第4話:修行は主に健康法

ともすればそよ風にかき消されて聞き逃しそうな衣擦れの音。

湿り気を含んだ生地と生地が擦れ合う、ごくわずかな擦過音。

体表を伝っている少女の足の感触が与える錯覚と言われても納得できるほどの、優しい音。


だからこそ、この上なく艶めかしく、耳に心地いい。


「あの、私、上手にできてますか…?」


姫騎士である少女のしなやかな脚を包む純白のソックスの爪先が、上着を脱いだ俺のインナーを撫でる。


「ああ、気持ちいいよ」


俺の答えに気をよくしてか、少女の奉仕はその熱量をいや増す。

優しく円を描き、蛇行する複雑さを保ちながらも、表面を撫でるだけだった動きから、体重を乗せて圧迫しては痛みを感じるギリギリのラインで離れていく、より刺激の強い動きへ。

その動きの一つ一つに発生する僅かな音が、心臓の鼓動と溶け合うように俺の脳を静かに揺らし、眠気にも似た安らぎの感覚を与えてくる。


…足でされるというのが、こんなにも良いものだとは。


器用に脚を動かす少女の下で、這いつくばってなすがままになる自分の姿を客観的に想像すると少々みじめだが、それはあまり考えないことにする。


「嬉しいです…私、足でするのなんて、初めてだから…」 


ささやくような小声で、しかし喜悦に満ちた返答をする少女は、やがて俺の身体の感覚をつかみ始めた。


「ここ、ですか? ここが気持ちいいんですか?」


とんとん、と軽く探るように触れたかと思えば、力強くかかとをねじ込むように強く押し込むような複雑な動きで、的確に気持ちいいところを刺激してくる少女。


「ああ、そこ、すごくいい…」


俺の漏らした吐息に、少女は目の色を変え、足に込める力を更に強める。


こすっ、こすっ、こすっ…!


動きこそ、ただ上下に往復するだけの単調なものだが、それまでたどたどしく探られ、じらされていたところに、全力を込めてそうされるのは、まさに最高の悦楽といえる。


相応の消耗が少女の額に汗をにじませ、汗を吸ってわずかに透けた白のソックスは摩擦力を増し、耳に心地よい擦過音をも大きくする。




このまま身を任せてしまいたいが、そろそろ、終わりにするべきだろう。


「ありがとう、背中がとてもすっきりしたよ」


普段の調教(修行)の礼にとマッサージを申し出てくれたユーニは戦闘で剣を使うので、手首に負担をかけないように足で踏んでくれと頼んだわけだが、正解だったな。


「どうしてか、とてもどきどきしました…これが恋でしょうか?」


起き上がって肩をまわす俺に、ユーニは疲労からくる虚脱から、どこかうっとりしたように見える表情で訪ねてくる。


「相手を踏んで芽生える恋はなんかやだなあ…」


それ以前に、俺なんかでいいのかという話があるわけだが、まあ、それは置いておこう。




俺たちがなんで平原のど真ん中でこんなことをしているのかというと、ブルホーンの群れを待っているからだ。


平原の向こうにある湖で水浴びをしている牛めいた生物の群れは見えていたが、水辺で殺すと場合によっては死体の回収に支障をきたして肉が減る可能性がある。


だから、水浴びから帰ってくるところを待ち伏せするのだ。


「こっちに来てるな…」


俺はかなりの時間、ユーニのマッサージを受けていたらしく、既にブルホーンの群れはこちらに向かって移動を開始していた。


神の恩寵によって俺が行使できる広域殲滅型即死魔術の範囲にブルホーンの群れがすっぽりと収まるまで、おおむねあと30秒。


街に辿り着くまでの数日で、俺が倒したアースドラゴンベビーの経験値もちゃんとユーニに入っていることは確認済なので、ユーニに倒させる、という手間は掛けない。


「ここだ…!」


広域殲滅型即死魔術を発動し、ブルホーンの群れをまとめて即死させる。

そして、収納魔術を応用し、そのまま大量のブルホーンを回収。

解体は、冒険者ギルドの解体職人に頼むことになっているので、あとは帰って報告するだけだ。


「よし、仕事おしまい。昼飯を食ったら、修行の時間だな」


修行と言っても、俺が教えてあげられることなんて、素人のにわか健康法や、少しかじった程度の武術の基本の型くらいのものだが。


「今日の調教は何をするんですか?」


「とりあえずストレッチとツボの刺激」


だが、健康をバカにしてはいけない。

健康は2倍3倍の力を発揮できる魔法ではないが、おろそかにすると1倍の力が発揮できなくなってしまうのだ。


そして、俺が出会った頃のユーニは、やせ細り体は疲労に凝り固まり内臓も食事をろくに受け付けない状態だったし、今もそれは十分には回復していない。


「師匠の調教、激しいけど、とても気持ちよくて、なんだか体の内側からぽかぽかして元気が湧いてくるから好きです。早く帰って調教を受けたいくらい」


少し危うい事を言いながら笑うユーニが実感している効果はあくまで健康状態の改善に過ぎず、俺が彼女を強くしてあげられているわけではない。


ブルホーンの肉は経験値の質がいいと聞いたので、赤身の部位を選んで彼女の体が受け付ける範囲でステーキを食べさせるなどのことはするが、当面は彼女の健康管理が俺の仕事になるだろう。


「じゃあ、帰って飯にしよう。ちゃんと食べない子は強くなれないからな」


俺はユーニの手を引いて街に戻った。

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