第10話 空を飛ぶ理由

 知らない天井。

 いや、違った知ってる天井だった。

 ここは病院の寝室だ。あれから気絶したのだと悟った。


「あ、目が覚めた?アンリエット君」

「おはようございます。先生」

 横にはいつもの先生。見守っていてくれたのだろうか。

 なんでだろうあんまり嬉しくない。


「えっと、この指は何本に見える?」


 先生はピースしてみせた。


「2億本」

「脳に障害があるみたいだね。病院に行こうか」

「ここが病院ですよ」

「そうだった」

「それで、どうなったんですか?」

「ああ、君の体ショックで気絶してただけだって。他には切り傷とか、打撲とかあるね。幸運にも骨折はしていないみたいだ」

「それも知りたいことですけど。時末さんの方も教えてくださいよ」

「ああ、時末さんね……」

「なんですか、歯切れの悪い」

「君にはなんと言えばいいのか……」

「まさか……」

 先生が露骨に言い淀む。まさか、そんな……


「やっほーアンリエットくん」

 と、病室の扉から時末さんがひょっこりと現れた。


「と、時末さん!?無事なんですか!?」

「不思議と傷一つないよ。アンリエット君のおかげかな?」

「よかった……」

「アンリエット君の命がけの行動は無駄じゃなかったってことだな。おめでとう」

 先生は心がこもっているのかこもっていないのか、わからない口調でそう言った。

「それで、アンリエットくん。一つ謝りたいの」

 時末さんはとても申し訳なさそうな表情でそう言った。

「謝る?どうしてですか?」

「えっと……君を傷つけてしまったから……」

「なるほど......」

「そ、それで。本当にごめんね!」

「いえ、別にいいんですよ」

「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、なんで私を助けたの?そんな危険までして」

「理由ですか……?」


 先生の方をチラッと見る。先生がそれで何かを察したのか少し苦笑した。

「きっと僕の内申点が上がります」

 僕がそう言うと一瞬空気が凍りついた。


 この空気に堪えきれなかったのか先生が吹き出す。なんと失礼な。

 そんな先生につられて時末さんは大笑いを始めた。手を口元に運び、背中を震わせ、心底愉快そうに。

 先生が笑い終わっても、さらに 満足するまで笑い続けた。


「いやー笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだよ。アンリエットくん。君は本当に嘘つきなんだね!」

「どうも」


「本当にアンリエットくんは噂通りの人なんだね」

「う、噂?」

「あれ。知らないの?アンリエットくんってかなりの有名人なんだよ?」

「え?」


「アンリエットって名前のひとが目立たない訳ないじゃん」

「いや、僕は別にアンリエットって名前じゃないですけど!?本名ありますけど!?」


「え、だっていっつも先生にそう呼ばれているし」

「この人が勝手に呼んでいるだけですって!!」


そう言って先生の方を向く。しかし、そこには誰もいなかった。

どこ行きやがったあの野郎……


「ねぇ、聞きたいんだけど、アンリエットくんっていっつもこんなことをしてるの?」

「こんなこと?」

「人を助けたり」


「ああ。いつもってわけじゃないですよ。たまにです」

「たまにって…………やっぱりアンリエットくんはすごいよ!」


「そうですか?」


「私なら人を助けるために窓から飛び降りたりしない」

「僕なら自殺のために屋上から飛び降りたりしないですけどね」


「……ふふっ」

「もう、自殺はしないんですか?」

「あ、あー……そうだね。君が退院するまでは勝手に飛び降りたりしないよ」


「僕が退院するまで……ってことは僕が退院したら繰り返すんですか?」

「まぁね。私の目的は果たせてないわけだし。でも君に敬意を払って退院するまで待ってあげる」

「敬意を払うなら二度とやらないでほしいんですけどね」

「それは無理。だって君は私のことなーにも知らないでしょ?結局なにも解決していないんだから」

「そうですか……」


「だけど、今度するときは絶対に君も呼ぶから。君には絶対にみてほしいな!」

「サイコパスですか?」

「アンリエットくんに言われたくないよ」

 なんで僕サイコパス扱いされてんの?


「じゃあ、アンリエットくん。私はもう帰るよ。じゃあねー退院する時を楽しみに待ってるねー」

「ああ、はい。僕もできるだけ退院できないように頑張りますよ」


「アハハ、またねー」


 手を振りながら、元気な笑顔で時末さんが去って行った。僕が退院することに謎の責任を押し付けて。

そして僕は頭を抱える。

「”またね”か、次会うときはまた自殺を止めないといけないのは辛いなー……」


「どうしたんだい?アンリエット君。独り言なんて呟いて」

 うわ、先生が現れやがった。消えたり現れたり忍者かよ。


「ってあれ?時末さんはもう帰っちゃったの?せっかく飲み物を持ってきたというのに」

先生の腕にはコンポタージュが3本抱えられていた。


「あーそういう言い訳でここを離れてたんですね」


「そういうなよ『後はお若いお二人さんで』ってやつだよ」


「まぁいいですけども……」


「それで、アンリエット君と時末さんと何があったんだい?全部聞かせてくれよ」


「ああ、わかりました___」


それから、時末さんとの出来事を全て話した。屋上での会話。メールでのやり取り。ついさっきの会話。全部。



########


「___ってことなんですよ。僕が退院したらまた自殺するって断言したんですよ。ヤバすぎませんか?」

「うーむ。なるほどなるほど。時末さん色々とやるな」

「やるなぁ、って何感心しているんですか。先生としてそれはどうなんですか?」

「いや、あのアンリエット君を手のひらの上で踊らせるなんて凄いなーって思っただけさ」

「自分で言うのもアレですけど、僕は結構先生に躍らさせられていると思いますけど?」

「はっはっはーそれもそうだね」

「同意されるとそれはそれでムカつきます」

「それで、アンリエット君。解決編はまだこないのかい?」

「うるさいですよ。これからですよ。これから」

「じゃあ、ヒントを一つあげよう。君はあのゲームに負けたんだよ。それがヒントさ」

「……屋上にいた理由を当てるゲームのことですか?」

「そうそう」

「うーん?」

 あの時、僕は自殺と答えた。しかし、それは不正解だった。正解は飛び降りだと時末さんは答えた。

 そこにどんな違いがあるのだろう。結局やってることは同じじゃないか。


「ん、考えてる。考えてる」

「……なんか先生の態度がうざいですね」

「そういうなよ、アンリエット君。君はまだ子供なのだから知らないことの方が多い。気になったら調べたまへよ。その携帯を貸すからさ」

 そういって先生は時末さんと会話していた携帯を僕に投げ渡した。

「ん、ありがとうございます」


「あと、時末さんは意外な所でも有名人だよ。コレもヒントね」

「ヒントは一つだけって言ってませんでした?」「そうだっけ?まぁいいや、もう帰るから解決編が来たら教えてね」

「了解です」

「あ、あとで連絡がくると思うけど、退院は1週間後だから」

「え!?」

「じゃあね〜〜」

 最後にとんでもない発言を残して帰って行きやがった。制限時間の短さに頭を抱える。

 さぁ、調べないと。先生から貰った携帯を使って、ある可能性を調べる。




___それはすぐに見つかった。


 その日の晩、僕は先生にメールを送る。

『解決編の準備ができました』

『了解』


僕は探偵じゃない。少し勘が鋭いだけの学生だ。だから勘だらけの推理でもいいんだ。

もし間違えていても、それでもいいんだ。最終的に全て解決してしまえば。

学生という身分はそれが許される。


###########


1週間後。退院の日。


「いや、出迎えてくれる思いませんでしたよ」

僕が病院の外に瞬間のことである。笑顔の時末さんが、花束を携えて僕を出迎えてくれた。


「退院おめでとう。アンリエット君」

「なんというか、冒険の旅が始まった瞬間に魔王に出会った気分ですよ。時末さん」


えへへと軽く時末さんは笑って、花束を僕に手渡す。


「えっと、これはどういうつもりなんです?」

「うーん、結構入り混じった気持ちがあるけど、強いのは謝罪?宣戦布告?それとも期待かな?」

「こんなに嬉しくない花束は初めてですよ。時末さんのお墓に添えてあげましょうか?」

とクールな皮肉を返す。時末さんがこれをクールに感じているかどうかは定かではない。


「あれ?私を止めるんじゃないの?」とすっとぼけた顔で尋ねるので

僕は「止めません」そうハッキリと告げた。


「そっ、もう愛想尽かしたのかなーって……」

「ハハッ、そんな訳ありませんよ」


「……なーんかムカつくなー」

「随分とはっきり言いますね」


「まぁ、いいよ。じゃあ明日の放課後に私飛び降りるから」


「了解です」

「了解ですって……なんなのそれ……いいの?飛び降りるんだよ?私が」


「怪我に気をつけてください」

「……アンリエットくんはどこまで理解してるんだか」

「全部ではないですよ。......ただ」

「ただ?」

「解決編は仕上がりました」

「ふーん?よくわかんないけど楽しみだね」

「ということでまた明日ですね」

「そうだね。また明日」

そう言うと時末さんは来た道を帰って行った。


そっち僕の帰る道と同じなんだけど。

……この流れで一緒に帰るのもアレだよなぁ。

なので僕は時末さんの姿が見えなくなるまで待つことにした。ずっと背中で揺れ動くポニーテールが印象的だった。

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