姫騎士調教中~あの、卑猥な声出すのやめてもらえますか~

七篠透

第1話:姫騎士の嬌声

目の前に、大きく股を開いて息を荒げた幼い銀髪美少女がいる。


「はぁん…もう、無理ですぅ…」


「何を言っているんだ? これからが本番だろう?」


俺はその言葉に取り合わず、苦しそうな少女の腰に手を添えた。


「また…するんですか…?」


怯えた瞳で俺を見る少女に、俺は笑顔を作って答えた。


「あと7回はするからな」


少女の顔が絶望で彩られる。


「そ、そんな…わらひ…壊れひゃいましゅ…」


命乞いにも聞こえる弱弱しい哀願を無視し、俺は少女の腰をゆっくりと押した。


「君は体が硬いんだから、しっかり腰回りのストレッチをしないと逆に体壊すぞ」


苦悶の力みが彼女の関節に悪影響を出さないように、力加減には細心の注意が必要だ。


「ら、らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ♡」


なんでこの姫騎士は、訓練前のストレッチでこんな卑猥な声を出すのだろう。

この世界では、姫騎士とは娼婦のことなのだろうか。


なんで、こんなことになったんだっけ。

俺は記憶をさかのぼった。




ダンジョンRPGというものをご存知だろうか。

ウィザードリィ系、と表現すれば伝わる、という人もいるかも知れない。

国内の有名どころで言えば、エルミ〇ージュとかジェネレー〇ョンエクスとか剣と魔法と〇園モノとか、そのへんだ。


急にこんなことを言われて戸惑うのもわかる。

だが、これには理由があるのだ。許して欲しい。


俺は生前によほどの徳を積んだらしく、死んだと思った矢先「地球人きちゃ! 日本人きちゃ! 廃ゲーマーきちゃぁぁぁ! これで勝つる!」と意味不明なハイテンションさを見せた女神様にちょっと転生者やってこい、くらいのごく軽いノリで、そういうゲームじみた法則に支配される世界だから君なら攻略できる、という雑な励ましの言葉とともにに放り出されたのだ。




放り出された先は、戦場。


誰のものかもわからない腕が目の前に転がり、バスくらいのサイズ感の爬虫類が前足で人を殴り飛ばすというショッキングな光景が、何の心の準備もできないままの俺の目に飛び込んできた。


見事な放物線を描いて宙を舞った鎧姿の小柄な人影が、ズシャア! みたいな音を立てて俺の足元に落下する。

痙攣しているので、生きてはいるようだが…。あと数秒の命だろう。

なにしろ、巨大爬虫類はすでにこちらに突進してきているのだ

このままでは、俺も轢き潰されて即死だ。


「に、逃げ、て…」


足元から聞こえてくる声に目を向けると、まだ息があった少女が、吐血にまみれた顔で必死に俺を見上げていた。

かわいらしい顔も、丁寧にとかせばさぞきれいなのだろう銀髪もすべてが土と血にまみれて台無しだ。

自分も痛くて苦しくてたまらないだろうに、この幼い少女は戦場に急に迷い込んできた俺の身を案じているらしい。


…こんな小さな子供が。

…命を懸けて大人である俺を守ろうとしている。


その事実を認識した瞬間、俺の中に何かの火がともった。

その熱は体中を駆け巡り、一気に俺の脳髄を沸騰させる。


「クソッタレ!」


計画も勝算も理性もなく、ただ、腹の底から湧き上がる熱に身を任せ、俺は巨大爬虫類に向かって踏み込んだ。

熱の正体など、知れている。


怒りと憎悪だ。


子供が大人を守って死ぬなど、あってたまるか。

そんな現実を認めてたまるか。

そんな現実を許してたまるか。


大人である俺が、子供である彼女を守って死ぬのだ。

そうでなければならない。

そうでなければならない!


だから、無駄な抵抗だろうと、せめて一矢報いて死ぬ。


そのために突き出した拳は、当然のように爬虫類の頑丈な鱗に阻まれ、拳のほうが砕かれるという結末を迎える…はずだった。


「…は?」


予想とは裏腹に、俺の拳に撃ち抜かれた巨大爬虫類は、頭蓋を砕かれ、頭部を大きくへこませて、斃れた。


転生者特典とかそういうやつか。

命拾いしたぜ。


安心感からへたり込んだ直後、首筋に視線を感じた。


振り返れば、息も絶え絶えのありさまで、それでも、確かな生命の熱量を感じる瞳でこちらを見ている、鎧姿の少女。

随分と幼く見えるが、こんな子供を戦場に出すような親には、一言言ってやらねばなるまい。


そのためには、この少女を見殺しにせず、保護して連れ帰ったという実績くらいは必要だが、転生者特典に回復系の魔術なんかはあるだろうか。


そう思った直後、脳裏に魔術の一覧が浮かんだ。

どうやら、回復系の魔術もあるらしい。


俺は立ち上がって少女のもとに歩み寄り、手をかざし、目の前の対象一体を完全に回復させる魔術を使用した。


「…痛みは、ありますか」


問いかける俺の言葉が耳に届かなかったのか、少女はしばらくぼうっと俺を見つめ、やがて、独り言のように口を開いた。


「かみさま…」


俺は勢いよく振り返った。

俺をこの世界に放り出したやたらとノリが軽い女神が後ろにいるのなら、文句の一つも言わねばならない。


が、誰もいなかった。


数秒考え込み、周りの惨状を見渡し、おそらくは精鋭の戦士を集めて討伐しようとして手も足も出なかった巨大爬虫類を一撃で殴り殺した俺を神と勘違いしている可能性にようやく思い至った。


「俺のことを言っているのなら、ただの人間ですよ」


苦笑する俺の目の前で、少女は勢いよく正座し。


「お願いします! 弟子にしてください!」


それはもう勢いよく土下座した。




それから数日、少女から逃げ回っていた俺だが、貞操だろうが何だろうが差し出すとまで言い出した少女に自分を大切にしろと言ったら、師匠としての言葉なら聞き入れると意地を張られ、根負けして、姫騎士という職業であるらしい少女の師匠になることを受け入れたのだが。




そこまで思い返した俺は、開脚前屈の補助に込めていた力がいささか過剰になってしまっていたことを自覚し、慌てて少女から手を離した。


が、すでに遅かったらしく、少女はつぶれたカエルのように地面に伸びたまま、動けなくなってしまっていた。


「し、師匠の調教…激しいですぅ…」


…この姫騎士様、修行を調教と表現する卑猥な文化の育ちみたいなんだよなぁ…。


俺は死んだ魚のような目で、空を見上げた。

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