ピルグリム3
ついてくるよう顎をしゃくる男に従うべきか否か。
男は”面白いもの”などと吐かしたが、それが碌でもないモノであるのは目に見えている。
それでも今、自分は知らないことが多すぎた。
無知とはそれすなわち、罪である。
罪とはやがて自分を死に追いやる存在である。
記憶の無いカラッポの脳味噌がそれを知らせた。
そうであるならば、例えどれほど危険で恐ろしい事が待ち構えているにせよ、進む以外道はない。
恐怖の正体を知るよりほかに、恐怖を薄める方法はないのだから。
のそのそと起き上がり、男の後に従った。
距離を保ち、二度と同じ轍を踏むことのないように神経を張り詰める。
しかしすぐにそんなことは無意味だと悟った。
「お前のイチモツは美味かったぞぉ?」
「かわいい新入りちゃん」
「可愛がってやるからこっちに来いよ?」
肉の壁に出来た皺の隙間、隙間から、いくつもの声が聞こえてくる。
その一つ一つにパンはゲラゲラと笑いながら返事をして回った。
それは彼らが男の仲間であることを示唆している。
「ハハハ! 理解ったろ? ここは助け合いの精神で成り立ってる地獄の家族よ! 文字通りお互いを食わせあった血を分けた家族! 新入りはまずみんなに食われる。なあに通過儀礼みてえなもんさ⁉ 今から見せてやるのはそれを拒んだ奴の末路よ……」
「次の新入りが来るまで、俺が飯係というわけか……」
「ククク……! ピルグリム! お前えさんは本当にジョークのセンスがあるぜぇ? だが卑屈はいけねえ! 言ったろ? 食わせあった仲だと。腹が減って気が狂う直前まで飯は抜きよ。その時が来たら、順番で”飯係”になる仕組みだ。不公平はいけねえ。必ず暴動になる。俺達のチームはここで気が狂うのを防いで生き長らえてる数少ないチームだ。他所はこうはいかねえ! 豚以下のキチガイ共ばかりよ!」
言葉に詰まった。
仲間同士で食い合って飢えをしのいでいるらしい。
男の言葉が本当なら、ここではそれがマシな部類に入るという。
それでも気が狂っているとしか言えない状況に寒気がした。
できれば夢だと思いたい。
けれども先程体験した肉体の再生と経験したことのないような痛みが、これを現実だと言って聞かなかった。
「人肉以外に食い物はないのか……?」
なんとか絞り出した精一杯の言葉は、ここでの暮らしに順応しようとする言質のようで恐ろしい。
男はその言葉を満足気に咀嚼しながら首をゆっくり上下しながら答えた。
「ククク……それもおいおい見せてやるから安心しな? それに仲間に食われるのもいずれ病みつきになるぜ。与える喜びってやつよ」
そうこうするうちに、肉の壁が迫った細い通路が終わり、開けた空間に出た。
二平米ほどの薄暗闇の中から、ヒュウ……ヒュウ……と何者かの息遣いが聞こえてくる。
「よおジャック? 気分はどうだ?」
男が口笛を吹きながら陽気な声をかけると、めそめそと啜り泣く声が聞こえ始めた。
「お願いします……ずっと食われる役でいい……ここから出してくれぇ……」
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