた。


「やっぱり、そう、ですよね…」


どうやらレベルの上がり方の遅さについては、もともと感づいていたらしい。


「だから、多くの依頼をこなそうと思う」


俺が続けた言葉に、ユーニははっとしたように顔を上げた。

レベルの上がりが遅い弟子などいらないとでも、俺が言うと思っていたのだろうか。

だとしたら心外にもほどがあるというものだが。


「いいん、ですか? 私を育てるより、もっとすぐ強くなる人がいるってこと、ですよ?」


やはりそういうことを気にしていたらしい。


「それでも俺は、君の師匠だ」


覚悟を決める前の俺なら、あるいは揺らいだのかもしれないが。

もう、俺はその程度で揺らぐようなぬるい覚悟の決め方をしていない。


今の俺にとって、ユーニの師匠であるということは、この世界に俺がいる事の理由そのものなのだ。


「ありがとうございます、師匠」


ユーニは、涙を浮かべて心底嬉しそうに笑った。


「じゃあ、行こう」


俺はユーニの手を取って歩き出した。




「経験値になりそうな依頼、ですか…」


冒険者協会の受付嬢に依頼を見繕ってもらおうとすると、受付嬢は困り顔で考え込んでしまった。


「期待できそうなのは最近発見された迷宮の調査などですが、危険も伴いますし、必ずしも経験値が稼げる保証もありません」


やがて苦し紛れといった様子で受付嬢が提案した依頼は、確かにリスクの見積もりが難しいものだった。


だが、今の俺は、選り好みする時間すらも惜しい。


「ではそれをお願いします。期待できそうなところを片っ端から当たるつもりなので」


俺の答えに、受付嬢は小さく微笑んだ。


「では、迷宮までの地図をご用意いたします」


受付嬢は、すぐに近隣の地図をもってきて、迷宮のある位置に印をつけてくれた。




地図を頼りに森を抜けると、崖に埋まった石造の建造物、といった印象の、分かりやすい迷宮入口が目に入った。


「さて、どんな罠があるわからないし、最大限警戒して進もう」


ユーニにひと声かけ、俺は迷宮に踏み入る。


最初に見えた風景は、何度見ても飽きることはなかった、ダンジョンRPGお約束の、石造りの薄暗い廊下。

首を巡らせれば、横手の通路にドアも見える。

きっとあれは玄室だろう。(ゲーム脳にもほどがある)


「試してみるか」


俺は玄室と踏んだ近くのドアを、開けてみた。


「ぎゃっぎゃぎゃー!」


俺には理解できないゴブリン語かなにかで雄叫びをあげ、数体の緑色の小人が飛び出してくる。


「喧嘩両成敗クラッシュ!」


手近な二体のゴブリンの頭を、シンバルを叩くように激突させ、粉砕する。


「やああっ!」


その傍らで、ユーニは大剣で3体のゴブリンをまとめて叩き切っていた。


レベルやタレントなどという、文字に起こすことができる能力では俺のほうが上だが、今、たたき切ったゴブリンの数はユーニのほうが上。


つまり実戦では、ユーニのほうが強い。


それが、借り物の力に振り回されるだけの俺の限界なのか、ユーニのひたむきさが手繰り寄せた成果なのかはわからない。

きっと、両方だろう。


俺は自らを恥じる気持ちと、弟子を誇る気持ちがないまぜになった心で、玄室のドアを閉めた。


「え、師匠? 何やってるんですか?」


玄室の魔物を倒したら、財宝をあさるのが冒険者のセオリーだ。

だからこそ。


「ちょっと試してみたくてな」


そのセオリーを無視した場合に何が起こるのか。

そんな、動作保証外の挙動に、どうしようもなく興味をひかれたのだ。


再度ドアを開けると…。


「ぎゃっぎゃぎゃー!」


再度、俺には理解できないゴブリン語かなにかで雄叫びをあげ、数体の緑色の小人が飛び出してくる。


「喧嘩両成敗クラッシュ!」


先ほどの焼きまわしのように、手近な二体のゴブリンの頭を、シンバルを叩くように激突させ、粉砕する。


「やああっ!」


その傍らで、ユーニは大剣で3体のゴブリンをまとめて叩き切っていた。

先ほどと、まるで同じように。


「ふむ…」


俺は、あまりにも先ほどと変わらない結果、どころか途中経過に、違和感を覚えた。

俺は現在の自分の経験値を確認し、記憶した。


「もう一度やってみよう」


そして、今度同じ敵が出てきたら蹴りをぶちかまそうと強く心を決め、ドアを閉じ、開ける。


「ぎゃっぎゃぎゃー!」


あまりにも変わりなく、俺には理解できないゴブリン語かなにかで雄叫びをあげ、数体の緑色の小人が飛び出してくる。


「喧嘩両成敗クラッシュ!」


蹴り倒そうと誓ったにもかかわらず、俺は手近な二体のゴブリンの頭を、シンバルを叩くように激突させ、粉砕する。


「やああっ!」


その傍らで、ユーニは大剣で3体のゴブリンをまとめて叩き切っていた。


ここまでは想定通り。

そして、経験値は…増えていた。


「これは、使えるな」


どういう原理かはわからないが、玄室を開け、魔物を倒し、財宝を手に入れなかった場合、ドアを閉めて開きなおすと、固定された、全く同じ戦闘結果が繰り返されるらしい。


つまり、無傷で勝利した場合には、その場でドアを開け閉めするだけで経験値稼ぎ放題だ。


俺はユーニから正気を疑うような目で見られながら、何度も何度もドアを開け閉めしてゴブリンを虐殺し続けた。

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