【好いた人】
その日、僕は先方の予定がキャンセルになり、突発的な暇を持て余していました。
降って沸いたたまの休み――さてなにをしようかしら? と思案している時にスマホが鳴ったのです。
見るとそこには「櫻子氏」の名前が浮かんでいました。
僕は迷わず無視することにしました。
碌な話じゃないのは目に見えていますし、せっかくの休みを彼女が持ち込む厄介事で浪費したくはありません。
しかし彼女はしつこく連絡を送り続けてきました。
とうとう根負けして、僕は受話器を耳に当てました。もしもし……
「やあ。暇なんじゃないかと思ってね。面白い話があるんだが聞くだろう?」
もはや皮肉を言う気にもなれず僕は黙っていたのですが、彼女は電話口で愉快そうに笑ってから話を始めました。
「実はね、面白い知り合いができたんだ。婚活中だとかいう中年の男でね。暇つぶしに始めたマッチングアプリで知り合ったんだよ」
ツッコミどころが多すぎて僕はなおも黙っていました。
そんな僕の事などお構いなしに、彼女はしゃべり続けます。
「何度か食事をご馳走になったんだが、昨夜とうとう家に誘われてね。まあ、相手は小太りの中年男性だし、何かあれば暴力で捻じ伏せればいいと思って、ボクは付いていくことにしたんだ。部屋は意外にも小奇麗で、マンションも新築――とても幽霊が出るような汚い感じじゃなかったから、少しがっかりしたんだ。深川くんも今がっかりしただろう?」
そこまで話して彼女は静かな間を置きました。
電話口にもかかわらず、こちらの空気までもが冷めていくのを感じました。
「ところがだよ。寝室の方から妙な音がするんだ。もしかすると猫か小型犬か――何かしらの動物を飼っているのかもしれない。ボクはそう思ったんだ。だから気にせず会話を続けていたんだけれどね、段々彼の顔が青褪めていく。ボクは気遣いの人間だからね。もしかしてペットが気になりますか? そう尋ねてみたんだ。カリカリカリ、カリカリカリ、ずっと引き戸が鳴っている。彼は引き攣った顔で笑いながら、ちょっと失礼――と言って、音の鳴る部屋の方へ向かったんだ」
いつしか僕は櫻子氏の話に聞き入っていました。
いつの間にか部屋は無音になっています。
「ボクはね、じっと彼が部屋に入るのを見ていたんだ。もっとも彼は部屋の中が見えないようにほんの少ししか戸を開けなかったし、ボクが中に気付いているなんて思いもしなかっただろうけどね。彼の寝室に何がいたと思う?」
厭な想像が頭に過りました。けれど僕は平然を装って言いました。
「囚われの女性でもいたんですか?」
すると彼女はくくくと喉を鳴らしてからこう言いました。
「おしい。ダッチワイフさ」
*
結末は本編へどうぞ。
https://x.com/j6_55j14_1/status/2049481595707707654?s=20
深川自身の話になりますがカクヨムでは書いていない雰囲気の正統派ホラー、あるいは怪談になります。
noteとは掲載作品の雰囲気を棲み分けることにしておりますので、こちらでは多分こういうのは書かない予定です。
腹痛さんともまた違う、和怪談と癖になる彼女の語り口をぜひ。