第5話:食べ物を粗末にしてはいけません
街の路地裏に、少女の弱弱しい声が響く。
「し、師匠…だめです…恥ずかしい…」
羞恥で頬を紅潮させ目を伏せる少女の服に、俺は容赦なく手をかける。
「こんなにぐしょぐしょじゃないか。やせ我慢はよせ」
上着をまくり上げ、少女のインナーに触れると、予想以上に濡れていた。
少女はこれを俺に言わずに我慢していたのか。
気づいてやれなかったとは汗顔の至りだ。
「や…ぁ…っ、こんなところで…誰かに見られたら…」
少女にとって、肌を晒すというのはそんなにも苦痛なのだろうか。
「認識阻害の魔術を使っている。効果があるうちに急いで着替えるんだ。俺もあっち向いてるから。脱いだ服は念入りに毒消しを使って洗濯するから、他の服とは別に包んでおくように」
俺は替えの服を少女の足元に置き、背中を向けた。
「まいったな…」
依頼からの帰りに襲ってきた粘液系のモンスターとの戦闘で、毒液を浴びたまま何も言わずに街まで歩いてくるとは。
倒れたユーニに解毒の魔術と回復の魔術をすぐに使ったが、危険な状態だった。
倒れるまでただ黙って耐え、自分が毒にやられていることを伝えないというのは、いくら何でも自分をおろそかにしすぎだ。
中世的な文明レベルでは、孤児の扱いが人道的であることなど期待できないが、ユーニ自身が自分をおろそかにする理由にはならない。
何か、理由があるのだろうか。
「ユーニ、責めているわけではない、ということを念頭に置いて、答えてほしい。なぜ黙っていたんだ」
「えと、その…」
しばらく言い淀んでいたユーニを黙って待つと、ユーニは瞳に涙を浮かべて答えてくれた。
「ポイズンスライム一体も満足に倒せないなんて、師匠にがっかりされると思って…」
がっかり、か。
ポイズンスライムというらしい、あの粘液系モンスターに遭遇した時、ユーニは任せてほしいと俺に告げて剣を抜いた。
その時にはもう、焦りがあったのだろう。
思い返せば、ユーニと出会ってから、確かにユーニに頼ることはほとんどなかった。
ブルホーンの群れを待つ間、背中を踏んでもらったくらいなもんだ。
だから、自分が役に立つことを示したかったのだろう。
「…そんなに思い詰めていたんだな」
ユーニは黙って俯いてしまった。
俺はユーニの前にしゃがみ込み、目線を合わせてその頭を撫でる。
「ごめんな。ユーニの体のことばかり考えて、心をまるで見ていなかった。師匠失格だな」
これは、俺の咎だ。
仲間を失った無念の中で、死に物狂いで俺に弟子入りを願った彼女が、どれほど無力感にさいなまれているのか、少し考えればわかっただろうに。
「師匠は…何も悪く…」
優しい子だ。
そして、世の中のすべての人が自分ほど優しくないことを、当たり前に理解している。
俺のような人間が、こんな子を育てようなど、傲慢にもほどがある。
俺はきっと、この子が自ら育つのを、ちょっと手伝うことしかできないのだ。
「俺も、ユーニは何も悪くないと思ってるよ」
そういうと、ユーニは俺にしがみついて、声を上げて泣いた。
…往来のど真ん中で。
ユーニが泣き止むのを待って、冒険者ギルドにブルホーンを持ち込んだら殺した数が多すぎるだの死体の状態が良すぎて買取価格のすべてを払いきれないだのという騒ぎは起こったが、ひとまずユーニに食べさせるステーキ用の肉は確保できた。
「はい、あーん」
「んむっ! 美味しいです! これならもっと食べられそうです!」
「ははは、慌てなさんな。焼けるのを待ってからじゃないとおなか壊すぞ」
「貴様、どこまで外道なのだ!」
宿屋の庭先を借りて火炎魔術で焼いた肉をユーニに食べさせていると、なんか知らない金髪美人が殴り込んできた。
明らかに関わり合いになってはいけないタイプの危ない人っぽいが。
「どちら様?」
とりあえず、
「我はエルフの姫騎士、リーゼ・エルフェンリート! 我が剣の誇りにかけて、貴様のような変態的小児性愛者を許すわけにはいかん! 私と決闘しろ!」
とんだ言いがかりだった。
子供に飯食わせてるだけで小児性愛者呼ばわりとか、ジェンダー感度3000倍かよ。
「誤解です! 師匠は私を調教してくれているだけで…」
そして、ユーニが弁護してくれるが、金髪の女は顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
「調教だと!? 語るに落ちたな変態め!」
あれ? ユーニが当たり前にそういう言葉を使うからてっきりこの国の文化だと思っていたのだが、違うのだろうか。
「この国は修行のことを調教と呼ぶ文化かなと思って」
金髪の女はいきり立って剣を抜いた。
どうやら、下手な言い訳だと思ったらしい。
「そんな文化があるわけないだろ! とにかく、私と勝負だ!」
ここまで来るとどうしようもないか。
神の恩寵がこの金髪美女の戦闘力以上だといいのだが…。
「わかった。決闘は受け入れよう」
とりあえず、こういう輩は男女問わず、今後関わり合いにならないためにも、関わりたくないと思ってもらえる程度には痛い目を見せなければ、こちらの生活がかき回される。
そう考えた俺の返答を聞くなり、金髪の女は俺の腕をつかんだ。
「ならさっさと立て。ここでは宿屋に迷惑が…」
「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」
俺は立ち上がるなり、金髪の女を背負い投げして地面に沈めた。
「この子が食べ終わるまで待ってもらおう。なんなら、肉は余るほどあるんだし、お前さんも腹ごしらえしていったらどうだ」
俺は焼けた肉の串を一つ、倒れてうめいている金髪の女に差し出した。
が。
「変態の用意したものなど食えるか!」
金髪の女はその串を手で払った。
「あぁっ! もったいねえ!」
あやうく地面に落ちそうになった肉を空中でキャッチし、一息にそれを食べきってから、怒りに震える声を必死に抑えて、俺は金髪の女に宣告する。
「軽く痛めつけて帰すつもりだったが、気が変わった。食い物を粗末にするてめえのような奴は、徹底的にわからせてやる…!」
俺は金髪の女の顔面をつかみ、引きずって移動しようとして、そこで足を止めた。
「ユーニ、おなかいっぱいまで食べたら、お肉は宿屋の人に話して皆さんに食べてもらいなさい」
こくこくと何度もうなずくユーニを一瞥し、俺は金髪女の顔面をつかんだまま歩き出した。
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