第9話 命の大切さ

 命の大切さとは何だろうが。命の何が大切なのだろうか。

 僕はまだ生徒、教えられる身分である僕には分かりようのない問いなのだろう。

 そんな僕に一体どうやって命の素晴らしさ、尊さを伝えたら良いのだろうか。

 答えは”伝えることができないから適当にふわふわした感じで誤魔化す”だ。

 そういう感じのニュアンスで命の素晴らしさを説こう。

 時末さんに送るメールの文面は

『さっきのメールは本当にごめんなさい。間違えました。それと、命は大切ですよ。一人一つしか持てないんですから』我ながら完璧だと思う。

 自信を持って時末さんにメールを送る。


『命が大切だなんて、そんなことは分かってるよ』と返信が返ってきた。

 自殺者は命の大切さを知らないから自殺なんてことをするんだと思っていたけど、そうじゃないのか。僕はまだまだ人の気持ちが理解しきれてないみたいだ。命は大切、だけど死ぬ。自殺する人はこういう気持ちなのだろうか。いや、"自殺する人"と一括りにするのは浅はかだった。少なくとも時末さんがそう思っているってだけなんだから。

 時末さんの見る世界と同じ世界を見たい。ふとそう思った。彼女はどんな悩みがあって、どんな気持ちで、どんな風景を見ているんだろうか。時末さんの自殺を止めるためにももっと彼女のこと知りたい。

 僕は『君のことをもっと知りたいです』シンプルにその一言だけを返信した。


「…………」


 メールを送信して3分たったころだろうか。今までに比べて遅いタイミングで返信が返ってきた。


『直接話さない?』

 たった7文字のメールを送るのに凄く悩んだのだろう。その文面を見て僕は『分かりました』と6文字で返信して彼女のいる屋上へ向かった。


 ****


 屋上への扉は驚くほど簡単に開き、僕を迎え入れてくれた。目に映るのは夕日に照らされた校舎、そしてフェンス越しに見える時末さんの後ろ姿だった。押せば落ちる、そんな無防備さを晒している。

「来たの?」 

 ドアを閉めた音に気がついたのか時末さんはそう尋ねた。それに僕は「来ました」と短く答える。


「もっと近づいて来て」

 僕はゆっくりと歩を進める。僕の影が時末さんの背中に掛かった時、時末さんは「そこでストップ」と言うので僕は足を止める。強引に時末さんを拘束して自殺を止めさせたいが、間にある高さ2メートルのフェンスがそれを阻む。


「君がこのフェンスを乗り越えたら、迷わずにここから飛び降りるから」

 ゴクリと唾を飲む。平然と自分の命を脅しに使うのはタチが悪いなぁ。人質を取られている気分だ。

「確認だけど、アンリエットくんは私を止めたいの?それともおちょくりたいの?」

 若干の怒気を込めた声で時末さんは言う。そりゃあ怒ってない訳ないよなー、自殺という人生のフィナーレを飾る一大イベントで全くの他人が急にメールを送ってくるんだもん。しかもデリカシー全く無し。そりゃあ怒る、誰だって怒る。まぁ、それが僕らの目的だったわけだけど。


「貴女の自殺を止めたいです」

 そう質問に答えると時末さんは「ああ、そう」と小声で呟き、空を見上げた。

「私が死ぬことが君に何か関係あるの?」

「死ぬことに関しては全く関係ないですね。ただ助ける理由はありますよ」

「助ける理由?確か今日が初対面だよね。そんなのあるの?」

「ええ、ありますよ」

「どんな?」

「きっと僕の内申点が上がります」

 そう言い終わると時末さんが驚いた表情で振り向く。そして僕の目とあった瞬間、狂ったように大笑いを始めた。手を口元に運び、背中を震わせ、心底愉快そうに「マジで」とか「そんなのあるんだ」そんな小言を間にはさみながら、しばらく笑い続けた。そして、笑うことに満足した時末さんが言った。


「嘘つき」


「……」

「ここで黙るってことはやっぱり嘘ってことでいいんだよね」

「なんで分かったんですか?」

「んー、アンリエットくんがとても心配そうな顔をしてるから。自分のことしか考えてない人はそんな顔をしない」

「僕ってそんな分かりやすいんですね」

「素直に人が死のうとしていることに耐えられないって言えばよかったのに」

「僕は捻くれてますからね。自分の思いを素直に言えないんですよ」

「わぁ、めんどくさい性格。そんなんじゃボッチになるよ」

「悪かったですね!!」

「え、あ、本当にボッチなの?ご、ごめん。もし良かったら相談にのるよ……?」

「自殺志願者に同情された!?」

「自殺志願者呼ばわりとは失礼な」

「事実じゃないですか」

「うるさいよ!」

「そういや、なんで自殺するんですか?」

「"次の授業ってなんだっけ?"レベルにサラッと聞くね」

「勢いで聞き出せると思って」


「そんなに甘くないよ……っと言いたいところだけど、チャンスをあげる」

「チャンスですか?」

「チャンスというより、ゲームかな。アンリエットくんが五つ質問して私がここにいる理由が分かったらアンリエットくんの勝ち、もし分からなかったらアンリエットくんの負け」

「それ、勝ち負けの意味あります?要は五つだけ質問に答えるってだけじゃないですか」

「アンリエットくんが負けたら私は飛び降りる」

 デスゲームじゃねーか!


「なんでそんなチャンスをくれるんですか?」

「それは一つ目の質問と捉えるよ」

「え!?」

 迂闊。貴重なチャンスを一つ潰してしまった。そんな動揺している間でも時末さんは質問に答える。


「それはアンリエットくんが"薄情な友人達"と違って、私の行動について真摯に向き合ってくれたから」

 薄情な友人?それが自殺に関係ある?

時末さんの友人。確か時末さんは陸上部のエースだっけ。そこらに何かヒントがあるかもしれない。


「あ、言い忘れてたけど、自殺する理由はなんですか?という直球な質問はNG。どれが直球な質問なのかは私が判断する。○○に関係しますか?みたいなのはOK」

「ルールの後出しはずるいですよ」

「君はそんなことを言える立場じゃないと思うよ」


 自殺者とそれを止める人ってそんな上下関係が生まれるのか。人間関係って本当に複雑怪奇。



 それにしても時末さん、自分の命がかかっているゲームだと言うのに軽すぎないか?

 人間ってここまで自分の命に対して無関心になれる物だろうか。

 空元気か、いや、とてもそんな顔に見えない。若干笑顔だもん。時末さん。怖。


「さぁ、次の質問は何かな?」

 時末さんが軽い口調で急かす。心が全く読めない。なんなんだこの人。どういう極致に至ったらこんな態度になるんだ?


「……二つ目の質問です。もしかして、いじめとか関係ありますか?例えば陸上部のみんなからいじめられているとか」

「あーよくあるよねそういうパターンの自殺。答えはNOだね。陸上部のみんなはとても優しいし、私は誰からも虐められていないよ」


 よくあるパターンの自殺って、自分が自殺志願者だからって不謹慎極まりないなこの人。

 そして虐められてないのか。"薄情"な友人というのはどんな意図を込めて言ったのだろうか。そこにヒントがある?


「確認なんですけど、そのいじめって無視とかも含めてって意味ですよね?あ、これは質問にカウントしないでくださいよ」


 いじめという言葉は人によって当てはまる範囲が違う。

 そのせいで教師と学生で全く違う認識になっていたりする。

 先生からはいじめに見えても、本人はただのじゃれ合いだったりするし、その逆もあり得る。

 時としていじめられる側が虐められていないと否定することもあるだろう。


「無視もされてないよ。自分で言うのもなんだけど私って有名人だし」

「羨ましい限りですね」

「アンリエットくんも有名人なんだよ?ボッチだけど」

「まさか今日始めて合った人にボッチをネタにされると思いませんでしたよ!!」


「ボッチは置いといて次の質問!」

「……三つ目質問です。時末さんは怪我をしましたか?例えば走れなくなるような」


「あーなるほど、怪我をしてもう二度と走れなくなった、だから私にはなんの価値がないんだ。

 だから自殺するんだ!みたいな理由だと思ったわけだね?いいじゃん、アンリエットくん。

 そういうベタなのは嫌いじゃない。だけどさ、残念ながら答えはNOだよ」


「それに私は走れなくなってもなんの問題はない」



「え?」


「だって私、賢いし。学年7位の学力だよ」

「それは凄いですけど、微妙ですね」

「うるさい。とにかく私の価値を走るだけと勘違いしないでってこと。さぁ、次の質問をどうぞ!」


「……四つ目の質問です。もしかして恋愛感情が関係していたりしますか?」

「あーなるほど、なるほど。アンリエットくんは私の恋愛事情を知りたいわけだ。もしかして、私のことが好きなのかな?でも、ごめんね。初対面の人に告白されても困るの」

「いや、そんな意図は全く無いですけど!?」

「ハハ、冗談だって。四つ目の質問の答えはNOだよ。私は今フリーだよ。安心してね」

「だから、告白するつもりなんてありませんから!」

「そんな自信満々に言われると流石に少し傷つく……」

「あ、ごめんなさい」

「いいよ、許してあげる」


 やった、許された!……じゃない!なんなんだこの会話!!ほのぼのしすぎじゃないか!?

 今は命を賭けた(時末さんだけ)デスゲームの最中じゃないのか!?それにこのひとは今から自分の生死がかかっているというのになんでこんなに余裕なんだ!?

 くっ、全く彼女の心情が分からない!!こんなんだから国語の点数が伸び悩むんだ僕は!!

 とういうか、どうしよう。今までの質問で何も分からなかった。

 次の質問で時末さんが飛び降りるかもしれないのに。考えろ僕。どうにかしてこのゲームの答えを導き出せ。過去を思い出せ!きっとどこかにヒントがあるはずだ!


「ルール……」



「え?」



「時末さん」

「はい、なんでしょう」


「……五つ目の質問です」

「うん」


「なぜこのゲームのルールは"ここにいる理由を当てる"というルールなんですか?」



 その発言を聞いた時末さんは、一瞬驚いたかと思うとスグに微笑んで言った。


「気がついちゃったんだ」

 僕はその発言で僕は確信を持つ。自分の推測が正しいのだと。


「えっと、アンリエットくん。聞かせてよ。その質問をした意味を」

 僕は分かりましたと言ってから、一度深呼吸をする。

 分かってしまえば単純だ。こんな下らないゲーム

「このゲームのルールを思い出したんです。

 確かあの時、時末さんは"ここにいる理由"が分かったら僕の勝ちと言いました。

 それ気がついたんです。このゲームはただの引掛け問題だと。

 五回質問できるというルールのおかげで騙されていました。このゲームは質問する必要があると。

 実際にはゲームは一度も質問をする必要はありません。

 いや、むしろ質問するほどに正解から離れると言ってもいい。

 なぜならこのゲームで当てるのは時末さんが"ここにいる理由"で、時末さんが自殺する理由ではないから。

 "ここにいる理由"なんて最初から分かりきってますよ。だって僕はそれを止めに来たんだから」


「最後の最後に気がついて良かったです」そう結んで、解説を終えた。



 一時の沈黙が場を支配する。



「アハハハハハハハハハハッ」

 時末さんが笑いだす。

「いやー君は凄いね。ペラペラと解説しちゃって。関心関心」

「どういたしまして」


褒めてるのかそれ。


「まぁ、ゲームはゲーム。せっかくだから続けようよ。

 君の最後の質問に答えるね。”なぜこのゲームのルールはがここにいる理由を当てるというルール”なのか、それはアンリエットくんの考えで正しいよ。

 引っ掛けようと思ったの」


「さぁ、これで五つの質問が終わったよ。聞かせてね。私が"ここにいる理由"を」


「時末さんがここにいる理由、そんなのは最初からわかってます。"自殺"ですよ」


「だよねーそうなるよねーなるほどねーなるほど」

 時末さんはそう頷いて、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「だ・け・ど、アンリエットくん。思い出してね。君が勝ったらどうなるって言ったっけ?確か何も言っていなかったよね」

「まさか……」

「これってアンリエットくんが勝ってもなんの意味もないってことだよね?」

「そんなのってありですか!?」

「私がフェンスの外側にいる限り私の命は私が握っているんだよ?だから、アンリエットくんは何一つ私に強制することは出来ないってこと分かってる?」

「飛び降りるつもりですか?」

「そういうこともできるね。いいかな、私は自由なんだよ。飛び降りる事もできるし、飛び降りないこともできる。私は誰にも、私自身にも束縛も受けない」

「…………」

 なにも言い返せない。僕が助けようとフェンスを登っている間に時末さんは飛び降りるだろう。そうなったらどうしようもない。僕は本当に無力だ。あとは先生のクッションが間に合っていることを祈るだけだ。……そういや、先生は何をしてるんだろうか。ちゃんと用意しているのか?

 風が吹いた。時末さんの髪の毛が揺らぐ。夕日が沈み始めたのか辺りが少し暗くなった。


「でも、今だけはアンリエットくんに免じて飛び降りないよ。感謝してね」


「…………え?」


 よいしょと言って時末さんがフェンスを登りだした。運動神経が抜群なのかなんの苦労もなくフェンスのてっぺんにたどり着く。そんな彼女を唖然としながら見上げる。

「スカートの中みてもスパッツしかないよ」

「パンツを見たくて見上げたわけじゃないですからね!?」

 もちろんスパッツが目的で見上げたわけでもない。

 時末さんがこちら側に降りてきて少し笑った。時末さんと僕の間にフェンスはもうない。それにはどういう感情が込められているのか僕には分からなかった。


「これだけは覚えていて。君は私の本性を知らない。君は私の気持ちも知らない。こんなことで解決したというのは勘違いだよ。そのことはよく覚えていて」

「確かに僕は何も分かりませんでしたね」

「そう、理解しているならいいの。今日、アンリエットくんが出来たことは私とメールして会話しただけ。私の気持ちは何一つ変わらないし、世界はもっと変わらない。私はきっとまたどこかで繰り返すよ」

「そうなれば、また止めますよ」

「フフフフ、優しいんだね」

「どういたしまして」


「じゃあ、アンリエットくん先に帰ってて。私はまだここでやることが残ってるから」

「分かりました。じゃあ、きっとまたどこかで」

「きっとまたどこかで」


 校舎への扉を開け、夕焼けの朱に染まった屋上から、灰色の薄暗い校舎へ戻っていった。

 非現実が現実に戻ったような、そんな安堵感を感じる。感じてしまった。時末さんの問題は何一つ分かっていないのに、何一つ解決していないのに。時末さんの抱える闇を無視して逃げ帰ったというのに。僕は愚かにも身勝手に安堵してしまったのだ。

 だが、ほんの僅かでも時末さんの心を助けることが出来たのだと思う。ジワジワと迫り来る不気味さを打ち払うようにそう信じることにした。そして薄暗い階段を下ってゆく。


 ****


 ゆっくりと階段を降りている途中、先生に事の顛末を教えるために携帯を開くとメールが4件届いていた事に気がついた。

 差出人は全て先生だ。時末さんとの会話に夢中で通知に気がついていなかったのかな。

 古い順に内容を確認する。


『アンリエット君、クッションの準備はバッチリだぜ。位置もおそらくバッチリだ。

 なにせ真下からでも少し見えるからな。これで時末さんが落ちても大丈夫だ!!落とせ!!』

 何が落とせだよバカ!!

『アンリエット君、もしかして今屋上にいる?なんか時末さんが会話してるっぽいんだけど』

『時末さんが下から見えなくなった。もしかして説得に成功した?流石アンリエット君だね』


『時末さんがまた下から見えるようになったけど、何なの何が起きている?』


最後のメールを確認して体に硬直が走る。そのメールが届いた時刻を確認すると1分前になっていた。

時末さんがまたフェンスの外にいる?それが時末さんの言っていたやることに関係しているのか?

いや、違う。時末さんの言葉を思い出す。『私はきっとまたどこかで繰り返すよ』


嫌な予感がした。止まった足をひっくり返して、今度は階段を一段飛ばしで駆け上がる。

そしてその勢いのまま屋上への扉を開けようとしたが鍵がかかって開かない。

それでもなんども扉を開けようとするが、ガコンガコンと音がなるだけだ。僕の額から焦りと後悔がにじみ出る。

すると携帯に新しいメールが届いた。時末さんからだ。


『あれ、もう気がついたの?早いね。残念だけどその扉は開かないよ。鍵をかけたから』


僕は急いで返信をする。


『なんでまた自殺をしようとしているんですか!?やめたはずじゃなかったんですか!?』


『飛び降りをやめるつもりは無いってハッキリと言ったよね』


『だからって早すぎます!僕がゲームに勝ったんだから少しぐらい間をおいてもいいでしょうに!』


『あれ?あのゲーム、私が一度でも君が勝ったなんて言ったっけ?』


「え....?」

 意図を解釈しようとしているうちに新しいメールが届く。


『実は君はあのゲームに負けていたんだよー(笑)』


『どういう意味なんですか!?』


『知りたい?知りたいよね?じゃあさ、第一校舎に戻ってよ。君が双眼鏡で私をジロジロと眺めていた場所にさぁ。そこが特等席なの』


『そうやって僕を追い払おうとしているだけなんでしょう!?』


『いいから戻って!!君は私を止めたいんじゃないの?』


 扉をガンっと一発大きく体当たりをして、それでも開けれないことを理解した。

 ここにいても僕は無力なだけだ。ならば、時末さんの命令に従う方がまだマシか。

 そういう思いで、元の場所に戻る決意をする。

 ほんと自分の命を人質に使う人は厄介だな!


『わかりました。戻っている間に飛び降りるのは無しですよ』そう返信して、走る。

 また時末さんの気持ちが変わらないうちに第一校舎3階に戻らないといけない。

 だから走る。全力で走る。

 あれ、僕ってなんでこんな必死になっているんだろう。そんな疑問が頭に一瞬よぎったが、そんなことは決まりきっていた。



########



第一校舎の3階に戻って窓から時末さんを見つける。初めて見た時と変わらず屋上のフェンスの外にいた。

僕は息をきらし膝の上に手を置いて休憩していると、僕に気がついた時末さんが大きく手をふる。

僕はその謎の元気さに苦笑いしながらも、小さく手を振り返した。


そして時末さんからのメールが届いた。


『アンリエットくん、お疲れ様。かなり急いでくれたみたいでちょっと嬉しいかも』


『はい、お望み通りに僕はこっちに戻りましたよ。僕がゲームに負けたって理由を教えてくださいよ』


『あ〜実はそんな大層な理由じゃないんだよ。君は私がここにいる理由が”自殺”って言ったよね。でも、本当の正解は”飛び降りる”なんだよ』


「一緒じゃねーか!!!」

 思わず叫んでしまう。僕はそんな言葉遊びみたいな理由で負けたってことか?幾ら何でも適当すぎるだろ!!

 やっぱり、あのゲームは最初から嘘ぱちで結果は変えるつもりなんて一切なかったんだ。


『だからちゃんと私のことを見ていてね』

 そんなメールが届くと、屋上にいる時末さんは携帯を足元に置いた。そして横に移動する。

 まずい!!先生のクッションの意味が無くなってしまう。というか先生はどこだ!?慌てて地面を確認する。


「いた!」


そこにはちゃんと先生がいた。時末さんのちょうど真下にクッションを敷いて待機している。

しかしそれはもう意味はない。時末さんはもう移動し始めている。


 僕は慌てて窓を開き体を乗り出して、地面にいる先生に向かって叫ぶ。

「先生!!!時末さんは飛び降りるつもりです!!!クッションを持って追いかけてください!!!」


 しかし先生は、「なんでそんなとこにいるんだアンリエット君」っていった表情で、言葉はあまり聞こえていないみたいだった。


「クソッ!!」

 時末さんはドンドン移動していく。先生もようやくそれに気がついたみたいで、追いかけるが間に合うか微妙な所だ。

 やっぱり、クッション作戦は無理があったんだ!!で、どうする。どうやっても止めれる気がしない。

 時末さんは屋上の角にまで辿り着いたかと思うと、その角を曲がる。そして、少し進んでから振り返ってしゃがむ。

「これは......」

 少し間をおいて閃く。これはクラウチングスタート。

 つまり、時末さんは助走をつけて飛び降りる気かなのか!なんてアグレッシブな自殺だよ!!


 大声を出して先生に伝えようとする。しかし、やっぱり届かない。

「やばいやばいやばい……」

 考えろ。考えろ。どうしたらいい……どうしたらいいんだ……

 そして時末さんが走り出す。時間はもうない。


「やるしかない……」


 僕はそう小さく呟いて覚悟を決めた。僕が助けないと。いや、僕が助けるんだ。


心臓が高鳴るのを感じる。緊張が走るのを感じる。そして僕は覚悟を決めた。


 窓を開け、その窓枠に足を乗せる。そして思いっきり踏みしめて空へ飛び出した。


 瞬間、世界がスローモションになった。ああ、これが極限の世界ってやつか。

 すっげー。僕空飛んでるよ。うっわ、地面があんな所にある。怖いなぁ。

 ははっ、身体中から汗が出てるよ。もしかして僕死ぬのかな。

 ゆっくりと離れゆく窓。それを視界の端に捉えた。もしそれを掴めば僕は助かるだろう。いまなら間に合う。

 助かりたい。怖い。助かりたい。怖い。助かりたい!!怖い!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 僕は吠えた。勇気を絞り出すために。

 壁を蹴った。彼女よりも先に落ちるように。下に向かって。そして中庭の植物に向かって。

 世界が加速する。地面が迫り来る。空はもう見えない。

 大丈夫だ!!きっと大丈夫!!植物に落ちたら助かるかもしれない!!そう言ったのは僕だ!!


 僕は瞼を閉じた。


 体に走る衝撃。されど痛みはない。ちゃんと植物が衝撃を和らげてくれたのだろうか。それともアドレナリンのせいか。

「アンリエット君!?」

 先生の声が聞こえる。それに返事する余裕がない。時末さんを助けなければ。

 そう思って空を見上げた。

 空に浮かぶ影。その正体と目が合う。

 時末さんだ。もう飛び降りてきてるのか。

 構わない!受け止めてやる!!

 僕が助けるんだ!

「どいてえええええええええええええ」

「どかない!!!」


 そして僕の世界はブラックアウトした。

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