第11話 さぁ、逃げよう
学校のチャイムが鳴った。つまり放課後の始まりだ。
急いで教室を出る。例の時末さん観察ポイントには先生が待っていた。
「はい、アンリエット君。頼まれたのを持ってきたよ」
「ありがとうございます」
そう言って、二つの鍵を受け取る。
「屋上の鍵はわかるけど、もうひとつの鍵は何に使うのさ?」
「解決編に必要なんですよ」
「今日はやけにもったいぶるねぇ」
「まぁすぐに分かりますよ」
「なるほどね、じゃあ後は昨日みたいにクッション用意して待ってたらいいのかな?」
「お願いします」
「了解」
# # #
陽が動いた。夕焼けが校舎に差し込んだ頃、ちょうど時末さんから電話が届く。
いつの間に番号知ったんだよ。
「何してるのアンリエット君」
「何って、時末さんが動くのを待っていたんですよ?今どこなんですか?」
「むしろ君の方が何処にいるの?私はもう飛び降りスタンバイなんだけど。まさか、このまま何もなしってことはないよね?」
なるほど。なるほど。
「僕の場所?僕が今いるのは」
僕は手元のスイッチ片っ端からONにしていく。
「放送室ですよ」
「はぁあ?なんで____」
そして、音量設定を限界まで上げて、叫ぶ。
『「みんな屋上を見ろーーー!!!時末さんが自殺だぞーーー!!」』
キーーーン!と甲高い音と共に僕の声が校内全域に響き渡る。
やった。やってしまった。もう後戻りはできない。妙なカタルシスが僕を覆った。
慌てて放送室から出る。その姿を髪の毛の薄い教師に見られた。
「き、君、さっきの声は君かね、そんなイタズラをしてなんのつもりだね」
ひとつ間を置いて何を言うべきか考えた。
でも直ぐに馬鹿らしくなったので、適当に放送室の鍵を投げつけて逃げる。
知るかボケーー
「ま、待ちなさい!」
そんな僕を薄髪の教師が追いかける。なんの使命を背負ってるのかねチミは。
だがソレに構ってる暇はない。さっさと屋上に向かわねば。
僕が走っているだけなのに、追いかける教師の数が何故か増えてゆく。直ぐに群れやがって。これだから大人ってやつは。
だが、僕の足のがずっと早い!無駄に上がるテンション。激しく高鳴る鼓動。それを抱えたまま屋上のドアノブを掴む。
鍵はかかっていない!!すぐさま開いて飛び込む。そして、うるさい教師どもを押しのけるように扉を閉めて鍵をかけた。
教室達が怒鳴るがその一切を無視して座り込む。
汗が額から目に入って痛い。
「あー怖かったーー」
「本当にアンリエット君は何してるのかな」
時末さんがフェンス越しに話しかけて来た。おお、確かに自殺をスタンバッていたのだな。
「ちょっとしたイタズラをやってしまいまして」
フラフラを体を動かし、フェンスに持たれかかるようにして座り込む。
「はぁ......どうせ直ぐに鍵が開けられて捕まっちゃうよ」
ポケットから屋上の鍵を取り出して見せる。
「鍵はここなので開きませんよ」
「準備の良いこと」
「頼りになる先生がいましたから」
「で、さっきの放送はなんのつもり?」
「ハッハッハー自殺幇助ですよ自殺幇助」
「......私の自殺を助けるの?」
「ほら、下を見てください」
「アンリエット君おかげで阿鼻叫喚だね」
ゆっくりと立ち上がって、フェンスを乗り越える。時末さんの隣に立って同じ光景を眺める。
向かいの校舎は正しくパニックだった。
「自殺!?なんで自殺するの時末さん!?」
「先輩!!死なないでください!!」
「き、君ーーー大人しく降りてきなさいーー」
「うるせぇぞ高松!!こんな時にまで命令口調かよ!!」
「ちょっと押さないでよ!!野次馬は帰って!!」
「時末さんが死ぬなんて......嘘だ!!」
「私だ、きっと私のせいで.....」
「冴子が加害者ぶるのはやめて!!アンタ、全然時末さんと交流ないでしょ」
「衛藤!?お前何してんだ!?」
「ちょっと、人があつまりすぎ!!関係ない人は帰って!!」
「お前もカンケーないだろ!」
「テメーらとりあえず落ち着け!!....おい、落ち着けって!!!聞いてるのか落ち着けって!」
「誰か自殺を止めにいってよ!」
「だから、皆こうやって声をかけてるんだろ!!」
「アンリが説得しようとしてるんじゃないのか?」
「意味ねぇだろそれだけじゃ!!」
「私たちの思いが届けば....」
「てか、隣のアイツは誰だよ!!」
「知らねーよ!!多分交渉でもしてんじゃねーの?」
「アイツが時末さんを追い詰めた元凶なんだろ」
「ちょっと適当なことを言わないでくれる!?」
「ねぇ、私達も屋上に行こう?」
「うん」
「もう誰でもいいから、自殺止めろよ!!」
「時末さんが自殺なんてするわけがない...って本当に!?」
「キャアアアアアアアアアア、もう嫌!!!なんで、そんなことするの!!!時末ちゃん!!」
「お、オイ!誰かが倒れたぞ!!」
「さっさとどっかに連れていけよ!」
「人が邪魔で保健室行けねぇんだよ!」
「皆さんどいて!!どいてください!!」
「ついさっきの放送って誰の声だ?」
「知らねーよ。てか、そんなこと今はどうでもいいだろ!!馬鹿」
「誰が馬鹿だテメー!!」
なんだか凄いことになってきたなぁ。
「これがアンリエット君のやりたかったこと?」
「いい眺めですか?」
「いや、流石にそうは思えないよ......だけど」
「だってこれを求めてたのでしょう?」
「……うん」
「良かった。僕は間違えていなかった」
「はぁ.......アンリエット君は流石だなぁ.....でも、これは流石にやり過ぎなんじゃないかな?」
「時末さんも、ですよ」
「フフ、だよね。アンリエット君は一体どこまで私のことがわかったのかな?」
「まーヒント貰った部分までですかねーー」
「というと?」
ゆっくりと指を時末さん向ける。そして、最高にキマったポーズで僕の推理を告げる。
「時末さんは"最初から死ぬつもりなんてなかった”…………そうですよね?」
「バレたかーーー」
時末さんが苦笑いで答える。何ちょっとしたイタズラがバレたような雰囲気出してんだよ。こっちは内心ビクビクだったんだぞ!!
「なんでわかったのかな?」
「それは簡単ですよ。時末さんのゲーム。あれが最大の答えですよ。あの時、ハッキリと自殺ではないと言ったじゃないですか」
「なんでそんなの信じちゃうかなー。私は実際に飛び降りたんだよ?アンリエット君が助けなかったら、私はもう死んでたのかもしれない」
「ああ、そんなのは単純ですよ」
僕はポケットから携帯を取り出し、そこに写った動画を時末さんに見せる。
「時末さんって隠し撮りされやすいのかもしれませんね。美人だし」
動画にはどこかの建物の映像が映っていた。
その建物の屋上に人影が現れる。カメラがアップになり顔を映し出す。
少しぼやけていて分かりにくいが、間違いなく時末さんだ。
次の瞬間、時末さんはなんの躊躇いも無く屋上から飛び降りた。
地面と激突する、その時。時末さんは地面を転がるように着地し、何事もなかったかのように立ち上がる。
そこで動画は終わった。
この動画を一緒に見た時末さんは目をパチクリさせていた。
「いつ撮られたんだろー?」
「五点着地......ですよね?」
時末さんは黙って頷く。
「誠に信じ難い話なんですけど、人間は着地の方法さえちゃんとしていれば、結構な高さから落ちても全く問題がないらしいですね。この五点着地さえ極めれば動画通り、ほら。傷一つない」
「飛び降りても大丈夫なら、色々なことに説明が着きますね。あのゲームだってそう。屋上から落ちても死なないのなら、それは自殺ではなくただの飛び降り。納得です」
「そもそも最初から時末さんは自殺者っぽくなかったんですよ」
「アンリエット君はあったことあるの?自殺者」
「いや、ないですけども。でも、時末さんが自殺を装いたいのはわかりました。
あの日、僕がメールを送る前、崖っぷちにいるのにずっと携帯を触っていましたよね?あれって友人に連絡をとってたんじゃないんですか?」
「うん」
「きっとメールの内容は『今から死にます』だとか『今すぐ来てください』とかですかね?」
「大体あってるよ」
「薄情な友人達ですね」
「本当そうよねー私が自殺するって言うんだから、駆けつけるのが普通でしょう。あはは」
そう笑う時末さんはどこか覇気がなかった。
「アンリエット君は……やっぱ、いいや……」
「……聞きますよ。なんでも」
「アンリエット君は本当に優しんだね」
「まぁ、人に優しくして損することなんてないんですから」
「それはどうかなー?まぁ、聞いてくれるっていうなら言っちゃうよーー?」
「いいですよ」
「誰にも言わないって約束してね」
「そもそも言う相手がいないんですよ。ボッチだから」
「……ありがとう」
「じゃあ」そう呟いて、時末さんが深呼吸する。
そして言葉を、思いを、本音を吐き出す。
「…私ね。優等生なの。そして努力家で、才能がある。え?自分で言うことか、だって?……私が言っていることじゃない。
実際に周りの人が言っていること。正直に言うとねそう私を褒めてくれるのは嬉しい。とっても嬉しいの。
だから私はもっともっと頑張った。頑張れば頑張るほどみんなが私を褒めてくれた。結果を残せばみんなが尊敬してくれた。
……いつしかそれが足枷になってきた。尊敬が当たり前に変わるの。わかるかなこの恐怖が。
……え?あ、ボッチだもんね……ごめん。えっと……うん。そう!つまりね、私は周りから褒められたいの、注目されたいの。
それが私の行動原理で私の本性。私はそれを満たすために頑張った。
テストでいい点を取るために勉強もしたし、誰よりも真面目に部活動に打ち込んだ。頑張った。とても頑張った。
でも頑張れば頑張るほど褒められることが減っていく。いや、この言い方は正確じゃないか。
頑張りに対して褒められる量が減っていくという表現が適切かな。俗な言い方するとコスパが悪いってこと。
それに気がつくと全てがどうでも良くなっちゃった。全てを投げ捨てたくなっちゃった。
これ以上頑張っても、これ以上に注目されることはないなって。でもね。私が築き上げたものが私を縛り付けるの。
足が早いので尊敬しますという後輩とか、勉強もできるなんて素敵って言ってくれる友人。そして私自身のプライド。
色々なものが絡み合って、何もやめれない。だから何も新しいことができない。だから、私の心が緩やかに死んでいく。
気がついたら、コスパの悪い優等生の仮面が私の本性になろうとしてた。性格が変わっていくのを冷静に見てた私がどこかにいた。
怖かった。辛かった。私の心が歪むのが何よりも違和感だった。だから、僅かに残った私の本性をかき集めたの。
私が死んでしまう前に、私が私であるために、もっとみんなに注目されるために。
……え?なんだか詩的ですねだって?もしかしたら私は詩の才能もあるのかもね。……ないか。
それで、ある日、友人たちと会話していて違和感を覚えたの。この人が好きなのは仮面をかぶっている私なんじゃないのかって。
時末真じゃなくて、運動も勉強もできる優等生が好きなんじゃないかって。
……え?どっちも私だって?アンリエット君もテンプレなこと言うんだね。
まぁ、なんか会話していて疲れてきたと言うのが本音なのかもしれない。要はね人間関係をハチャメチャに変えたかったの。
だから自殺偽装をしようとした。これで誰よりも注目されるし、人間関係が絶対に変わる。そして真の友人が分かる。
私は孤独の中で注目されたい。でも友人は欲しい。そんな気持ちなの。矛盾しているよね?」
「まぁ、そうですね」
支離滅裂な自分語り。多分時末さんも何がしたいのかわかっていないのかもしれない。
迷走に次ぐ迷走。自分が何がしたいのが自分の本質はなんなのか自問自答を繰り返してたどり着いた答えが、自殺偽装。
「なんていうか、メンヘラですね・・・」
単純でわかりやすいレッテルを使って時末さんを理解した気になる。
悪いことだとは思うが、便利なのでやってしまう。
「やっぱりそうだよねー私メンヘラなのかも。あははは」
その笑い声には自傷的な音が込められておらず、とても爽やで気持ちのよい物だった。
言葉にするだけで気持ちが楽になる。おそらくそういうことなのだろう。
バギィとそんな破壊音が聞こえた。その音の元を見ると、歪に変形した屋上の扉が見えた。
あの教師共、学校の備品を破壊しようとしてやがる。
「もう時間がないみたい」
「ですね」
このまま教師に捕まれば全てがオジャンだ。
時末さんには早くやってもらわないと。
そう心配気な顔で時末さんに目配せする。
すると時末さんが僕の顔を優しく撫でた。
耳、唇、歯、ほっぺ、一つ一つ指でなぞっていく。
それが終わると時末さんは優しく微笑んだ。
「私、ヤンデレなのかも」
ドンッという音が聞こえたのかは定かではない。
ただ分かるのは、ボクの体がいつの間にか空に浮いていることだけだ。
制御を失ってクルクル回る僕の視界、その端で見えた時末さんの笑顔。
落とされた______
そう頭が追いついた時には既に、柔らかいクッションの上だった。
「アンリエットくんは落ちるのが好きなのかな?」
「今回は落とされたんですよ。先生」
「痛みはあるかい?」
「うーん、後に残る痛みはないですね」
そう言いながらクッションから這い出でる。
よくもまぁやってくれたな時末さん。大丈夫だとわかってても普通人を突き落とすかな。
「時末さんはまだ上かい?」
「そうみたいですね」
ブブブブ
「おっ、メールが届いたのかな」
「時末さんですね...なになに...」
『本当にありがとう!大好きだよ!』
あーヤンデレって……そういうこと?
「解決編は終わったのかい?」
「いえ、メインイベントがありますよ。それを見届けないと」
「なるほど。じゃあここは特等席だ」
「ですね」
「というか、先生知ってたんですか?」
「ん?どのこと?」
「時末さんが高い所から飛び降りても大丈夫なこと」
「あーそれか。実はあの動画撮ったの俺なの。時末さんはいつもあそこで飛び降りの練習しててさ。それをネットに晒した」
投稿者って先生だったのかよ!!
「なんなら、時末さんにアンリエット君を教えたのも俺だし、その携帯の電話番号を教えたのも俺」
「はぁ、色々遠回りさせられたんですね……」
「ごめんねー俺じゃあ解決出来なさそうだったから」
「色々言いたいことありますけど、いいです。許します」
「優しいなぁアンリエットくんは」
「僕、アンリエットじゃないので。悪しからず」
集めたギャラリー達がより一層騒ぎ立てる。時末さんがクラウチングスタートでも始めたのかな。
「それにしても、この中庭に誰1人としてギャラリーの人がいないなんて不思議ですね」
「ああ、それは俺が"危険だから入るな、ぶつかるぞ"って脅したら皆素直に引き下がったよ」
「君みたいに、自分をクッションにしてやろうって気概のある人はいないみたいだね」
「本当に"薄情な友人達"ですね」
「そう言ってやるなよ」
ギャラリーの騒ぎがピークに達した。
「そろそろかな」
空から落ちてくる少女。その正体と目が合う。瞬間、世界が彼女と僕だけになった気がした。
空を飛んだ少女、時末さんは誰よりも美しいフォームで地面へ転がり込む。
成功だ。素人目の僕にも分かった。
しかし、時末さんは立ち上がらない。声をかけるべきか悩んだが、時末さんはひっそりと僕にだけウィンクしたのでやめた。
「成功かい?」
「はい、恐らく」
「じゃあ俺は教師として駆けつけるかな」
「じゃあ僕はめんどくさいので逃げます」
「それは見逃すしかないね。何せ俺は時末さんが心配で仕方がないんだぁ!」
「心にもないことを」
僕と先生は目を合わせて軽く苦笑する。そして、走り出した。
さぁ、逃げよう!!
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