僕はアンリエットじゃない
ラトヒル
七不思議
第1話 僕はアンリエットじゃない
「おい、アンリエット君」
「…………………………」
誤解の起きないように言うが、僕の名前はアンリエットなどではない。
そして、今までの人生でアンリエットという名前を頂戴致したこともない。
また、母の旧姓がアンリエットということもなく、生粋の日本生まれ日本育ち、都会暮らしだ。
そんなこんなで、この人が呼んでいるのは僕で筈でないのだが、この人の目が僕を捕まえて離さないのだ。
「おい、聞こえないのか?アンリエット君」
後ろを振り向く、誰もいない。後ろの誰かを呼んでいる可能性は低そうだ。
振り向いた首を戻すついでにあたりを見渡す。僕とこの人以外にこの教室に人は見つからない。
きっとこの人は僕には見えない何かが見えるのだろう。
テキパキと机の上に置かれた勉強道具をバックに詰めて、そっと教室の後ろの扉へ向かう。
この人の目線が追いかけるのを感じるが無視。
「おやおや?アンリエット君。逃げるのかい?
さすがアンリエット君だなぁ。そうやって今まで生きてきたんだろうねー。
そんなつまらない人生で楽しいのかい?
まぁ、卑怯者のアンリエット君はそれでいいと思うよ。人生は人それぞれだし。
うん、ただね先生はね、そんな人生はあまり良くないと思うのよ」
「…………」
「はい、そんな目で見ない。そんな目をするなんて先生悲しいぞ。泣いちゃうぞ、大の大人が泣いちゃうぞ。いいのかアンリエット君。泣いたらアンリエット君の所為だからね」
「僕、アンリエットじゃないので。さよなら」
「アンリエット君、内申点下げるよ」
「なんですかもう!!帰らせてくださいよ!!」
執拗に僕のことをアンリエット呼ばわりするこの男は本当に認めたくないことに先生であり、そして僕のクラスの担任である。いつも黒のビジネススーツを着ており、手にはビジネスバック、胸元には朱色のネクタイ。それらが柔和な顔と妙にマッチをして本性を知らない若奥様方には仕事のできる好青年(今年29になるらしいのだが)に見えてしまうらしい。
「おやおや、先生としてはアンリエット君に帰ってもいいのだけどね。内申点下げるだけだし」
「それは事実上の強制です。あと、僕、アンリエットじゃないので。あしからず」
「嘘だろ?他の先生方にはアンリエット君で伝わってるぜ?」
「はいはい、そういう嘘はもういいので。要件はなんです?僕は忙しいのでさっさといってください」
嘘じゃないんだよなぁと小声で言ったような気がするけど気の所為だと信じたい。
「……」
先生が静寂の空気を演出する。
僕にはこの次の展開が分かる、とても悲しいことなのだがいつものパターンだとわかってしまうほどの付き合いが出来てしまっているのだ。
きっと、先生は次に全く理解の出来ないことを言い出すだろう。
「なぁ、アンリエット君。七不思議になろうぜ!」
はぁ?
*********
教師と生徒。
この関係には絶対的な壁がある。
それは大人と子供であり、教える側と教えられる側。
そして、強制させる側と強制される側である。
この二つが変わることもないし、変わってしまったら教師と生徒の境界というのが消滅してしまう。
そしてこの世界のルールとして消滅したものは存在してはいけない。
だから僕は教師と生徒この境界を守っていくのだ。
だからこそ僕は強制される側を演じるのだ。
二つの世界の境界を渡らない。
適当にそれっぽい決意をすることによって、先生と僕が友人関係ではないということを明確に伝えたい。
「それで、先生。こんな夜中まであの手この手でこの時間まで引き留めて何がしたいんです?七不思議になると言ってから、グダグダと意味のないことを喋り続けて。いい加減に本題を教えてください」
この人が七不思議になろうぜと言ってからまともに内容を教えられずにグダグダと時間だけが経過し、午後11時頃にまでなってしまった。
もはや、校内には人は僕とこの人だけだろう。まぁ、この教室から一歩も出ていないから実際のところは不明だけど。
窓から廊下を見る。教室からの光と夜の暗闇が溶け合い、普段見ることの出来ない新鮮な情景を作り出す、夜の校舎はなぜこうも特別感を醸し出しているのだろうか。
当然僕はこんな情景を見るまで残る気など全く無く、何度も帰ろうとしたがその度に内申点を下げるぞ、親御さんに有る事無い事吹き込むぞとあの手この手の脅しで僕を引き止めてきた。ナチュラルにゲスな教師だと思う。
「元気が良いなぁ、何かいいことでもあったのかい?」
「堂々とパクったセリフを言うのはやめましょう」
スーツ姿の青年(29歳)がこのセリフを言うのがなにか何か納得がいかないところがあるが、不思議と似合ってる。アロハシャツは別に必要ないんだなぁ。
「はは、さすがアンリエット君だね。いいツッコミだ。どうだい?一緒に漫才を始めないかい?うん、返事は言わなくともわかるよ。アンリエット君と先生との仲だからね。あーあー残念だなー」
「さすがは先生です。欲を言うならば僕の感情も伝わってほしいところですね」
「さて時間も時間だ、アンリエット君の言う通り本題を教えようと思う。その前に質問だがアンリエット君。この学校の七不思議を聞いたことがあるかい?」
「……特にないですね。そもそも友達少ないので、そういう機会に恵まれませんし」
「そんな悲しそうな表情になるぐらいなら別に言わなくとも良かったんだぜ……?
まぁ、ぼっちのアンリエット君の終わってる友人関係は置いておくとして。
そう、この学校には七不思議の噂がまるで無い!
無いことがが七不思議と言わんばかりに全く噂がないんだ!
じゃあどうするか、真面目で誠実な生徒であるアンリエット君には分かるよね?」
「分かりたくありません」
「もぉ、仕方ないな、先生たる私が教えてあげよう。 無いのならば作れば良い。私たちが七不思議になるんだ。 どうだい?楽しそうだろう?」
「センセー質問です。気分悪いので帰って良いですか?」
「内申点」
「チクショウ!!」
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