第52話 玄関を通り抜ける方法が分かりません!
陽が落ちるまでにはまだ時間があった。
明るい小道を縫うように、アニーは私の手を引いて歩いていく。
王都フランディヴィルに引っ越してきてずいぶん経つけど、私は裏道にはあまり詳しくない。ロンマロリー邸からギルド広場に来るのにも、大きな通りを経てアーチー通りを抜ける一般的な経路を使っている。おかげで祭りがある人通りの多い時は、たどり着くのにもそこそこ時間がかかる。
道を数本奥に入るだけで、こんなに人が少なくなるのね。でも、日頃通ることのはない小道は少し緊張するわ。
「アニーは、フランディヴィルが長いの?」
「んー、まぁ、十年は経つかな」
「だから道に詳しいんだね」
「結構入り組んでるし、変なのもいるからね。一人で入り込むのはよしときなよ」
王都だからといって安全な場所ばかりではない。それは、入学したばかりの時にロン師からも散々いわれたことだ。
道を折れるアニーに頷くと、彼女はだけどという。
「あたしがいる時は、大船に乗ったつもりでいてよ」
「うん、頼りにしてる!」
そうこうしていると、ロンマロリー邸の裏手になる道へと出た。
「すぐ取ってくるね」
「はいはーい、ここで待ってるわ」
アニーの手を放して玄関へ走る。ドアノブを回して中に入ろうと、一歩踏み込んだ直後だった。予期せぬ光景が目に飛び込んできた。
そこにマルヴィナ先生と見覚えのない男の人がいたのだ。いただけならまだ良かった。ロン師の来客だろうと思えたし、挨拶して横を抜ければ問題ない。
でも、そうじゃなかった。
背の高い男がマルヴィナ先生に覆いかぶさるよう、しっかりと抱きしめていた。
腰に腕を回して抱擁する様は絵のように感動的な様子で、二人が
マルヴィナ先生の柔らかな赤い唇は男の唇にしっかりと塞がれている。頬に触れるだけの挨拶のキスでないことは歴然だった。
チュッと名残惜しそうなリップ音が静かな玄関に響いた。
初めて見る大人の抱擁。そのあまりの熱さに、私は思わず逃げたしていた。
扉を閉ざし、硬直する。
どうやって玄関を通りすぎろっていうのよ。
心臓がバクバクといっていた。頭がぐるぐるするし、耳まで熱い。きっと、顔は真っ赤になってるわ。
バタンッと響いた音に気付いたアニーが声をあげた。
「早すぎ! って、カンテラは?」
「いい……やっぱり、いい!」
「えー、せっかく来たのに何言ってるのよ」
私に近づきながら、ほらほらと急かすようにアニーはドアノブに手を伸ばしてきた。とっさにその手を掴んで「ダメ!」と叫ぶと、彼女は不思議そうに目をパチパチと瞬いた。
「どうしてよ?」
「だ、だって、その、先生が……その、き、キスしてて……」
「キス?」
何をどう説明したらいいんだろう。とにかく、この場を一刻も早く離れたい。マルヴィナ先生と顔を合わせづらいもの。
両手でアニーの手首を掴んで引っ張ると、思いの外力が入ってたのか、彼女は驚いた様子で私を呼んだ。
「ちょっと、ミシェル! 何があったのよ」
「なに……何もないけど、ダメ!」
「意味分かんないんだけど」
「おいおい、どうしたんだ?」
少し離れたところで待っていたキースとラルフも、不思議そうに私を見ている。
説明に困りながら、広場に戻ろうと繰り返しいったとき、ガチャリと音を立てた扉が開いた。
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2025年1月10日 19:07 毎日 19:07
初恋の魔法は危険を招く~お飾り侯爵令嬢にはなりません!~ 日埜和なこ @hinowasanchi
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