第4話 桜の下の屍体
僕たちは深夜のグランドを駆けている。それもジョギングなんてものじゃない全力疾走だ。
氷のような空気を肺に入れて走る。横腹と胸が痛くなった。 急の運動にあぐらを掻いていた心臓が飛び起きたのだろう。このサボリ魔め。息が切れそうなる。大きな口を情けなく開けて空気を肺に入れる。後ろを振り返る。あの人も走っている、そちらの心臓もびっくりしたのか胸を押させながら走っている。遅い。僕の方がまだまだ早い。
僕は足に更に早く走れと命令した、それに答えて僕の体が前に飛び跳ねる、地面を力強く踏みしめ早くなる。心臓がはち切れそうだ。でも構うものか。僕は走りたいんだ。
「ハハッ!!」
口から笑いが込み上げてきた。一体なんの笑いなのか、笑いが止まらない。
心臓がドクンドクンと脈打つ。笑っているせいか息が上手にできない。苦しい。苦しいけど笑いが溢れ出る。なにがおかしんだろ。それも笑える。
「先生も早く追いつきなよ!」
僕は振り返った。あの人は遠くにいた。薄暗く表情は見えないけど、きっと笑ってるだろう。
「アンリエット君!!たのしそうだな!!」
あの人が掠れかけの大声で叫んだ。
「だから、アンリエットじゃないですよって!!」
はー楽しッ!!
****
「ゼーハーゼーハー……死ぬ……先生死ぬよ……アンリエット君…29歳を走らせるもんじゃないぜ……僕も若くなくってきてるのか……辛いぜ……」
「ゼーゼー……遅いですよ……先生……待ちくたびれました……」
「嘘つけ……そっちも……息が……切れてる……じゃないか……」
僕は桜の木の元で先生と合流した。
「ちょっと……答え合わせの……前に……呼吸を……整えよう……ぜ?」
「それに……賛成……」
一休み。閑話休題というよりもただの休題。休み。
「それじゃあ、気を取り直して。答えを披露してもらおうじゃないか!!アンリエット君!!」
「そうですね、これからが”解決編”です」
僕の人生は推理小説じゃないのだろう。きっと平凡な青春小説。だからこんな勘と推測にまみれた矛盾だらけの推理でも許されるかな。僕は探偵じゃない。目指してもない。推理力もない。でもきっとこの推理は間違ってはいない、僕は人よりちょっとだけ勘がいいのだから。
さぁ矛盾だらけの推理を勘で語っていこうじゃないか。
この人が僕の目をまっすぐと見る。
「じゃあ、まずは謎だ。なにが謎でなにを解決したのかい?それをまずは聞かせておくれよ」
「謎は最初から謎でした。だけど、先生がその謎を当たり前のように振舞うので謎ではないと錯覚してしまったのです。だから、僕は謎という存在に考えが行かず、こんな回りくどいことに付き合うことになったんです。そう、謎とはズバリ 『なぜ先生が七不思議を作ろうと思ったか』です。合っていますか?」
「うむ!正解だ。アンリエット君。じゃあ、その答えはなんだい?」
この人が少年のような口調で先を急せく。
僕は桜の根元の掘り返された跡を指し示した、周りと比べて茶色く変色しているのですぐに分かる。桜をまるで取り囲むように広く土が掘り返されたようだ。
「ここに来て確信しました。この桜の根元のこの跡が先生が掘った跡ですかね。随分地面をほじくりまわしたようですね」
「おー、結構苦労したよー」
「地面を掘るだけなら一部分だけでいい。なのにこんなに広範囲にわたって地面を掘っている。これは分かりやすい。何故このような行動をしたか。それは何か探し物があったのですよね?これは先生の今までの不可解な行動からも読み取れます。トイレの蓋を開けたり、ピアノの中を見たり。しなくてもいい行動を余分にしてきました。僕にとっては余分な行動にしか思えませんでしたが今思うと先生も目的としてはこちらがメインなのでしょう。今回の七不思議騒動の目的は普通では探すことのできない所を探すこれが先生の真の目的。これが理由です。間違えありませんか?」
「お見通しだねー流石ー。因みにその探し物は何かわかるかな?アンリエット君」
いつものような柔和な笑顔を見せた。
「これは勘ですけど、きっとそれは学校の中にあるもの、先生がその場所を知らないまたは、その場所を思い出せない。そして最初に先生が地面の中を探したことから……。それはタイムカプセルですよね?」
「アンリエットはなんでもお見通しか。その通りだぜ。昔、この学校にいた頃にタイムカプセルを学校のどこかへ隠したんだけど、場所が思い出せなくてね……。そもそも俺が隠したかどうかもあやふやでさ」
「正解していたみたいで良かったです。答え合わせはこんなもんでしょうか」
「そうだよ。全問正解!100点満点だ。もう、アンリエット君はすごいなぁ。どうだい?俺と一緒に探偵をやらないかい?うん、返事は言わなくともわかるよ。アンリエット君と先生との仲だからね。あーあー残念だなー」
「さすがは先生です。欲を言うならば僕の感情も伝わってほしいところですね」
この人は100点満点と言ったが、実はまだこれだけのでは不十分だ。よくて80点。まだ問題文は残っている。その題は何故七不思議という嘘を吐いたかだ。
それの答えはそれこそがこの人がこの人たる最もたる部分だろう。
おそらくこの人は心の中では探し物が見つからないと思っていたのだろう。最初から駄目元、よくて見つかる。そんな考えだったはずだ。だから、もし見つからなかった場合の達成できそうな別の目的が必要と考えたのだろう。このイベントを終わらせるために必要な目的を。
もし別の目的がなかったならば。僕のことだ、きっと見つかるまでずっと探し続けるだろう。諦めは悪い方だと自覚している。そして他覚もされている。だから七不思議という目的は僕に無理をさせない為の先生の優しい嘘なんだろう。
素直に頼めば断られると思った、こっちのが面白いと思った。そういういった理由ではないのは確かだ。子供じみた心を持っているくせに大人のような優しさだけは身につけてきている。僕の担任はそういう人なのだ。
子供になりたがってるけど、どうしようもなく心は大人な大人なのだ。
「それにしても現実ってのは辛いぜ。せっかくアンリエット君が謎を全て解いたとしても何も解決しないんだもんなぁ」
「先生。僕は”解決編"って言いましたよね?」
先生が目を丸くする。まるで予想外と言わんばかりに目をパチクリパチクリする。
ビックリ顔を見ることができて不思議と充実感に覆われる。
どうだ!やっとびっくりしたか!
「あ、アンリエット君。それってどういう?も、もしかして、場所が分かったのかい?」
「おそらくですがね」
「さすがアンリエット君だ!!!正直言ってここまでやってくれるとは思っていなかったぜ。このことについては本当に心からの感心をするよ」
「さぁ、そのシャベルを準備してください。行きますよ、その場所へ」
僕の人生は推理小説じゃない。きっとこんな後出しでも許されるだろう。そうきっと__
「先生しってますか。生徒と先生とじゃあ見えてる世界は全然違うってことは」
「知ってるよ。痛いほど知ってる。そしてそれがたまらなく辛い」
「これもその話の一種で、先生ではしらないけど生徒なら知ってる。そういう場所があるわけですね。まぁ、ついてきてください」
***
「アンリエット君ここがそうだと言うのかい?」
「そうですよ」
僕の学校は校庭をフェンスで囲まれている。ボールなどが外に出ないようにするためだ。でもフェンスだけでは寂しいと思ったのか、誤魔化すように背の高い植物も植えられている。
ここはそんな植物たちが並ぶ校庭の端っこだ。
「見てください」
僕は植物の隙間を指差す。
この人はその隙間を見ると不可解な顔をして僕の顔を見る。そこで、僕は手を上から下へ動かすジェスチャーをして頭を低くしろとの旨を伝える。
それに得心がいったのかこの人は頭を下げた。
「ほぉ?」
一見するだけでは変哲もないただの隙間に見えるが、少ししゃがんで眺めると身を屈めると通れそうな隙間が空いているのが見てとれるのだ。
「さぁ、進みますよ」
僕たちは四つん這いになって隙間道を進む。月明かりと懐中電灯を頼りに。
そう長い道ではなく、僕たちのハイハイはすぐにやめることとなった。
くぐり抜けると子供が4人入れそうなぐらいの開けた空間にでた。前には公道と学校の境界を表すフェンスに守られ、後ろには育った植物の壁がある。
ちょうど子供の秘密基地のような空間だと思う。ああでも天井がないから秘密基地にはならないのかもしれないな。僕は秘密基地なんて作ったことないからわからないけど。
「こんなところがあったのか……まるでトトロの秘密のトンネルみたいだな」
「先生の立場ですと、なかなかこういうところに来ませんよね。ですが生徒からすると結構ここまでくるんです。野球とかテニスでここまでボールが飛びますから」
「だからアンリエット君は知っていたのか」
「はい、生徒はしっているけど、先生はしらない。そんな場所の一つですよここは」
先生が興味深く懐中電灯の光を振り回す。僕も懐中電灯の光を出しこの人の光に重ねその動きを静止させる。そしてゆっくりと光を動かし光を先導する。
二つの光の動きが止まった。二つの光の先には地面に突き刺さった木の棒があった。その木の棒にはもやは読むことのできない文字が刻まれていた。
「あ」
先生が意図せずに口から音を繰り出す。先生にはこの文字が読めたのだろう。
「これが見せたかったものです。前に見た時はなんなのかよくわからないものでしたが、タイムカプセルと聞いて結びつきました。なにか見覚えなどありませんか? 」
「ああ、思い出したよ。うん、完全に思い出した。そうだ、ここだ。なんで忘れていたんだろうね。ココなんだよ。僕たちが時間を埋めたのはココだったんだ。そうだよ、そうだよ……ココだ……」
僕はこの人の顔を見ることが出来なかった。
「……ありがとう。アンリエット君。心からお礼を言うよ。本当にありがとう」
「なに言ってるんですか、まだ見つかってませんよ」
と言い。バックから形が見えているシャベルに視線を送る。
「ああ、そうだね。この地面を掘ろうか。手伝ってくれるかい?」
「もちろん!」
「そういってくれると思ったよ。じゃあシャベル渡すね」
「……先生はなにするんです?」
「眺める」
「このやろう!!」
「嘘嘘。冗談!冗談だって!実はこんなこともあろうかとシャベルは二本用意したんだ。シャベルは『二本』あった!ってことだね」
「……さっさと掘りますよ」
「あいさー」
まぁ、結果から言うと二つもシャベルを用意した意味もなく、というより二人同時に掘るより一人で掘ったほうが掘りやすいってことに気がついたので、ひとまずは結局僕一人で掘ることになった。疲れたらすぐに交代するね。などと言っていたが、そんな口約束を果たす暇もなく探し物はすぐに見つかった。30cmぐらい掘った時だっただろうか、それらしきものにシャベルの先がぶつかったのだった 。
「これですかね。クッキーの缶にみえますが……」
「うんこれだよ。早速中身を見ても?」
「なぜ、僕に意見を求めるんです?これは先生のものですよ。はい、どうぞ」
といい、クッキー缶を渡す。そして僕はこの秘密基地から出ようとする。ここにいても野暮なだけだろう。人の思い出はその人の思い出だ。
「あれ?アンリエット君は見ないのかい?」
「ええ。僕には関係のないことですから」
僕は大人を置いて秘密基地から抜け出した。
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