穴埋めの男
穴埋めにされた男の言葉を聞いて、パンはクククと肩を震わせた。
なおも泣き叫び続ける男の様子に、脊髄が掻き毟られるような恐怖を覚える。
一体この男は何をされている?
頭に沸き起こった疑問を読み取ったのか、パンはこちらを向いてゆっくりと片目を閉じて下手なウインクをしてみせた。
「ピルグリム。この男が今どうなっているのか知りたくて堪らねえ! って面だな? 慌てるな! 何事にも順序ってものがある!」
パンは男に歩み寄り、地面から突き出た首の前に屈み込んだ。
「よおジャック。そういつは随分虫の良い話じゃねえか? 俺達は別に飯係が欲しくて一緒にいるわけじゃねえ。大事なのは助け合いの精神よ。お前さんを永久に飯係にしたんじゃ、誰かが得をする。得をするのは誰でもいい。だがな、ここじゃ、全員が平等でなくちゃならねえ。そうだろ? 平等でなくっちゃ、鉄の結束に綻びが出る。お前さんがしたことは、ここじゃ死ぬよりも重い鉄の結束を踏みにじる行為だ」
「ふざけるなぁああああ‼ たった一回、てめえらの理屈も何も知らねえ俺が暴れただけで、こんな仕打ちが赦されるわけがねえ! こんな釣り合いの取れねえ話があってたまるか‼ ここから出しやがれぇえええ……!」
男の言葉で、パンの顔から笑みが消えた。
怒りの形相ではなかったが、その目は暗く淀み、底しれない何かを宿しているのがわかる。
突然パンは男の顔めがけて蹴りを放って叫びだした。
「釣り合いだと⁉ 釣り合いが取れねえだと……⁉ 訳のわからねえことを吐かすんじゃねえ⁉ じゃあなぜ俺がこんな所に落とされなきゃなんねえのか説明してみろ……! 俺は敬虔なクリスチャンだぞ⁉ 女房と娘と、山奥の小屋で慎ましく暮らしていた俺が……! なんで地獄に落とされなきゃならねえ……⁉ 腐れヤク中の軍人崩れとは、上等さが違うのよ……! なあ! なあ! なあぁあああ⁉」
ぐち……べちょ……ネチ……
鈍い音を立てて、男の顔が血と涙で汚れていく。
必死に赦しを乞うて泣き叫んでいた男は、やがて反応が無くなり、蹴られるたびに小さく呻くだけになった。
「ははは……! いけねえや。つい頭にカァーっと血が上っちまった。さてピルグリムよ。俺達にとって重要なのは、この地獄で”死よりも恐ろしい諸々の事象”を掻い潜るための鉄の結束だ。こいつはそれを踏みにじってここに入ってるわけだが……今から見せるのが、”死よりも恐ろしい諸々の事象”、そのひとつだ……」
パンは肉の壁に近づくと、適当な大きさの瘤を掴んで乱暴に千切り取った。
肉の壁は痛みを感じるのかビクビクと痙攣して、瘤の跡に残った傷からは赤い血が垂れた。
「さあジャック……飯の時間だぜ……?」
ぐったりとした穴埋めの男は、腫れ上がった目の奥に怯えと絶望を滾らせ、ぼろぼろと涙を流しながら啜り泣いた。
パンは瘤を男の口に押し込むと、顎と頭をしっかり押さえて吐き出すことの出来ないようにした。
「この地獄ではな……食い物が無いわけじゃねえ……至る所にあるとも言える……! だが飢えに負けてそれを食ったが最後……それはそれは途轍もない酷い目にあうって寸法よ……!」
初め男は飲み込まないように抵抗していたが、やがて息苦しさに耐えかねたのか、小さく喉を動かし肉片か、滴る血か何かを飲み込んだ。
パンはそれを確認すると目に狂気をギラつかせながら口角を上げ、ゆっくりと男から後退りして隣に戻ってきた。
「よく見ておくんだピルグリム……地獄の食べ物を食うとどうなるか……」
獄落転=ゴクラクテン= 深川我無 @mumusha
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