第2話:転生者は無職
目の前に差し出された物の大きさに、少女は目を見開き、そして、いやいやをするように首を振った。
「わ、私、そんなの、入りません…」
どうやら大きすぎたようだが、困ったな。
「そのうち体が慣れるさ」
俺はそっと少女の頭を撫で、それを彼女に握らせる。
「大丈夫。緊張しないで。深呼吸をしてから、ゆっくりでいい。今回はこれが最後だから、あと一息、頑張ろう」
努めて優しく告げ、俺は少女が動くのを待った。
「あ……んむっ!」
少女は目を閉じ、大きく口をあけてそれを口に含み…。
「こ、こんなに食べたら動けなくなっちゃいますよぉ…」
咀嚼し、嚥下したあと、涙目で俺に抗議してきたが。
「だめです。しっかり食べられない子は強くなれません」
俺はその訴えを無視する。
この世界では食べ物にも経験値が存在するので、食事はものすごく直接的な修行なのだ。
「さあ、腹ごなしにまずは散歩に行こうか」
食事を終えた少女の手を引いて、俺は席を立った。
少女の師匠になってから数日。
街につくまでのこの期間、幼い体に無理に詰め込まれた戦技や魔術の修行の数々によって、常に固く緊張していた少女の体をほぐし、最低限しか食事や睡眠をとろうとしない、ブラック企業戦士のような生活習慣を改めさせるという方向性は適切であったのか、初めて会った時に比べて少女の顔色は目に見えて良くなっている。
街に着いて、アースドラゴンベビーというバケモノだったらしい巨大爬虫類の死体(収納の魔術に詰めて運んできた)を衛兵に渡し、褒賞として大量の金貨を受け取った後すぐに向かった食事処で少女に食べさせた食事の量は、少女にとっては多かったようだが、俺の目線でいえば、とても十分とは言えない程の少量。
育ち盛りの子供の食事として、肉体労働者の食事として、明らかに不足していた。
一体どこの誰が、こんな非人道的な食事量とモンスターとの戦いなどという命がけの労働をこの少女に強いたのか。
見つけ出して顔面に膝蹴りを叩きこんでやりたいが……。
やはりここは初志貫徹、少女の親に文句を言ってやろう、などと考えたところでようやく、俺はこの少女の名前を知らないことに気が付いた。
ここ数日、毎日ストレッチを強要しておきながら名前すら知らなかったとは。
不覚、というやつだ。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったな」
問われてすぐ、少女は、あっ、と声を漏らした。
「す、すみません師匠…申し遅れました…ユーニ・コンフリートともうしましゅ! …いひゃい…」
焦って名乗った結果、姫騎士少女ユーニは舌をかんだらしい。
「すまない。俺も名前にまで気が回らなかった。君の家は、この町にあるのか」
その頭を努めて優しく撫でながら、俺はユーニに訊ねる。
ユーニは、困ったように笑った。
「育った孤児院なら…」
彼女は孤児だったようだ。まずいことを聞いてしまったかもしれない。
彼女が無理をしてでも強くなろうとしていたのは、生きていくためか。
そして、食事量が少なかったのも、単にそういう育ちだから。
誰かが強いたわけではない。先ほどの俺の怒りは的外れだ。
…そうなると、食わせてやるのは大人の務めだな。
「君は冒険者なのか」
この質問には、首を縦に振るユーニ。
「はい。最上級職の姫騎士の適性があったので…」
最上級職。
その単語に、俺は嫌なものを感じた。
俺をこの世界に放り出した女神の言葉を信じるなら、この世界を支配する法則はいわゆるダンジョンRPGに近いもの。
もしそれが職業にも適用されるとすると、上級職は強い職業という意味ではない。
基本職は一芸特化で成長が早い。
上級職は多芸だが悪く言えば器用貧乏で成長が遅い。
そういうものなのだ。
ならば最上級職とは何を意味するか。
めちゃくちゃ多芸な代わりに、成長速度がナメクジじみた遅さに達している可能性が高いのだ。
もしそうなら、彼女を強くするには、尋常でない経験値が必要ということになる。
つまり、彼女を食わせていくための稼ぎは、当面の間は彼女を戦力に数えず、俺が単独で稼ぎ出さなければならない。
当面の生活費は、例の巨大爬虫類の死体を売った金で賄えるとしても…。
やはり、仕事を探すべきだ。
俺は少女とともに冒険者ギルドに向かい、俺自身の冒険者登録を行うことにした。
そういうわけで、見たことがないはずなのにみょーに馴染みがある冒険者ギルドで冒険者登録をしようとしている俺は、現在、重大な問題に直面している。
職業を何にするか、だ。
冒険者ギルドに据え置かれているパンフレットを読む限り、職業によって人の能力はほぼ決まると言っていいくらいの能力ブーストがあるようだ。
記載を信じるなら、職業につかなくても武器が握れないわけではないが、戦士系の職業を高レベルにすれば、無職が1回剣を振る間に10連撃できる、というくらいの著しい差がつく。
世界がそういう法則に支配されている以上、職業選択はとても大切だ。
そして、往々にして、職業には当たり外れがある。
たとえば、すべての職業で攻撃回数上限は10連撃というゲームで、武器に制約があるが攻撃回数が多い(攻撃回数の成長が早い)という職業はどうか。
当然、序盤は活躍できるが、他職が攻撃回数で追いついてきたら、別の強みがないと厳しい、ということになるだろう。
逆に、レベルを上げまくれば強いが、育てるのが苦行、というのもそれはそれでいただけない。
ゲームじみたこの世界で生きるからには、そういうことを総合的に評価して強い職業を選びたいが、残念なことに、職業の説明はかなり簡素なものにとどまっている。
つまり、そこを調べるところからということになるわけだが…。
調べるといっても、資料がなければ必要なのは実験だ。
そして、俺の実験のために自らの体を差し出すような被験者がいるわけもなく。
俺は自分の体で人体実験をしなければならないということになるわけだ。
くそ、手詰まりか…。
「あの、随分悩んでいらっしゃるようですが、とりあえず、能力を鑑定されてはいかがでしょうか」
あまりに考え込みすぎたのか、冒険者ギルドの受付嬢に声をかけられてしまった。
だが、彼女の言葉は正論だ。
当たりの職業が分かっても、それに就けないのでは意味がないのだから。
「では、お願いします」
鑑定してもらうと、冒険者ギルドの受付嬢は鑑定用の魔道具らしい、水晶の板が木材で囲われたタブレットのようなものを操作しながら興奮気味に目を見開いた。
「おお、どの能力も高水準ですよ! それに、自動回復に全異常無効化、タレントまであるなんて…逸材ですよあなた!」
どうやら能力が高いばかりかおまけもついているらしく、幸先は悪くない。
「では、推奨される職業は」
「あなたのタレントの詳細を確認しますね」
訊ねると、受付嬢はタブレットもどきを操作し、俺の能力の詳細を確認し始めた。
こうして能力のすべてを他者が閲覧可能ということは、冒険者ギルドを敵に回してはならないということでもある。
俺の能力のすべてが筒抜けなら、確実に俺を倒せる戦力をそろえることもまた可能なのだから。
「…なにこれ。え?」
受付嬢の反応を見るに、どうやら、俺のタレントとやらは一般に知られていないものだったようだが。
「ええと、ですね、盗賊一択です。いい意味で」
十分ほどかけて詳細を読み込んだ受付嬢は、ひきつった笑顔でそう言った。
この様子では、本当にいい意味なのかは、疑いの余地があるが…。
「そうですか。では、盗賊でお願いします」
まあ、最悪の場合にはあとで転職すればいいや、と開き直り、俺は盗賊となった。
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