第5話 青春の落とし物

「アンリエット君、終わったよー」


 桜の樹の下で僕は待っているとこの人が漸くやってきた。僕は懐中電灯でこの人の顔を見ようかなと思ったが、やっぱりやめた。

 呑気に聞こえる声の中に僅かな震えが聞き取れたからだ。きっと、中で泣いていたのだろう。


「どうでしたか?満足しましたか?……満足したようで何よりです。さぁ、これで終わりですよね」


「まだだよ。まだ終わってない」


「……」


「どうしたんだい?そんな怪訝けげんな顔をして。分かってるだろ?七不思議だよ、七不思議。まだ終わってないだろ」


「そうですよね……。お次はなんでしょう?」


「アンリエット君バスケしようぜ!!」



 ****



 僕たちは学校の本館から隔離された体育館へテクテクと歩いて行った。さすがにもう走らない。


 体育館に着くと扉の鍵が先生のマスターキーでは開かないのか、先生が予め開けておいたという窓から潜入することとなった。もう、なんでもありだなこの先生。


 そして内部に潜入して電気を付ける。いつもは明るい内に体育館を使うから新鮮な気持ちだ。外の暗がりとほんのり薄暗い体育館の明かりが混ざり合って、いつもは騒がしい体育館とは真逆の情景を作り出す。


「体育館に着きましたね。ボールはどうするんですか?」


「ほいさ!」


 と言うのが早いか。この人はバックの中から新品のバスケットボールを取りだす。


「なるほど、それで次の七不思議ってのは夜中にバスケの練習をする幽霊で間違いありませんよね」


「そうだよ、さぁ勝負しようじゃないか。一対一だ」


「ほう、いい度胸です。師匠から学んだバスケット真拳をお見せしますよ」


「……君の師匠に会いたくなってきたよ」


 結果発表!!勝敗は______


 僕の圧倒的敗北。くそぉ……


 意外と言うべきなのか、この人は別段バスケが上手でも無かった。

 そして別に僕が運動音痴という設定があるわけじゃない。

 じゃあ、なぜ僕が負けたのかというと、それは明らかな身長差の所為だ。僕が頑張って打ったシュートが簡単に防がれてしまうし、この人のシュートはどうあがいても届かない。大人と子供の決して埋まらない差を見せつけられた。


「アンリエット君、俺の勝ちだ!」


「負けたー」


「楽しかったよアンリエット君……君と会えて良かった……」


「それは良かったですね」


「……ああ、俺はこれを探していたんだ。きっとどこかに落としてしまったんだろうね。青春の落し物。俺は満足だ。そう、これで満足。これ以上は探さない」


「何言ってるんですか。まだまだ残ってるじゃないですか。七不思議」


「これで七不思議は全部終わりだよ」


「?足りてなくないですか?」


「まずは花子さん、ピアノ、バスケ。そして俺が勝手にした桜の屍体」


「ふむふむ」


「そして、消えた人体模型!人体模型は勝手に埋めたかね」


「ああ、なるほど」


「そして、俺たちだよ。夜に校舎を歩き回る教師と生徒」


「それもカウントしちゃうんだ!?」


 うわぁ・・・変なところで伏線回収しちゃったよ。これも七不思議に加えても良かったんだぁ。


「そして、最後は君だ。アンリエット君」


「え?」


「やっぱり、気が付いていなかったのかい?よくいるんだよねこういう存在が……」


「……まさか」


「そうだよ。君はもうすで死んでいる!!」


「うわああああああああ…………ってそんなわけないでしょうが!!!生きとるわ!普通に!!」


「デスヨネー」


「ソウデスヨー」


 いや、本当に僕は生きているよ。


「じゃあ、実は死んでるってことにならない?」


「ならないです。僕はここにいます」


「じゃあ、変更。生徒名簿に載っていないアンリエットという名前の生徒が存在する」


「まぁ、確かに載っていないでしょうね!僕の名前はアンリエットじゃないので!」


「これで七不思議は完了だ!疲れたね~」


「そうですねーいろいろと雑ですけどねー」




「……」


「……」




「…なぁアンリエット君?」


「なんですか?」




「……」


「だからなんです?」




「やっぱり、いいよ」


「……よくないですよ」




「そうか……」


「そうです……」




「……」


「あのタイムカプセルになにかあったんですよね?」




「……」


「……」




「……アンリエット君聞いてくれるかい?」


「どうぞ、お好きに」




「……いろいろとブチまけてしまうよ?」


「どうぞ、お好きに」




「さすがアンリエット君だぜ!」


「僕、アンリエットじゃないので。あしからず」




 ****




「では。あのタイムカプセルさ。昔の幼馴染みと二人で一緒に埋めたんだよね。……ん?ああ、女の子だよ。……。そうそう、可愛かったと思うね。え?なんでそんなあやふやなのかって?実のところ顔が上手く思い出せなくてさ。時間の流れって非情だなぁと思うわけね。その幼馴染みとはいつも一緒に遊んだりしてさ、あの時はとっても楽しかったなぁー。それがいつの間にかお互い大人になるにつれて出会うことも少なくなってきてさ。俺もそのことは仕方がないと思っていてね。悲しいけどさ。まぁ、出会うことも少なくなれば段々疎遠そえんになってしまうのも仕方ないだろうね。それで、俺たちの縁は他人よりも濃く、友人よりも薄いものになった。…ん?そんなこと聞くなよ。野暮ってものだろ。

 __ああ、そうだよ好きだったのかもしれないね。いや、大好きだったさ。今はもうこの思いは伝えれないけどね。お互いに大人になってしまった。


 そもそも今回タイムカプセルを探そうって思った理由はね。その幼馴染みからメールが来たのさ。メールって言っても今時珍しい手紙のことだけど。私たち結婚しますって書かれていたよ。全く知らない男と一緒の写真付きでね。…ん?ああそう、結婚式の招待状。それをもらった時に思ったのが、悔しいって思いなのさ。おかしいよね。今まで疎遠そえんになっても、きっといつか、いつの日か再開することができるって心の何処かで思っていたのさ。さらに我儘わがままなことに向うもそう思ってるはずって勘違いしていたのさ。やっぱり俺は甘えんぼなんだろうね。だからさ、手紙がきた時はちょっと…いや、かなり震えたね。でも、やっぱり納得はするんだよ。やっぱりそうだよなって思ってしまうの。だってそうなるしかないよ。俺も彼女も29才、もう過去は過去と割り切るしかない年齢さ。子供の頃の絆なんてとっくに風化する。俺にはたまらなくそれ辛いけどね。でも時間が止まらないのが現実。それが見れないほど子供じゃないよ。


  まぁ、このままでは悔しいから、いつの日にか埋めたタイムカプセルを掘り起こして、ちょっとだけイタズラしてやろうって思ったのさ。結婚式のスピーチで全部喋ってやろうって思ってね。これが今回の騒動の原因だよ。巻き込んでごめんね。…………。うんそうだよね、謝るなんてらしく無かった。やっぱりこっちだ。巻き込まれてくれてありがとう!……おっ!照れてる?…ごめんごめん!俺が悪かったって!


  それでタイムカプセルの中身を見た時ね。もぉ泣いたね……、ん?今も泣いてるって?うるさいよ……仕方ないだろ……。やっぱり強がりは辛いよ……それでさ……タイムカプセルにはいろいろな懐かしいものがいっぱい入ってたよ。よく調べるとこっそりと手紙が入ってあったのね未来の自分に宛てた手紙が 。なんて書いてあったと思う?……うん、違う。答えはね、うんちょっと待って……。うん。いいよ泣かない。そう答えはね、『彼女を幸せにしていますか?』って書かれていたのさ。おっと、声が震えてごめんね。歳だからさやっぱり涙もろいのよ。それで、タイムカプセルには彼女の書いた手紙もあったのさ。そこにはこう書かれていたよ……。『この人と結婚していますか?』ってね…………スーハー……ごめん、ちょっとだけ、ちょっとだけ落ち着かせて、このままじゃ号泣してしまう。ん?泣いてもいいんですよって?バカを言うなよ、俺は先生だぜ?強がらせてくれよ……頼むぜ……。

 ……ありがとう、アンリエット君。


 それで話を戻すけど、俺は思うのさ。俺は青春の落し物をしてしまったと。もう、戻ってこない落し物。戻ってこないからね。うん、そうだよ。これは探しに行かないよ。…ん?結婚式のスピーチでこれを言うかって?ああ、勿論言わないよ。言っても彼女の幸せを汚すだけだからね。俺はおとなしく彼女の過去になるよ。彼女の未来にはもっと相応しい相手がいるみたいだしね。俺も俺の未来を探すよ。アンリエット君。君はこうならないように気をつけたほうがいいぜ 。決して俺になるな。後悔するな。引きずるな。未来を持て。今を大切にしろ」




「余計な御世話です」




「はは…きっとそう言うと思ったよ。でも、人生は一度きり、この時間は一度きり。大切にしなよ」




「わかってますよ。言われなくても。僕は僕ですからね。先生とは違います」




「はは、言ってくれるね」




「僕は、生徒は先生を踏み台にして前に進むんですよ」




「踏み台にされた方はどうしたらいいんだい?」




 この人の心が弱っていることがわかる。なにか励ますことを言いたい。


 だから僕は言う__




『知りません』




 突き放す言葉を。甘えさえない言葉を。




「……」


「……」




「そうか。やっぱりアンリエット君は厳しいな」




「どうも」




 僕とこの人は生徒と先生。決して友人ではない。だからこそ、だからこそ僕は僕なのだ。先生の二週目にはならない。


 人はその人の人生を歩むのだ。見習うことをしても、同じ道を進むとしても、どんなことがあったとしてもきっとそれは自分の道だ。




「帰ろう、アンリエット君」


「ですね」




 僕たちは別々の道で家に帰った。

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