第8話:タレントという見慣れない要素

「そう、そこを握って、おっと、力を込めすぎだ。小指は強めに、他の指の力は弱めにするんだ」


後ろから小さな少女を抱きすくめるような姿勢で、俺は少女の耳元でささやく。


「右手は添えるだけという気持ちで…そうそう。上手だよユーニ」


少女の手の上から自分の手を重ね、一緒に棒を握りながら、力加減を微調整する。


「こ、こう、ですか?」


握ったまま手を上下させ、動きの感覚をつかもうとする少女にうなずき、俺は少女から離れた。


「両手で剣を扱うのって、思ったより難しいんですね…」


姫騎士少女ユーニは困ったような顔で、しばらく素振りを続けた。




とんだ変態だった金髪姫騎士リーゼを撃退した後、ユーニの元に戻った俺は、いつものストレッチやツボの刺激などを終えた後、ユーニの希望で両手剣の扱いの訓練を行うことにした。


おそらく、自分の身を守るための防具である盾を捨てて、敵をより早く、多く倒して仲間を守れる大剣を使いたいということなのだろう。

盾を使って仲間を守る方法もいろいろあるのだが、まあそれは置いておいて、多くの選択肢を持つこと自体は悪くない。

器用貧乏になっていくという批判もあるだろうが、もともと姫騎士が器用貧乏の塊なのだから、器用貧乏になることの心配をする暇があったら器用貧乏を極めて器用万能を目指すくらいの覚悟を持つべきだろう。


とまあもっともらしい言い訳を試みてみたが、実のところ、健康法くらいしか教えていないダメ師匠である俺は、せめて本人のやる気を尊重するしかないのだ。


「そう言えば、出会ったときから数えるとレベルいくつ上がってるんだ?」


「アースドラゴンベビー戦前で4、直後で6、今朝のブルホーンで7です」


レベリング自体は順調なようで何よりである。

アースドラゴンやブルホーンの群れの経験値はかなり美味しかったようだ。

問題なのは、現時点の俺のレベルが11だということ。


基本職でレベルアップが早い盗賊が姫騎士のレベルを追い越すこと自体は別におかしくない。

しかしいくらなんでも、そのペースが速すぎる。

俺が盗賊になったのは、ユーニがレベル6の時だ。

つまり、ユニコーンデストロイの経験値がイカれ散らかしてでもいない限り、ブルホーン数百頭の群れを消し飛ばした経験値で、ユーニのレベルが1上がり、俺のレベルが10上がっている計算になる。


いくらなんでも、そこまで必要経験値が違うというのは考えにくい。


と、なると、今後の育成方針をちゃんと組み立てるためには、俺とユーニの個人差を調べるべきか。

タレントとやらの事を真面目に調べたほうがいいのかもしれない。


「しばらく素振りを続けて感覚をつかんでくれ。少し調べものしてくる」


「はい!」


俺はユーニを宿屋の庭に残して冒険者ギルドに向かった。




「あ、調教師さん、お待ちしておりました」


迎え入れてくれた冒険者ギルドの受付嬢は、何か俺に用事があったらしい。


が、それよりも気になるのは、受付嬢が発した単語。


「調教師?」


何やら不名誉な二つ名が俺につけられているらしい。


「調教、してますよね? ユーニさんを」


いたずらっぽく笑う受付嬢に、俺は深いため息をついて見せる。


「あれはユーニが修行をなぜか調教と呼んでいるだけで…」


俺の弁解を遮り、受付嬢は小さく笑った。


「うふふっ、存じ上げております。その、ユーニさんが昔いた孤児院は、娼館とつながりがあって、仕事を覚えるという意味では、ユーニさんにとってその二つに違いはないんです」


どうやらユーニは俺が思っていたより、育ちが悪かったらしい。

今後はそういう方面のケアも必要だろう。だが。



「そんな事情が…いや、失礼。何か俺に用事でしたか」


今は、ユーニのことよりも、受付嬢が俺を待っていたという事情を片付けるほうが優先だろう。


俺が尋ねると、受付嬢はにっこりと完璧な営業スマイルを見せた。


「はい。ブルホーンの解体が進んでいるので、受け取りに行ってください。解体場が埋まる前に」


その営業スマイルの後ろに、なぜか羅刹が見えた気がした。


「アッハイ。では、また来ます」


きっと、解体場は今、阿鼻叫喚の巷と化しているのだろう。



案の定、足の踏み場もなくなりかけていた解体場からありったけの肉を収納魔術に詰める形で受け取って、すぐに俺は冒険者ギルドに戻った。


「それで、調教師さんのご用件は?」


何事もなかったかのように聞いてくる受付嬢に、俺は端的に告げる。


「タレントについて調べにきました」


俺がそう告げると、受付嬢は悲しげに目を伏せた。

そこには、隠していたことへの罪悪感のようなものが読み取れた。


「いつかお気づきになるとは思っていましたが、もう、ですか」


そして紡がれる受付嬢の言葉に、俺は確信した。


「やはり、ですか…」


やはり、ユーニのタレントは、レベルが上がりにくくなるデメリットを伴うものだったようだ。


「なぜ隠していた、と訊ねるのは、無粋なのでしょうね」


一応は気遣ったつもりの俺の言葉だが、かえって受付嬢を委縮させてしまったようで、受付嬢は身を縮ませて頭を下げた。


「いえ、すみません」


早いところ話題を切り替えよう。


「…タレントの内容について説明をお願いできますか」


俺が改めて頼むと、受付嬢は深刻な顔で一礼した。


「…ギルド長と相談してきます」


どうやら、それだけ重大な内容であるようだ。


「分かりました」


もしかすると俺は、ユーニに厳しい現実を伝えなければならないのかもしれない。


覚悟だけは、決めておくか。

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