第3話 夜に鳴り響くピアノ

 実を言うと、僕は出席率が結構悪い、この学校の授業を受ける意味を感じないからだ。家で自習しておいたほうが自分の為になると本気で思っている。時間に縛られた勉強なんて効率の悪いだろうし、さらに他人のレベルに合わせた授業など自分の為になるわけがない。人との付き合いがどうのこうのと言う人がたくさんいたが、僕に言わせて貰えば上辺だけの人との付き合いを学んだところで自分の為にもならないのだ。

 しかし学校のシステムは面倒なもので出席率が低いと、人間性ができていないと僕の人間性をよくもしらない人が判断し不条理に評価を下げられてしまうのだ。

 だから、こんな僕に奇特にも内申点をくれる先生には頭が上がらない。というよりも逆うことができない。


「お疲れ!これで一つ目の七不思議は完成だよ。じゃあ次に行こうか」


 最後のトイレである一階の女子トイレから出てこの人が言う。


「お次はなんですか…?」


「えっとだね。次は音楽室かなー」


「ああ、ベートーヴェンの目が光るアレですか?」


「違う違う。勝手にピアノがなる方のやつ。なんか、死んだ人が夜中にピアノを弾くってアレ」


「あーそっちでしたかー」


「そうそう、ちなみに俺は生きてるよ。補足ね補足。実は私が幽霊でした~みたいなオチはないからね」


「知ってます」


 僕としてはどっちでもいい。


「”6のセンス”って映画のオチと同じとか、そういう二番煎じじみたオチはよくない」


「なにさらっとネタバレをかましているんですか?!」


 僕がたまたま知っていたからまだ許せるけど、万が一知らない映画のオチを喋っていたら怒りが有頂天(?)になっていたところだ。


「それじゃあ、音楽室に行こうか!……ってここか」


「なんですかそれ、わざとらしい」


「さっさと行こうぜ!」


 先生が職員用のマスターキーらしきものを取り出し、音楽室のドアを開ける。

 完全なる職権濫用である。というか、今更だけどこういうことをしても大丈夫なのだろうか。むしろこの行為自体が僕の内申点を下げることにならないのだろうか。


 ……そもそも僕に拒否権なんてないのだ、このことについて詳しく考えないでおこう。最悪、先生のせいにすることもできるし、実際に先生のせいなのだし。


「ガラガラガラ~」


 この人が擬音を口にしながら扉を開け音楽室に入る。

 僕もそれに習い音楽室の扉を通る。

 すぐ横にある電気のスイッチを点けると、いつもの見慣れた音楽室が現れた。

 大きい黒板、そしてご立派なグランドピアノ。

 それらと向かい合うように生徒が集まるエリアがある。エリア分けの境界として、生徒が集まるエリアは少し段差が上がっているのだ。生徒と先生、この二つがはっきりと違うものだと示しているのだろう。

 奥の壁の上にはとってつけたように昔の音楽家らしき絵が沢山飾られていた。そこにはベートーヴェンがなぜか二枚ある。これは七不思議じゃないかなぁ。さすがにインパクトに欠けるか。七不思議じゃなくてただの不思議だ。

 改めてみるまでもないけど全体的に殺風景だ。なにせ、グランドピアノと黒板と絵しかないのだから。椅子も机もない。他の楽器などは準備室にしまってある。


「うーむ、なんの面白みのない部屋だねー。実を言うと音楽室に入る機会が滅多にないものだから期待してたんだよねー。ガッカリしたよー」


 声を軽やかに言った。


「うんじゃあ、とりあえずピアノを調べるかー」


 そう言いつつ先生はピアノを蓋を開けた。ピアノの中を懐中電灯で照らし、探偵のような目で調べる。

 結局何もなかったようだ。露骨にがっかりした顔した。


「うーむ、なんの異常も見つからなかったよ…別にピアノに見慣れているわけでもないけれどなんの変哲もないピアノだってわかるぐらいには普通だったぜ」


「いや、別にそんな報告いらないですよ?」


「え?あ、あー。もしかしたら怪異とか七不思議がいるかもしれないだろ!?」


「またそれですか?そもそもピアノの中に潜む七不思議なんて聞いたこともない。一体何を探しているんです?」


「あれ?しらないの?毎夜ピアノの中にネズミが入って、いつもチューニングしてくれるという七不思議」


 ネズミだけにチ・ュ・ー・ニングなどとふざけた小言が聞こえたように気がする。

 僕はそれをスルーした。華麗に。


「とりあえずじゃあピアノを早く弾いてください」


「あれれ?まさかアンリエット君、ピアノの知識も十分にない僕がピアノを弾けると思ってるのかい?僕がピアノを弾けないは自明じゃないか」


「……じゃあどうするんです?」


「決まってるだろ。君がピアノを弾くんだよ。アンリエット君」


 この人はビシッと僕を指差し言った。キメ顔だった。

 そして期待に満ちた目。だからこそ、僕は言う。


「仕方ないですね」


「アンリエット君、実は結構やりたかっただろ?」


 うっさいわ。


 

 僕はピアノを弾く。


 夜の校舎を奏でる。観客が一人しかいないコンサート。


 曲は小学校の時の校歌。先生が知っているような洒落しゃれた曲はなにか嫌だ。


 僕らにはこれぐらいがいい。


 母校の音が夜に響く。先生はちゃんと聞いてるのだろうか。


 きっと、二人きりのコンサート。


 僕ら以外に聞いてる人がいないのならば七不思議にならないだろ。


 どうするんだよ。


 それでも僕は音を校舎に響き渡らせる。




 __自由にできるならば僕はピアノが好きだ。

 小学校の頃、無理矢理好きでもない校歌を弾かされた思い出が蘇る。

 生徒でも先生でもない孤独なポジションだった。一人で何度も何度も弾かされる。

 好きでもない曲を便利に強制される。僕は自由に弾きたかった。

 家でも音楽教室でも学校でも他人に指図された曲だ、これで嫌にならない人はきっと僕なんかよりも強い人なんだろう。僕はとても嫌だ。

 だからこそ、自由に曲を決めることのできた今が嬉しい。

 自由に誰にも指図されない今。こんな機会滅多にないだろう、こんな特別な日にしか。

 感情を曲に乗せる。こんな古臭い曲は止めだ。アドリブで作曲する。

 僕を校舎に奏でる。この教室だけが明るい。電灯の光が真っ黒な外に届いている。きっと僕の曲も届いているのだろう。僕は奏でる。僕は僕の音楽を奏でる____


「アンリエット君、実は超ノリノリだろ?」


「うっさいですよ!?」


 僕はまだ音楽を奏で続ける。


 ****


「そういや、先生。知ってます?」


「何をだい?アンリエット君」


「ほら、この暗さでも見えるあの一本桜のことですよ」


 僕は顎で窓の向こうにある校庭にある立派な桜を指す。指はピアノに吸い付いたままだ。

 我が学校に誇りを無理矢理作るとしたら、この立派の桜の木になるだろう。昔この桜の素晴らしさで地元新聞に載っていたことがあるらしい。校長が朝会で何度も自慢していたから知っている。


 残念ながら今は冬なので桜の花は見えない。


「ああ、立派だよね。昔から立派だったよ。もちろん知ってる」


「ん?昔から知っていたのですか?もしかして」


「そうそう、実はこの学校が母校なの。それで昔からよ~く知ってる。いつ見ても立派な桜だよね」


「そういった立派な桜の下には屍体したいが埋まってるってよくいうじゃないですかこういうのって七不思議にならないですかね?こんな立派な桜滅多にないですよ」


 僕の指は鍵盤を弾き続けている。


「ふむ、アンリエット君のいうことは最もだ。僕もそう思うぜ。っていうか実はね……」


 露骨に言葉を濁した。


「なんですか?」


「実をいうとね。もうヤっちゃった……」


「……え?」


 ポロローン、ポロローン。

 

 ****

 

「……………………」


「………………………………」




 ピアノの音だけが聞こえる。




「…………………………………………」


「……………………………………………………」




「気まずいよ!!なんとか言ってよアンリエット君!!!」


 ピアノを叩きつける。ダーン!


「そりゃあ、かける言葉が見つからないんですよ!!!ヤったって殺ったんですか!?いつかヤってしまうような人だと思ってましたけど!!!」


「ちょっと待とう、誤解しないで欲しい!!やったのはヤったったのはあれだ!!埋めただけだ!!あと、ちょっと……。うん、そんだけだ!!つか、なんだいつかやるような奴って!?いつもそう思ってたのか!?」


「そんだけ!!?そんだけでも十分だろ!!完全に犯罪だよ!重犯罪だよ!見損ないましたよ!」


「話を聞けって!!俺は偶然丁度いいのを見つけたから埋めただけだって!!!」


「完全にアウトだよ!!!事情を聴いても尚アウトだよ!!この犯罪者ぁぁ!!」


「だぁあああああ!うるせぇ!!違う違う!!何か誤解してる!!」


「誤解?!一体何が誤解です!?殺やったんですよね!?」


「やったけどさ!!」


「ほら!!」


「ほらじゃねぇ!!!」


「このまま、僕も殺やる気ですね!?そうしようとしても無駄ですよ!!僕は簡単には死なないですよ!!返り討ちにしてやりますよ!!師匠から学んだこの龍進餓狼拳で!!」


「!?師匠なんていたのか!?なんだよ龍進餓狼拳って!??いやそもそもやらねぇよ!!いいから聞けって!!俺が埋めたのは白骨だ!!」




「だ・か・ら!そういうのは問題じゃないだろ!?もはや、屍体か遺体かなんて関係ありません!!どちらにしよ死体遺棄という立派な犯罪です。さぁ、さぁ、今すぐに警察に行きましょう!!今なら僕も付き添いますよ!!生徒代表としてね!!」


「来ないでいいよ!!よしんば行くとしても生徒と一緒とか死ぬほど恥ずかしいわ!!むしろ一緒に来やがったら死ぬわ!!」


「じゃあ、どうするんですか!?警察から逃げ切りますか!?証拠は残してませんよね!?」


「証拠は残してねぇよ!!俺を甘く見るな!!」


「流石です先生!!できれば、そのような行動に出て欲しくはなかったですけどね!!」


「先生だからな!!……って違う違う!!誤解を解くぞ!!」


「一体どこに誤解があるんですか!?」


「オーケーオーケー。では語ろうじゃないか!さぁ、アンリエット君!BGMリスタートだ!」


「ほいさ!」


 僕の指が再びピアノに吸い付く。曲名はない。ムード重視だ。

 どんなムードがいいだろ。まぁいいや、どうでも。

 きっとどんな曲でもいい。


「俺は七不思議の一つとして白骨を埋めた。これは事実だよ。まぁ、順を追って説明しようか。ある日突然、あの桜の木の下がとても気になったのさ」「頭大丈夫ですか?」「うるさいよ。まぁ、それで思い立ったが吉日っていうだろ?それでその日の内っていうか実をいうと昨日の夜なんだけど、シャベルで掘ったのよ。ああ、そのシャベルが気になるって?」「なってないです、毛ほどにも思ってないです」「じゃーん、実はバックの中に折りたたまれて入ってましたー」「興味ないです」「それで、掘ったところ目ぼしいものが無かったのよ。ちょっと焦ったねー。」「何もないのが普通じゃないですか?」「そうとも限らないだろ?まぁ、それでね。そのまま掘った土を埋めるのも癪じゃないか。だから夜中に理科室に忍び込み人体模型を埋めたのさ。あの白骨のやつね。屍体したいに ちょうどいいかなぁって。」「…………」「どうした?」


「あれ、アンタの仕業かよ!!!!」


「ごめんね!!」


 まだ朝会などにはなってないが、実は朝から理科室の人体模型がないとの話を小耳に挟んでいた。伝聞の情報なので事実はどうかわからなかったけど、まさかこんな形で事実がはっきりするとは。つか、犯人がみつかるとか。マジか。 


「それで白骨を埋めながら思ったのね、これは七不思議っぽくね?ってさ、じゃあに七不思議を作ってみようってね。それで、どうせならアンリエット君もいた方がいいかなってので誘ったわけね。これが事の顛末さ」


「…………先生」


 ピアノを止めた。そして僕はわざとらしく真剣な顔を作る。


「おっと、元気よく突っ込まないのかい?急にシリアスになってどうしたのさ?」


って何のですか?」


「……。流石アンリエット君だ。相変わらずの勘の良さだね。勘のいいガキはきらいじゃないよ」


「先生、僕はアンリエットじゃないですよ」


「アンリエット君、もしかして謎は全て解けたのかい?」


「おそらく」


「さすがアンリエット君だな。まさかの答えがわかっちゃうだもんなー」


「まぁ、僕ですからね!」


 えっへんと口に出して胸を張る。僕は愚鈍なんかじゃないんだ。


「じゃあ、一つ掛け声を!」


「謎は全て解けた!!多分!!」


 僕はかつてないほどのドヤ顔でこの人を指差す。ビシッと。


「アンリエット君カッコイイー」


「なんか恥ずかしいですね」


「そんなもんだろ。うんじゃあ、このの答えを聞こうじゃないか 」


「でもその前に。ここじゃ場所が悪いですね。あの立派な桜のところへ行きましょう」


「ほいさ!」


 そういうのが早いのか、この人は窓を開け飛び越えた。一瞬焦ったが、ここが一階だということを思い出して安心する。


「こっちから行った方が近道だよ」


 窓から振り返ってこの人が言う。子供らしい笑みを含めて。


「フリーダムだなぁ」


 僕も窓枠を踏み越えて、その勢いに身を任せ桜へ駆ける。


「どっちが早いか勝負ですよ!」


「あ!おま……アンリエット君!!」


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